せつない、苦しい、痛い、甘い
清見こうじ
恋
それは、瞬きにも満たない、スローモーション。
目を閉じる間も惜しい、まぶしい笑顔。
彼女がこちらを向いて、一言。
「あ、
その瞬間、俺は、初めての恋を、知った。
その日も俺は、サッカー部に行く前に、親友の顔を見ようと美術室に寄った。
最近は昼飯を一緒に食べる回数も減って、文理選択で授業が重なることも少なくなったから、違うクラスのアイツと過ごす時間は確実に減っていた。
新しい友人も増えて、アイツはアイツなりに居場所ができたことは分かっていたけど、様子伺いはもはや習性みたいなものだ。
アイツが無表情なりに俺以外の仲間と楽しく過ごしているのを見るのは、まあ、ジェラシー感じないわけじゃないけど、安心もできた。
ひとクセもふたクセもあるヤツラだったけど、少なくともアイツを、
美術部の俊は、授業が終わればまっすぐ美術部に行く。だから俺は、アイツのクラスにも寄らず、活動場所である美術室に直行したんだけど。
美術室では、同じ学年でA組の
俊と、あと同じA組の
美術部の連中は俊以外も割と口数が少なくて大人しいヤツが多い。だけど、後から入部してきた森本真実は、いつも元気でにぎやかだ。
いや、この大人しい連中の中にいるからそう思うのかもしれない。同じ文系選択で一緒の授業が多いけど、そこではそんなに目立っていたわけじゃない。
まあ、私語を交わすのなんて授業の前後くらいだけど。
それを言ったら、同じ文系の唐沢斎なんか、授業すら休みがちなのが、美術部にはいつもいる。
俊以上に
今日も斎は、何やら森本に絡んでいた。
「森本さんには絶対合うと思うのになあ」
「はあ? そういうこと言って斎くん、『やっぱり君には役不足だね』とか言うんでしょ?」
「言わないよ。正確には『役者不足だね』かな。現国、一緒に勉強しようか?」
「やっぱり言うんじゃない!」
何なんだ、斎のヤツ。
無口なくせに、美術部では、いつもこんなにおしゃべりで。
……っていうか、森本に対しては、だよな。
…………何か、ムカつく。
「あ、吉村くん、こんにちは」
俺に気付いた森本が、にっこり笑顔で挨拶した。
「あ、ああ、チワッ……」
「
ちょっと口ごもりながら返事したけど、俊がいないことへの戸惑いと受け取ったのか、三上が教えてくれた。
そういえば、理系選択の科目で補講があるってクラスのヤツラも言ってたよな。忘れてた。
確かにここにいる2年生は、みんな文系選択ばっかりだし。
「高天くんに吉村くんが来ていたよって伝えておくわよ?」
学年イチの美少女と噂される三上が微笑む。確かにとびっきりの美人だ。
「そうそう、サッカー部のキャプテンが部活に遅れちゃマズいでしょ?」
ちょっと
二人が並んだら、ほとんどのヤツが、三上に目を奪われるかもしれない。
でも、俺の目は、……そういえば、森本を見ていた、な、気付いたら。
そっか、好きになっていたんだ、いつの間にか。
結論から言えば、俺は失恋した。
多分、斎も森本が好きなんだろうな、と見当つけて、俊に探りを入れてみた。
恋愛ごとに
けど、腹黒な和矢に訊いたりしたら、絶対俺の気持ちを見抜かれるし、そのあとで気が済むまで揶揄われるのは目に見えていたし。
そこで知らされた……森本には、彼氏がいるってこと。
斎じゃない。他の男。
後で訊いたら、5つも年上の、社会人だった。
俊がよくそんなこと知っていたな、なんて斜め上な感心をしていたけど、その相手が、俊が兄のように信頼を寄せている存在だって知って、二重にジェラシーを抱いた。
……いい人、だけどさ。二人が好意を持つのは、納得の人、だけど。
森本を、めちゃくちゃ大事にしているのも、すげー伝わってきたし。
そんなわけで、告白する
そして。
……いまだに、片想いは継続中だ。
なんでだろ?
自慢じゃないけど、俺は、そこそこモテる。
決して頻繁じゃないけど、失恋したあとも、2回くらい、告白された。
でも、全然心が動かなかった。
この想いが報われる未来は、99.9%来ないんだって、分かっていても。
それでも。
森本だけが。
何かの拍子に、目が合うと、言葉を交わすと、後ろ姿を見かけても、心がふるえる。
ほんの少し、その髪に、その服に手が触れただけで、肌が熱くなる。
なんだかんだと理由を見つけては、美術部に顔を出して、森本に会える機会を
0.1%に満たない、ほんのわずかな可能性にすがってしまう自分がいる。
「森本さんて、正直そこまでの子じゃないじゃん? 君もしつこいよね」
斎は、あきれたように言ったけど。
っていうか、俺以上にヤバいくらい森本に執着してるお前に言われたくないぞ!
飽きもせず、彼氏の前でも構わずに森本に絡もうとする斎の
自分でも、馬鹿だなあ、とか、思うよ。
俺を好きだって言ってくる女の子の中には、これから好きになれる子もいるかもしれないのに。
その子と楽しい高校生活送るっていう選択肢だって、あるはずなのに。
こんな苦しくて切ない、片想い、好き好んでしたいわけじゃない。
「あ、吉村くん! もう来てたんだ? 早いね」
3年生になって、文系仲間のよしみで、部活引退後は放課後一緒に勉強するようになった。
それが嬉しくてたまらない。斎とか三上とか、お邪魔虫……じゃなくて、おまけもいるけどな。
まあ、二人きりじゃ、とても勉強に集中できないだろうし、これはこれで、いいか。
はあ、俺ってマゾかも。
彼女(仮)とハッピーで楽しい高校生活より、どんなに切なくても眼中になくても、森本の近くにいたいなんて。
ただ一言。
「吉村くん」
そう、笑顔で呼びかけてもらえる、その瞬間が、いとおしくて。
今日も、俺の片想いは、継続中。
「吉村くんって、ホントにイイ人! 頼りになるぅ!」
無邪気な笑顔で放たれる一言が、俺の心を傷つけ、切り刻み、
痛みに悲鳴を上げながら、同時に、寄せられる彼女の信頼に慰められて味わう、甘やかな達成感。
その一瞬を味わうために、俺は今日も彼女の前で無害な友人の仮面をかぶる。
狂おしい想いを胸に。
それは、あるかも分からない未来の幸せな恋への期待よりも、もっとずっと、甘美な悦び。
どれほど、せつなくても、苦しくても、痛くても。
「吉村くん」
そう呼ばれるたびに、俺は甘い恋に落ちる。
ああ、願わくば。
森本が恋人と、ずっと幸せでありますように。
……ほんのささいな
森本をどれほど傷つけても、彼女を欲しいと願ってしまうだろう。
だから、どうか。
いつまでも森本が、笑顔で俺の名前を呼んでくれますように。
この心に巣くう獣に、森本が気付きませんように。
そして、今日も、俺は、享受する。
甘美で残酷な片想いを。
せつない、苦しい、痛い、甘い 清見こうじ @nikoutako
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