出立の日(6/17)母
6月17日。荷造りが終わっていないので6時に起きて開始。朝ごはんを詰め込み、部屋のものを手あたりしだいに段ボールに放り込む。2カ月過ごした部屋はすっかり自分のもののように馴染んでいて、散らかした部屋が片付いていくのが、少しだけ寂しい。
弟と妹も手伝ってくれる。少しでも私と一緒にいたいらしい。その好意を利用するようで申し訳ないけれど、少年兵たちはきびきびと働いてくれる。
7時過ぎ。仕事に行くおじさんを見送る。最初は気まずいだけだったおじさんとも、この2カ月で少し距離を縮められた気がする。私とは全然違う人生を歩んできた、物静かだけれど、とても面白くて楽しい人だ。それに、すごく優しい。この人と一緒になれて幸せな母が見れてよかった。
7時30分。チビたちと一緒に写真をとる。少し泣いた弟は目が赤らんでいた。庭のむくげの花がきれいだった。チビたちを学校まで送った。友達に混ざった弟はしれっとしていた。「お姉ちゃん!」と妹が手を振ってくれた。弟も、私が呼びかけると手を振ってくれた。
8時30分。慌ただしく片付けが終わり、ベッドのシーツを洗濯機に放り込み、掃除機までかけおえた。あとは出発するだけ。玄関で祖父母と一緒に写真をとる。今回の帰省がなかったら、もう二度と会わなかったかもしれない人たち。母とはいろいろあるみたいだし、その片鱗を感じると複雑な気持ちにもなるが、私に屈託なく愛情を注いでくれた。
祖父母は「空港に行ったら泣きそうだから」と一緒に出発はしなかった。母と二人で車に乗り込む。この島で何度も母の隣に座ったけれど、これももう、あと何回あるのだろう。
空港についたら、さいごに二人で一服。母がジュースを買ってくれた。別れまでの少しの間、しみじみと話しているうちに、なんだか泣けてしまった。子供みたいに泣いて、母に慰められた。
「ゆきこと一緒にいれて本当に嬉しかった」
「お母さんらしく世話を焼けたのが夢みたいだった」
「お母さんはひどいことをしたのに、こんなに慕ってくれてありがとう」
母の言葉のひとつひとつが重くて、私は泣きながら「うん」「うん」と言うことしかできなかった。
「私、はじめて、家が安心できる場所になったんだよ」
私がそう言うと、母は「ごめんね」と謝った。
父と結婚してから、モラハラの餌食になり続けた母。私を産んでからもDVを受け続けていた母。中1のとき、私を置いて出て行った母。それからずっと、時折連絡をとることはあっても、こんなに一緒にいたのは初めてだった。
正直、母に対しては色んな思いがある。助けてほしい時に助けてくれなかったと恨みたい気持ちもある。客観的な事実だけ見れば、母は決して「いい親」ではないのだろうとも思う。
だけど私は母を嫌いになれない。どうしてだろう。
なんだかんだと小言を言いながらも、色々と世話を焼いてくれる母が好きだった。大人になって、真面目な話も一緒にできるのが好きだった。私を大人扱いしたり、子ども扱いしたり、甘やかしてくれたり、時々親らしく諫めたり、そういう母との触れ合いの全部が愛おしかった。
私の時間は、母が大好きだった中1の頃で、きっと止まっているんだと思う。
私は母にすがりついた。大好き、とずっと言いたかった一言を言った。ありがとう、と母は私の肩を抱いて、「もう、そんな泣かないの」と笑いながら背中を叩いた。
「お母さんは、どれだけ恨まれても刺されても仕方のないくらいひどいことをしたのに、そんな風に言ってくれて、本当にありがとう」
「無理して帰省しなくてもいい。だけど、仕事がつらくなったり、むこうでうまくいかなくなったら、いつでも帰ってきていいから。そのためのお金も出してあげるから」
母のこの言葉で、私は初めて『実家』を、『帰れる場所』を手に入れられた気がした。
時間はすぐに迫ってきた。私は搭乗手続きをすませるために、母と強く抱擁してから、母と別れた。
少しの待ち時間のあと、すぐ搭乗時間が来る。
飛行機に乗り込もうと空港の外に出ると、母が展望台から手を振っているのが見えた。
私は飛行機に乗るまでの間、何度も振り返って、母に大きく手を振った。
羽田につくと恋人が迎えに来ていた。そのままお昼を食べ、「羽田ついたよ」と母に連絡を入れる。飛行機は梅雨前線をつっきったせいでひどく揺れ、私は少し酔っていた。このまま荷物を持ちながら電車を乗り継ぐのはしんどい。いっそ車の方が楽に帰れる気がする。そう思った私は、「レンタカーで帰ってみようかなあ」と母にメッセージを送った。
電話が来た。
「何バカなこと言ってんの! 大人しく電車で帰りなさい!」
母親モードの口調は、少し焦っているようにも聞こえた。
飛行機に乗ってからも、電車に乗ってからも、たくさん泣いた。電車の中で、母から「2カ月も一緒にいてくれてありがとう」から始まり、「あなたは私の自慢の娘です」で終わる長文LINEが届いて、また泣いてしまった。
今これを書いている間も、ぼろぼろ泣いている。
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