25日目(5/8)母の日のハンバーグ大臣
5月8日。5月の第2日曜日。すなわち母の日。家族にいい思い出がない人種にとっては、父の日と並んで憂鬱な日だろう。
しかし、あの父とは違う父をもつ弟と妹は、末っ子の死という悲劇にこそ見舞われたけれど、すくすくと健全に育っている。その証拠に、どちらもめっぽう甘えん坊で、特に末の妹は自我が強い。
そんなわけで、彼らは「ママ大好き」と言って憚らない健やかぶりである。そんなチビたちにつきあって、実は昨日から、秘密の子供会議をしていた。(私は時によって子供になったり大人になったりする微妙な立ち位置である。もう22なのに)
会議は家の外で行われ、昨日は花屋と近所の雑貨屋兼お菓子屋への下見にも言った。その様子はすべて母に筒抜けだったが、私が根回しをして気づかないふりをつき通してもらった。
午前中はチビたちにつき合って花屋と雑貨屋へ。私はお財布担当である。花屋は歩いて10分くらいのところにある。「どこの子?」と聞かれて家の場所を言うと、「ああ~〇〇さんとこのお孫さん!」と言われる程度には、田舎らしく濃密な人間関係。
切り花は売っていなかったので、鉢の花(名前は忘れた)と、祖母用のゼラニウムを買う。雑貨屋ではアーモンドチョコレートとマカダミアチョコレートを買った。雑貨屋のおじいさんは「2つで400円ね」と少し割引価格を提示したあと、「400万円とも言う」とお茶目に笑った。私が500円玉を出すと、「はい、おつり100万円」と100円玉を渡してきた。本当にこういうこと言う人いるのね。雑貨屋のおじいさんから、ついでに包装紙をもらう。
品物がそろったら、ラッピングの時間である。ばれないように私の部屋へこそこそ入ってきたチビたちが、ああでもない、こうでもないと言いながらラッピングをする。昨日のうちに妹が描いていた似顔絵も一緒に持ち、準備完了。弟が母と祖母を呼びに行く。
母は何も知らないふりをして驚き、祖母は本当に何も知らずに驚いていた。妹が祖母と母に「ふたりで仲良く食べてね」とチョコレートを渡す。前には「ママとおばあちゃんって本当に仲良しだね~」と屈託なく言っていたことがある妹である。無邪気なだけになんとも言えない気持ちになる。
ふたりともたいそう喜んでくれた。
だが、「模範的な子供」役はまだまだこれからである。
今日の夕飯は私、妹、弟の3人でハンバーグを作ることになっていた。ろくに料理経験がない(くせに妙に玄人ぶる)チビたちにうまい具合に仕事を振って、難しいところはカバーし、全体を総監督するのが私の役割である。妹とふたりで料理をした時も苦労したが、今度はチビが倍いる。ふらなきゃいけない仕事も倍である。
「ニンジン皮むき大臣!」とか「ニンジンの頭と尻尾切り大臣!」とか「トマト切り大臣!」とか「きゅうり切り大臣!」とか、やたらと大臣を任命しながらなんとか夕飯づくりにいそしむ。大臣の荷が重かったら罷免も辞任もある。
料理の楽しいおいしいところは子ども用。雑務や洗い物や尻ぬぐい担当大臣は私である。
しかし、チビがふたりいればすぐに喧嘩になる。「ぼくがやろうと思ってたのに」「おにいちゃんばっかりやってずるい」と事あるごとに口論になる。その度に仲裁に入るものの、忘れたころにまた喧嘩。
最も白熱したのは玉ねぎみじん切り抗争である。
前回の料理ですっかり自信をつけた妹と、「ぼく包丁使ったことあるよ」と同じく自信満々の弟が、「みじん切り大臣」の座を争い始めた。玉ねぎは2つ分切らなければいけないから、1つは私がやるとして、残りの半玉ずつをやってもらうことにする。
……が、これで丸く収まらないのが子どもである。公正にじゃんけんをして「じゃあお兄ちゃんが先ね、妹ちゃんもあとでちゃんと同じことやろうね」と決まるや否や、「先にやりたかった」と妹が泣きだす。わがまま姫の癇癪である。
父親が違うとこうも育ち方が違うのか、と妹を見ているとしみじみしてしまう。「したい」と言い出したら聞かない子だし、大人が「今はだめ」と諫めても「やだ!」の一言で押し切ろうとする。私はこんなに我が強い子だったかと、思わず母に訊いてしまったときは、「そんなことなかったけどねえ」と母も首をひねっていた。
末っ子の傍若無人、おそるべし。
そんなこんなで苦労して肉をこね、喧嘩を仲裁し、「お肉ぺちぺち大臣」を任命し、なぜか飛び散るお肉を拾い集め、喧嘩を仲裁し、「あたし焼くのやる!」と身を乗り出してくる妹を「さすがにだめ」と止め、いじけた妹を宥めすかし、妹が弟に八つ当たりして喧嘩になったところをまた仲裁し、やっとハンバーグが焼き上がる。
あんなにやる気満々だったチビたちは、「盛り付け担当大臣」に任命される頃にはすっかり飽きて動きやしない。結局、休んでいていい予定だった母も借り出して、どうにか時間までに夕飯ができた。実に4時半からの奮闘である。
できあがったと同時に、達成感よりも解放感に襲われた。世のお母さんってすごいな。
そんなこんなでできあがったハンバーグはうれしいことに好評だった。祖父からは子どもの扱いがうまいと褒められた。これで少しは報われるというもの。
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