第9話覚悟

携帯電話を握りしめて固まっている冴子をみて瀬戸はすべて察したようだった。

「駅まで送るよ」

これで夢が終わってしまったのだ。

もはやこれまで。冴子は意を決して言った。

「瀬戸さん。私、これからどんどん嫌な女になる。味方もいなくなると思う。だけど瀬戸さんだけは私を嫌いにならないで」


瀬戸は冴子を抱き寄せた。

「俺はいつでも西田さんの味方だから。全力で支えるから」いつしか瀬戸は自らを俺と言うようになった。

彼の一人称はもともと私だった。誰に対しても敢えて丁寧過ぎる喋り方をして壁をつくる彼の特徴的な部分でもあった。自分にトラブルの火の粉がかからないように生きてきた瀬戸。それが今は覚悟を決めて誰にもみせていなかった本当の姿を冴子だけに晒し、支えると言ってくれている。それがありがたかった。応えたいと思った。

「私、夫と別れるわ。それで私と瀬戸さんの関係も絶対気づかせないようにする。瀬戸さんには絶対迷惑かけない。」彼を守りたいと冴子は思った。

冴子の頬に水滴が落ちた。自分のものではない瀬戸の涙だった。

「本当は西田さんの事、家に帰したくない。旦那さんやお子さんにも嫉妬してどうにかなってしまう。僕は本当はただ欲深くて嫉妬深いだけのダメな人間なんだ。西田さんあなたのせいだ。あなたが‥あなたを好きにならなければ。でもこれは惚れたもん負けです。」


瀬戸は気を取り直して言った。

「俺、夏になったらリフレッシュ休暇とって香港に行こうと思ってる‥少し先だけど

‥本当は1人で行くつもりだったけど‥西田さんを連れて行きたい」

冴子は瀬戸を抱き締め優しく唇を重ねた。瀬戸は動かなかった。

「行く。私、絶対に行きたい」

この瞬間、冴子は自分の心を捨てる覚悟を決めた。夫と離婚する為にならどんな事でもしよう。瀬戸を抱き締める手に力をこめた。


「瀬戸さんしばらく会わないようにしよう。

全て片付くまで。職場でも相変わらず私を無視して!少し辛いけど。」

けたたましく冴子の携帯電話の音が鳴り響いた。けれどもう気にしなかった。

「出なくていいの?西田さん」

不安がる瀬戸の唇を再び冴子はおのれの唇で塞いだ。

「もう!西田さんはやめて、冴子って呼んで。‥最後にわがまま言わせて。もう一度だけ‥いい?」

「冴子‥」

瀬戸は冴子の手を引き布団が敷きっぱなしの和室に向かうと冴子を布団の上に優しく押し倒した。携帯電話は鳴り続ける。瀬戸は集中できないようだった。

「待ってて」冴子は立ち上がり携帯電話を持つと隣の洋室に向かった。瀬戸はてっきり電話に出ると思っていた。しかし冴子はなぜか工具入れからハンマーを取り出したのだった。冴子はハンマーを強く握ると携帯電話を床に置いて、そこに向かい一気に振り下ろした。「うるさい!このクソ男!」携帯電話は鈍い音を立てて見事に粉々になった。


掃除は後でする事にしよう。あんな男に怯える人生は終わりだ。冴子は瀬戸の腕の中に戻った。呆然とする瀬戸には「何も聞かないで」とだけ言った。今日はこれで最後。

冴子は徹底的に瀬戸に尽くして酔わせるつもりだった。しばらく会わないから。彼の為にとことん奉仕しようと決めた。冴子はもう彼がどこをどうすると感じるのか全て把握していた。

これまで頑なに瀬戸が拒否していた事も強行した。押しとどめようとする瀬戸の手を振り払って彼のモノを口に含んだ。

「待って!恥ずかしいから‥」しかし快感の波には抗えず結局瀬戸はそれ以上の抵抗をやめた。その後も2人は上半身を起こし、向かい合って激しく身体をぶつけ合った。

最後、これでしばらく会わない。下手したら二度と会えなくなるかもしれない。

そうした切ない思いが強まると不思議と快感は増した。冴子は腰を振り続けた。こんな動きが自分にできるんだと驚くほどに激しかった。この腰がちぎれたとしても私はこの人を抱くことを絶対やめない。

長い時間を経て2人は同時に果てた。冴子は意図的に瀬戸の上に跨って、達しようとする瀬戸のモノを股の間から決して抜かせなかった。焦る瀬戸の言葉には耳を貸さず冴子の中に彼のエキスを全て放出させた。

「赤ちゃん‥できたらどうするの?」息も絶え絶えに瀬戸は聞いた。彼の身体の上に覆い被さったままの冴子は呟いた。


「そうなった時はまた考える。あなたの子供なら私は喜んで産むわ。でも結婚しろとか認知しろとか脅かさない言わないから安心して。瀬戸さんの全てを飲み込みたかった。細胞レベルで私の身体はあなたを求めたの、欲しかった。それに中に出すと快感が凄いって言うでしょう、それを知ってほしかった。私から離れられないように」


「色々凄すぎた‥」そう呟くと瀬戸は眠りに落ちた。彼のたてる優しい寝息が愛おしかった。その思いを断ち切ろうと冴子は起き上がり服を着た。眠る彼に布団をそっとかけると静かに部屋を出た。


もちろん砕け散った携帯電話の後片付けは忘れなかった。

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