オツベル

 彼は工場長だった。彼は動物を労働力として使うことによって、人件費を削減することに成功した。

「やれやれ、また手紙が来ているよ」

 それらの手紙は、彼に対するクレームの手紙だった。

 動物を働かせるな。不法労働だ。

 さまざまな抗議の声が上がっていた。工場長はそれらの声を無視することにした。動物は人間ほど知恵がないのだから、いくら無理な労働をさせたところで、別に何とも思わないだろう。それが彼の言い分だった。動物を便利な道具といった程度にしか、思っていなかった。

 ある日、工場に大勢の人が押し掛けてきた。彼の工場の労働環境に疑問を感じている人々だった。

「どうして、動物をこんなにも虐めることができるのですか」

 ある男性が声を上げた。

「人間ではないからだ」

 議論はどこまでも平行線だった。

 

 工場長がいつも通り、動物たちに鞭を打って、働かせていると、一匹の象が倒れこみ、死んだ。

 工場長は象を二匹呼び寄せ、死体を外へ引きずり、川に落とした。

「今日は忙しいってのに、死にやがって」

 彼は川で水の流れを受けている象を見ながら、煙草を吸った。

 彼は二、三分その様子を見ると、工場へ戻った。


 工場に戻ると、まだ大勢の人が、工場に対し抗議の声を上げていた。

「工場を潰せ」

 高らかなシュプレヒコールとともに、ついに人々は工場へ流れ込んだ。

「おい、何をしている」

 工場長は言う。でも、もはや人々は止まらない。止められない。

 人々は工場を破壊しつくした。動物たちを繋ぎとめていた鎖を断ち切り、柵を壊して、動物たちを解放した。工場にあった機械はひとつ残らず、徹底的に破壊した。

「おい、やめろ。やめるんだ。なぜこんなひどいことができるのだ」

「それはこっちの台詞だ」

 やはり双方の主張は平行線だった。

 それを遠くで眺めていた象たちが言った。

「やはり人間はよくわからない生き物だ」

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戯言 春雷 @syunrai3333

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