第17話
プレーヤーのスイッチを押してから、
そうして後ろ向きにこちらに滑ってきた美鳥は、俺の目の前で軽く腕を振りあげ勢いをつけて踏み切り、くるくると宙を舞った。何回転したかなんて、目の前で見たってわからない。
テレビの画面越しに見たことなら何度かある。でも、実際目の当たりにするとその迫力に圧倒される。
俺はいつの間にか拳を握りしめその光景に魅入っていた。
息をつく暇もなく、美鳥の身体がまた宙に舞った。速度を上げていく音に合わせて足を組みかえ身体を捻り、忙しなく動いているはずなのに。それはまるで水面を泳ぐような優雅さすら感じられた。
伸ばされた指のつま先まで、全てに神経を研ぎ澄ませて滑っているのが素人の俺にすらわかる。
地面すれすれのスピンから勢いを落とすことなく立ち上がり、自らの片脚を抱えるように回りきった美鳥は、その勢いのままテンポを上げる曲に合わせて滑る速度を上げていく。
そうして訪れる無音の瞬間、美鳥は連続でジャンプをきめた。
緩やかに流れ始めた音に合わせて最後にもう一度高速でスピンをきめ、天を見上げて両の手を広げたところでリンクに響く最後の音。
余韻を残し空気をふるわせたその音を、俺はどこか遠くに聞いていた。
聞いてはいた、わかってはいたはずなのに思い知らされた。
この男は凄い。才能とそれを遥かに上回る努力を重ねてきたのだと、滑りを見れば誰もがわかる。
本当に、ここにいるべきではない存在だと改めて思った。
プレーヤーの電源を落とした美鳥がスピーカーと共にそれを抱えて俺の所に戻ってくる。
その額にはうっすらと汗が滲み、息はあがっていた。
俺達は先程のベンチに移動して、激しく上下するその肩にタオルをかけてやる。美鳥の呼吸が落ち着くのをオレはじっと待った。
「どう、だった…かな?」
ようやく漏らされた声は、自信なく震えていた。
「テレビでは見たことあったけど、全然違った。衝撃だった。上手くは言えないけど……その、感動、した。」
自分の語彙の少なさに嫌気がさすが、俺の下手くそすぎる感想に美鳥は小さく笑った。
「ありがとう。」
でもそれは、どこか苦しそうな笑み。
素人目にミスはなく、多分ほぼ完璧に滑っていたんじゃないかと思う。
それでも目の前の亜麻色が不安そうに揺れる理由を俺はまだ掴みかねていた。
流れ落ちる汗をタオルで拭い、美鳥がこちらに向き直る。
「……実は、もう一つ見てもらいたいものがあって。」
「もう一つって……あれか、Midoriがフリーだから、ショートプログラムとかってやつか?」
さすがにそのくらいの知識は持ち合わせているので確認してみたものの、予想に反して美鳥は首を横に振った。
他に、何があるっていうんだ?
訳がわからず眉をひそめれば、美鳥は俯き小さく息を吐いてから真っ直ぐに俺を見つめる。
「……もう一つのMidori。」
決意を秘めたその亜麻色に、俺は思わず息を飲んだ。
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