とりあえずワルトトイフェルは一発殴る

第8話



翌日。今日は土曜日なのでゆっくり出来ると思っていた矢先、悪魔はいきなりやってきた。

「しぃきーっ、おっはよー!」

部屋のインターフォンをノイローゼーになりそうなくらい連打され、怒りのあまりドアを蹴り開けた俺の前に立っていたのは案の定藍原晃あいはらあきらだった。

「お前朝からなに考えてんだ!」

「今日は土曜日でしょ?休みでしょ?どうせ音楽関係のもの以外ほとんど持ってきてないんだろうから、買い出し行かなきゃでしょ?」

「だからって、早朝からインターフォン使って俺を起こすのはやめろ。」

自慢じゃないが俺は低血圧で朝が苦手だ。

気が狂いそうなほど鼓膜をふるわせるGとEの音に初めは布団を被って無視を決め込んでいたのだが、5分たってもインターフォンが鳴り止む気配はなく、仕方なく俺は着替えてドアを開ける羽目になってしまった。

「駅周辺しか遊べる場所がないんだよ。バスは二時間一本だってもう分かってるでしょ?朝早くから出かけないと駄目なの。そういうわけで、早く行くよ!」

「ちょっ、まてっ、わかったから引っ張るな。」

俺は嫌だという暇も与えてもらえず、晃に腕を掴まれると外へと強制連行されてしまった。




俺は晃に引っぱられるまま駅構内にあるファーストフードで朝食を摂り、その後向かいのデパートであれが必要だ、これも買っとけと延々と買い物に付き合わされる羽目になった。まぁ、おかげで当面の生活で困ることはなさそうだし、駅と周辺の店は一通り頭に入ったかもしれない。

そうして今は大量の買い物袋を抱えてファミレスで一息ついている。

もしかしなくてもそのクリームソーダの会計は俺もち……なんだろうな、たぶん。

「お前は本当に元気だな……。」

「そう?普通だって。色は毎日部屋にこもって曲作りばっかりしてるから体力続かないんだよ。もっと日の光をあびなよね。」

日の光をあびて晃のような人間が出来上がるのなら、絶対外には出ない。とは、俺の心の中だけにとどめておく。

俺が利用しそうな楽器店があるからとデパートを案内してくれたのはいいが、何故だか晃が買った荷物も全て俺が持たされ、晃自身は手ぶらでデパートを散策していたのだ。理不尽というほかない。

「ったく、こっちは疲れてんだよ。」

「そう言えば仕事のせいでギリギリまでこっちに来れないって言ってたけど、終わったの?」

「いや。デモの音源は送って大体の話はまとまったけど、来週レコーディング。」

「今回は何の……って、まだ聞けないのかな?」

俺は首を縦に振ることで答えた。

趣味の延長みたいな感覚で始めた事ではあるが、当然社会的責任はついてくる。情報の解禁日は明日である事を伝えれば、晃はそれ以上は何も聞かず黙々とクリームソーダのアイスを口に頬張り始めた。

普段は無遠慮に踏み込んでくるくせに、その辺はわきまえている所がいまだに付き合いが続いている理由なのかもしれない。

わがまま放題やられてもなんとなく許してしまうのも、晃の役得というやつなんだろう。

「ねぇ、この後どこ行く?この辺なんでも揃ってるよ。ボーリング場とか、カラオケとか、映画館とか…」

「スケートリンクとか?」

無意識のうちにそう口から出てきたのは、昨日の美鳥みどりとの会話を思い出したからだ。

ほとんど毎日滑っているという言葉通り、美鳥は今朝晃が部屋に押しかけてきたときにはすでに姿はなかった。


『おはようございます。スケートの練習に行ってくるので、部屋の鍵を置いておきます。』


玄関前に綺麗な字でそう綴られた置き手紙と部屋の鍵があったのを思い出す。

「おっ、よく知ってるねぇ。…ってそっか、美鳥君と同室なんだっけ。」

クリームソーダがずずっと音を立てた。

当たり前のように美鳥の名前が出てきたということは……なるほど。あいつの行動は周知の事実ってことか。

「……なぁ、美鳥って何者なんだ?」

昨日から抱いていた疑問をぶつけてみれば、ずずっ、と聞こえていた音がピタリと止む。

ポロリ。

口からストローを落とした晃が、ぽかんと口を開け、幽霊でも見たかのように驚愕の顔を張りつけこちらを見つめる。

「え、うそ、知らないの!?」

「知ってるも何も昨日初めて会ったんだから…」

「テレビで名前くらい聞いた事あるでしょ!?」

「……は?」

嘘でしょ信じられないと何故か責められ記憶を辿ってみるが、やはり俺の記憶の中には美鳥飛鳥みどりあすかなんて人間はいない。

「なに、あいつ有名人なのか?」

整った顔してるし、モデルだなんだと言われても確かにありえる気はするが、全く記憶にない。

「最近スポーツニュースでよく取り上げられてたでしょ?」

「あ?見ねぇよ、そんなもん。」

あぁ、と頭を抱える晃になんと反応していいやら。

よく普通とズレてるんだと怒られ、呆れられてきたが、どうやら俺は今回もやらかしたらしい。

「普通に会話してるからおかしいとは思ったんだよ。もしかして仕事関係での知り合いなのかと思ってた。」

仕事?音楽ってことか?

聞けば聞くほど話が見えなくなってくる。訳が分からんと眉間にしわを寄せれば、晃は盛大にため息をついた。

「僕もテレビで得た情報くらいしかないんだけどね。訳ありなのわかりきってるし、なにせ転校してきてまだ一ヶ月くらいだし、声掛けづらくて。」

クラスで浮いた存在だと言う晃の言葉はにわかには信じられなかった。

見るからにお人好しで人当たりのいい美鳥が周りから遠巻きにされるなんて、一体どんな事情があるっていうんだ。

「とりあえず、百聞は一見にしかずだよ。多分、色は見ておいた方がいいと思う。」

その言葉には何故だか有無を言わさぬ重みが感じられた。

もとより、少しでも謎がとけるなら拒否する理由なんてない。

美鳥飛鳥。謎だらけのルームメイト。

答えがあるなら行ってやろうじゃないか。

俺達は晃の提案通り、スケートリンクへ向かうべく席を立った。



大量の荷物と伝票はやっぱり俺持ちで。




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