2.白騎士ジークハルトと異国の剣士
ヴォナキア王国の中央南部、首都サンバリから郊外をへだてて更に南へ向かったところに大都市ヴィスミナはあった。
「安いよ安いよー! 店で作った黒ビール! ご家庭とはまた違う味だぁ、飲んでいきなぁ飲んでいきなぁ!」
「……ビールなんて売ってどーすんすかね。普通家でかみさんが作りません?」
魔法剣士マインラートはニンマリともせず荷車の上で白騎士ジークハルト、いや、キャラバンに
「ビールなんてどれもおんなじだろうに。そう思いません?」
「……お前は暇なら必ず喋るな。舌を口の中に縫い付けておくか?」
「だって誰も喋ってくれねえんですもんこの部隊。森の中なら鳥の方が喋ってらぁ」
マインラートは大あくびをして、眼帯をずらして左目を触る。南の部族風のゆったりした濃いベージュの布地をまとい口布を付けたジークフローラは彼の方をチラリと見て、またフイと顔を正面へ向ける。
「目は痛むのか?」
「たまに
「やはりお前は舌を縫い付けておくべきだな」
「可愛くねえ女……」
「そのまま返すぞ小僧!」
「うるせーぞ小娘。お前より俺の方が年上です〜」
「歳は上でも中身はガキだな」
「んだとコラァ!」
売り文句に買い文句。テリドア帝国の白騎士ジークハルト率いる中隊が
「精霊さん魔物さん、妖怪さんにお困りの方! お話一つでも聞かせてくんねぇ! 何でも相談! 何でも聞くよー! アケヒノの退治屋ここに
一際ハツラツとした大きな声で唄う者がいる。ジークフローラとマインラートはつい視線を向け、その水霊の如き青緑の髪、太陽のごとき金の瞳。アケヒノ皇国出身と言うには大陸の男を悠々と超える大柄で……整った顔立ちの若い剣士の姿を捉えた。
「す、
ジークフローラは思わず荷車から身を乗り出した。白騎士ジークハルトことジークフローラはテリドア帝国のさる貴族、エルフィンの血を引くカリダラ王家の子孫。巫女の素質がある彼女はヴォナキア王国の大陸と離島シルベルフを結ぶ貴婦人の袖の海で、人を呪って荒んだ水霊を鎮めたあとこのヴィスミナへやって来たのであった。
ジークフローラは思わずキャラバンに
「そ、そこの御仁!」
「おっ? 何かお困りかい?」
髪に似た鮮やかな青と金色が美しい、袖のない胴着。脇を隠すほどの長い革手袋と分厚い籠手。白い渦巻き模様つきの
異国の剣士もまたジークフローラの太陽のような鮮やかなオレンジ色の瞳をのぞき込む。
「おお、その太陽のように美しい瞳……」
「あ、貴方は……
剣士は「え?」と目を丸くして、一瞬おいた後「ハッハッハ!」と高らかに笑った。
「大陸だとみーんなそう言うなぁ!」
「ち、違うのか……? その髪の色と瞳の色はあまりにその、精霊のようだが……」
「正直なところわかんねえのさ」
「え?」
「生みの親と育ての親が違うんだ。だからとーちゃんとかーちゃんと俺は似てねえの。ああ、俺はヤン・トラヒノ。本当は寅比乃 八勿(とらひの やな)ってんだけど、ヤナの発音が大陸だと難しいらしくてヤンって呼ばれてる」
異国の剣士ヤンはジークフローラに大きな手を差し出した。ジークフローラはその手を取り、膝を落として女性として挨拶をした。
「ジークと申します。アケヒノの剣士さま」
「じーくさん! よろしくな!」
ジークフローラとヤンのすぐそばにいた魔法剣士マインラートは横から嫌味も言わず、ヤンが背負う大太刀に視線を向けていた。
「……あんたその剣、どうなってんで?」
「ん? ああ、これか?」
ヤンは背に回した華やかな大太刀の紐を引き、剣身をチラリと二人に見せる。その刀は一瞬引き抜いただけでも強い霊力が波のように伝わってきて、マインラートとジークフローラは思わず身構えてしまうほどだった。
「抜くな!」
「ダメか? 美しいだろ? って言いたかったんだが……」
マインラートは鞘に納められた刀の上に手の平をかざし、表面を撫でるように上下させる。
「……金属なのに精霊の力が練り込んである……どうなってんだ?」
「これはアケヒノの武器で妖刀ってんだ」
「ヨウトウ?」
「おう。こっちだと精霊さんとか魔物さんにあたる、人じゃない方々のお力を借りて作る剣なんだ」
「……いや、精霊の力を金属に混ぜるの無理だろ」
「大陸だと珍しいらしいな? 俺は鍛治師じゃないからわかんねえ。アッハッハ!」
「……アケヒノの魔法使いは変態並みに技術が高い話は聞くが鍛治師もそうなのか……」
「ちなみに妖刀はまだ普通で、もっとすげえと神剣ってのがある」
「んだそりゃ」
「神様の力を練り込んである古代の武器なんだと。さすがに王様しか持ってねえけど」
「……冗談だよな?」
「ウチは王様が神様の子孫って言われてるし、本物だと思うぞ」
「おっっっそろしいこと言うなぁこいつぅ……。んな武器あったら世界がひっくり返るっつーの……」
「アッハッハ!」
「笑いごとじゃねえんだよなぁ……」
「ところでお前さんたち」
退治屋ヤンは金の瞳をクリクリッとさせて子供っぽい笑顔を二人に向けた。
「いっやー! 助かった! カイルギに行った親友と待ち合わせてたのにいつの間にか俺ヴォナキアに来ててさぁ!」
アケヒノの退治屋ヤンは白騎士ジークハルトたちの荷車の上で高らかに笑った。
「迷子がそんな明るくてどうすんだよ……」
「だって来ちまったもんは仕方ねえし」
「……さすらいの剣士と言うのは大物か奇才と相場は決まっている」
「俺
「さあな」
退治屋ヤンは荷車の上でしばらく話に花を咲かせていたが、話題が尽きたのか大太刀の手入れを始めた。ヤンが刀を引き抜くと霊力の波がマインラートとジークフローラを襲い、二人は身をぶるりと震わせる。
「す、すごいな……」
「おめえその剣触っててぞわーってしねえのか?」
「んん?」
ヤンは懐紙を口にして
「アケヒノの剣ってそうやって解体出来るんか……」
ヤンは金の瞳で真剣に刀身を確認し、汚れを取って磨きをすると元の姿に組み上げてパチンと大太刀を納めた。
「手入れの最中は喋らねえのな」
「
「……鉄じゃねえの?」
「刀に使うのは
ヤンはまたアッハッハと高らかに笑った。マインラートはヤンの肩に立て掛けられた大太刀をじいっと見つめ
「どーやったらそのタマハガネとか言う金属に精霊の力を練り込めるんだか……」
「玉鋼を作るのも刀を練り上げるのも別々の職人がしてるし、俺たち使い手はその辺り全くわからん」
「は?」
思わぬ言葉にマインラートは目を皿のようにする。
「……材料を作る?」
「玉鋼は鍛錬しないと作れないぞ」
「……材料作る専用の職人がいんのか?」
「そうだよ?」
「……別々の奴が組み立てるのに精霊の力が混ざるのか? 術者が別々ってことだろ?」
「その辺は分からん。鍛治師じゃねえし」
「……いやいやいや滅茶苦茶なこと言ってんぞお前」
「だってそうだし。俺らは使い手だけど、作る工程はそばで見学させてもらうんだ。自分の物になるからな。玉鋼は
ヤンは微笑んで妖刀の鞘をポンと叩いた。まるで友人の肩を叩くように。
「だから俺たち退治屋は刀に恥ずかしくねえように生きるのさ。困ってる人を助けるために働く。そうじゃないと罰が当たっちまう」
「神罰って意味か?」
「もちろん。因果応報。悪いことをしたら悪いことが返ってくる。良いことをしたら良いことが返ってくるって考え方だ」
魔法剣士マインラートは顎に手を当てて何かをじっと考え込む。魔法のこととなると真剣な表情をするマインラートを見て、ジークフローラの中では「ヘラヘラ顔の黒魔法使い」から評価が変わって来ていた。
(己の知らない技術に対しては貪欲なんだな……)
「……それさ」
「ん? おう」
「金属を叩いて作るのはトウコウって鍛治師なんだよな?」
「うん」
「ああ、じゃあその鍛治師が特別なんだろーな。ムラゲとか言うのはわかんねえが……。芯材に何か混ぜてそうなんだよな精霊の力だし……」
「仕組みが気になるのかい?」
「そらーよ。異国の謎技術だぜ? 一応魔法使いだし気にはするだろ」
「ほお! 魔導士さんだったのか!」
「気付いてなかったんか……そんな霊力ゴリゴリの武器持ち歩いてるくせに……」
「俺たち退治屋は
「ゴリゴリの脳筋かよ……」
退治屋ヤンは大きな
「ヤンだっけ」
「おう」
「……あんたの剣が気になる」
魔法剣士が異国の剣士を品定めしたいと申し出ると、ヤンは楽しそうに口の端を上げた。
「なら、次の町で仕事を取ろう」
キャラバンに
「いっとうにお困りなことは?」
ヤンが首の長い龍の首飾りを見せると、ギルドマスターは分厚い冊子の中からあるページを開きトントンと指で叩いた。
「ほー、この先の谷にある洞窟に住み着いた大蛇の討伐」
「二十人挑戦したが誰も戻って来てねえ」
「そりゃ好都合。魔法剣士さんと行くんでね、いいかい?」
「こっちは誰も帰って来なくても仕事を終わらせてくれりゃそれで構わん」
「アッハッハ! そりゃそうだ!」
ヤンは高らかに笑うと依頼書にサインをした。
「あんた死ぬって思ったことねえの?」
「あるよ? 何度も」
三人で谷を降りたあと、ヤンは洞窟の近くで己の手を使い地面に刻まれた足跡の数や大蛇が通ったらしいくぼみの幅を測っていた。
「
「ゲン? 単位か?」
「おう。
「二メートルくらいか。つーことは……十六メートルはあるって考え方か?」
「そのくらいの長さはありそうだなぁと」
「ふーん……胴体の幅からおおよその頭身を割り出すのか」
「蛇なら頭と胴の比率は大体決まってるからな。しかしデカい獲物だ。なかなか大変そうだぞ」
そう言いながらもヤンは不敵な笑みを浮かべている。
(大変と言いながら自信ありますって顔だな……)
「お前と俺でどっちが魔物を早く仕留めるかってことでいいんだろ?」
「うん、まあ」
だがヤンは
「……どこ行くんだよ」
「罠もなしにそーんなでっかい蛇さん捕まえられんからよー! 調達だ!」
「そんな悠長なことしてると先に俺が仕留めるぞ!」
「そんなら俺は半金貰って済むなぁ! アッハッハ!」
悠々と戻って行くヤンに舌打ちをし、マインラートは剣士の後を追いかけた。
町で縄と肉の塊を購入したヤンは、その肉に切れ込みを入れ不思議な香りがする薬草を差し込んでいる。
「んだそりゃ。ハーブか?」
「獣が口に入れると痺れて動けなくなる薬草だよ」
「ほー……」
ヤンは洞窟の手前に大穴を掘って杭を打ち込み、縄を編んで枯葉をまとわせると大穴の上にふんわりと被せる。
(落とし穴ねえ……原始的だが……)
「よし、と。んじゃ行きますか」
「……は?」
「先行くぞー」
ヤンは堂々と洞窟に入っていってしまった。マインラートは呆気に取られ、慌ててその後を追う。
「死ぬ気かよ!」
待つように指示されジークフローラは木陰で身を潜める。洞窟の中で発破の音が響き、しばらくすると……ヤンとマインラートが走って洞窟から出て来た。
「どうした!?」
「バッッッカじゃねえのこいつ!?」
ヤンの背後から大蛇が姿を現す。体の一部に
マインラートが落とし穴の横を通り過ぎたのを確認し、退治屋ヤンは落とし穴の前で急に立ち止まり振り返った。
「あいつ本気でバカなのか!?」
マインラートが踵を返しヤンの元へ駆け出す。
異国の剣士は紐を掴み全身で大太刀を引き抜く。シャリン、と軽やかな音がして大太刀がその姿を現す。あふれた霊力が辺りに青白い光の波として伝わり、ヤンの金の瞳が薄暗がりの中、
(やはり精霊の子か……!?)
「人食いの大蛇よ。そなたに食われた人々の無念、晴らさせてもらう」
ヤンは迫る大蛇の大口をひらりとかわし、大太刀を軽々振り回すと落とし穴を飛び越えた。大蛇はヤンを捕らえ損ねるが、彼に体当たりをしその体を空中に打ち上げる。
打ち上げられた異国の剣士と下から大口を開ける大蛇の姿は、まるで一幅の絵画のようだった。
ヤンは
ほとんど飲まれるように、ヤンは大蛇目掛けて落ちていった。バッと鮮血が飛び、大太刀は大蛇の大口を引き裂いて……剣士はそのまま大蛇ともども落とし穴へと落ちていった。
「毎度どうも」
異国の剣士ヤンは大金を抱え傭兵ギルドから出て来た。魔法剣士マインラートはまた魔女の髪で右手首をジークハルトに縛り付けられていて、傭兵ギルドから難なく出て来た退治屋に対し口をへの字に曲げている。
「あの高さから落ちて無傷とか無茶苦茶なんだよなぁ……」
「ん?」
ヤンは大蛇の鱗付きの皮を荷に加え、満足そうにジークハルトたちの荷車に乗り込む。
「結局、勝負どころではなかったな」
「ハンッ」
マインラートは不服そうに鼻を鳴らすと自分も荷車に乗り込む。
「ヤン殿。貴殿はどの辺りまで行く?」
「うーん、カイルギに向かって船が出ていればいいから……しばらーく南下する気だ」
「ではもう少し共に進むか? 私たちはパスバハを目指している」
「おっホントか? そいつは助かる」
「ええー……こいつ連れて行くんすか姐さん? やめとこうぜ異邦人は」
「己の
「あ、やーな言い方!」
ヤンが高らかに笑い、マインラートは渋い顔をした。ジークフローラは口布の下でふっと笑って前を進む兵士たちの荷車を見やる。
不思議な異国の剣士と白騎士と魔法剣士の旅は少しの間交わり……。パスバハに着く前に船着場を見つけたヤンはそこへ訪れていたカストルと言う名の白髪の青年を見つけ、白騎士たちと別れることとなった。いつまでも手を振るアケヒノの退治屋二人に白騎士たちも手を振り、やがて背を向ける。
そして異国の剣士ヤンと別れたあと、魔法剣士マインラートは体調の良い時を見計らっては魔法剣の剣舞を練習するようになった。その背中を見て白騎士ジークハルトは、彼をちょっとだけ見直した。
【超長編】黒骨の騎士と運命の子 ふろたん/月海 香 @Furotan
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