第46話 挨拶くらいはさせてもらわないと

「千雪。ちょっと出かけてくるから」


 冬の到来を告げるような木枯らしの吹くある休日の朝。


 桐生は目が覚めるとすぐに出かける準備を始める。


「どうしたの? 買い物とかなら私も行くけど」

「ううん、ちょっと用事だよ。心配しなくても、ちゃんと帰ってくるから」

「別に浮気を疑ったりはしてないけど。どこ行くかくらいは教えてほしいなあ」

「まあ、島田さんに町内会の人であってほしい人がいるって言われてさ。それだけのことだよ」

「なあんだ。じゃあ、お昼ご飯はいらない?」

「うん。夕方には戻るから夕食は一緒に食べよ」

「わかった」


 桐生は加佐見を置いて家を出る。


 そして、この期に及んで加佐見に嘘をついた自分に対し、ぼやく。


「……全く、嘘つくのがほんとに下手になったもんだ」


 向かうのは町内会、ではなく。

 目的地はこの街にあるお寺。


 そこにある墓地の中の一つ。

 正確にはその下で眠る人物に用事があった。


「ここ、か」


 島田にこっそり調べてもらって、加佐見の父親の墓の場所を知った。


 家から少し歩いたところに、その場所はあった。


 寺の敷地内に入ったあと、並ぶ墓石を見ながら加佐見の文字を探す。


 そして一番奥の隅にポツンと立つ墓石に、『加佐見家之墓』と書かれた文字を見つけた。


「……本当は生きてるうちに文句を言いたかったよ」


 線香を焚いて、手を合わせてから桐生は墓に向かって話し出す。


「あんたのせいで、親父がひどい目にあったって事実は、多分一生俺の中で消えないよ。勝手に死んで楽になったつもりだろうけど、向こうでも一生反省してろ。あと、千雪をずっと苦しめてきたってことも、ちゃんと悔いて、いつか向こうで会ったら謝れ。今、この町の悪いことをした連中はみんな、贖罪に追われている。あんたも、生きて罪を償うべきだった」


 桐生は途中で立ち上がり、墓に水をかける。


「まあ、故人をいつまでも責めるつもりはないけど。今日くらい恨み言は言わせろ。なんせ、そんなお前でももう少ししたら俺の義理の父親になるかもだから。息子の愚痴くらいは聞ける大人であってくれ。まあ、わがままだったらしいから、娘さんをくれと言ったところで、なんでお前になんかって、暴れそうだけど。でも、俺から親父と、人並みの青春を奪っていったんだ。娘は俺が奪ってやる。あんたがノーって言っても、俺は千雪をもらうから。今日はそれを言いに来た」


 向こうの親への挨拶がこんな形とは、さすがに自分らしいと桐生は勝手に笑う。

 そして、コンビニで買った缶ビールを二本、墓前に添える。


「酒が好きだったんだってな。親父も、よく酒を飲んでたよ。二人で祝杯でも挙げてくれ。俺たちはあんたたちを反面教師にして、酒も飲まないから」


 そして今度は二人でくるからと。

 言って再び手を合わせてから立ち上がりその場を去ろうとすると。


 後ろに、加佐見がいた。


「……千雪、いつから」

「言ったじゃん、蓮は嘘が下手だって。多分ここだろうなって、来てみたら本当にいてびっくりしちゃった」

「聞いてたのか?」

「えへへ、全部。蓮、ちゃんと私と結婚してくれるつもりあったんだ」

「……あるに決まってる。それに、そうだとしたらちゃんと挨拶するのはけじめだろ」

「そう、だね。嬉しい……きっとお父さんも喜んでる。蓮のお父さんに、私も挨拶したいな」

「結局生死不明だもんな。でも、案外フラッと帰ってくるかも。だからその時に、俺たちが幸せいっぱいで出迎えてやれるようにしたい」

「ふふっ、孫とかいたりして」

「気が早いよ。まずは高校卒業してからだ」

「うん。私をもらってくれるんだもんね」

「……いうなよ恥ずかしいから」

「んーん、ずっと言っちゃう。嬉しかったから」


 二人は、再び墓を振り返ることはしなかった。


 過去との決別。

 そして未来だけを見据えるように前だけを向いて。


 この日の空は、快晴だった。


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