第47話 かつて闘ったものとして
冬になった。
寒い季節に皆が震えながら、早く春がやってくればいいのにと願う中でも一つだけ。
この日だけは楽しみにしているイベント。
クリスマス。
今日はその前日、クリスマスイブである。
「蓮、今日から学校は午前中までだし、お昼からデートしてケーキ買って帰ろうね」
「まあ、島田さんが気を利かせてバイト休みにしてくれたし、今日くらいはゆっくりするか」
「だね。でも、お店大丈夫かなあ。クリスマスとか忙しいんじゃない?」
「はは、確かに。明日ぐちぐち言われるかもな」
桐生と加佐見はこの日、初めて誰かと一緒にクリスマスを過ごすことになるという。
桐生も加佐見も片親で、仕事に忙しい父親とお祝いをした記憶がない。
だから別に特別なことをする必要はないというのは桐生の意見。
加佐見は、違った。
「蓮、特別な日に特別な人と一緒にいるって、大事なことだと思うの。私、そういうことの積み重ねで誰かと信頼関係を深めていくんだって」
「だけど所詮他人が決めたイベントじゃんか」
「わかってないなあ。そのイベントを口実にして、その人と楽しいことをしたいって思えるか思えないかってことだよ。誕生日だって、記念日だって、全部そう。お祝いしたいっていうより、その人と楽しみたいの」
「なるほどねえ。まあ、千雪とケーキは食べてみたいかな」
「ほーんと蓮はサバサバしてるよね。ま、今更だけどー」
外に出ると、冷たい風が二人に吹き付ける。
身を寄せ合うようにして、寒さから逃れながら学校へ向かう二人。
そして、学校に到着すると正門に人だかりができていた。
「おい、安藤君が復学するうわさ、聞いた?」
「え、まじ? 人殺しの息子だろ、最悪じゃん」
「いじめてやろうか。俺、散々やられてきたしよ」
なんと、安藤が復学するという話がそこらじゅうでされていた。
真偽のほどは定かではないが、それを確かめるために二人は生徒会室へ。
すると、牧生徒会長と妃が二人で談笑していた。
「失礼します、お話してるところすみません」
「おお、桐生君と加佐見さんか。なに、君たちもここのメンバーなのだから気にすることはない」
「はい、それで早速ですが安藤が復学する話を聞いたんですけど」
聞くと、すぐに妃が反応する。
「ああ、事実だ」
「……それ、妃先輩の仕業ですか?」
「はは、鋭いな。まあ、私は彼に声をかけてみただけだ」
「なんでそんなことを」
「結局のところ、犯罪者の再犯率が高い理由は一度過ちを犯してしまったら一生犯罪者扱いされ、疎外されるところにある。彼を野放しにすれば、また違う場所で同じ過ちを繰り返すか、最悪我々に復讐の炎を燃やす可能性だってある」
「でも、ここに来ても結局いじめられるだけでしょ」
「そこでだ、君達に頼みがある。以前は安藤からこの学校と生徒を救ってほしいと頼んだが、今度は安藤を救ってやってはくれぬか?」
「俺が? いや、それは」
「安藤の逆鱗にも触れるだろう。ただ、それでも救えるのは君しかいない。陥れておいて救えなんて、全くどの視線でものを言ってるのかと言われるのは承知だ。ただ、聞けば彼は今、十分に反省しているという。そのことを藤堂に伝えたら、彼も安藤がいじめられることを望んではいなかった。だからこそ、皆の手から安藤を守ってやってくれ」
妃と、牧がそろって頭を下げる。
「……わかりました。ただ、今回はうまくいく保証はありませんよ」
「以前だって、何の保証もなかっただろう」
「確かに。で、安藤はいつ?」
「昼から登校してくる。今は休学状態になっていてな、手続きが午前中までかかる関係だ」
「昼から、ですか。ま、やってみます」
生徒会室を出て、教室へ。
すると、安藤が戻ってくる話はクラス中の話題となっており、桐生のところへ数人の生徒がやってくる。
「お、桐生。因縁の安藤がもどってくるらしいぞ、またコテンパンにやっつけてやれよ」
そんなことを言いながら楽し気にシャドーボクシングをする連中を見て、桐生は少し呆れ気味に言う。
「もう、いいんじゃないか? 安藤がまた悪さをしたらその時は許さないけどさ。反省してるなら許してやれよ」
「おいおい、いじめでクラスメイトを病院送りにしてるやつをどう許せってんだよ。それに、親父は殺人犯だろ? あんなクズ、いじめられて当然だっての」
そう言っているのは、安藤の腰ぎんちゃくだった一人。
ずっと安藤のそばで甘い汁を吸い続けてきた連中が掌を返す様に、桐生は少しいらだちながらも冷静さを保とうと必死だった。
「いじめられていい奴なんか、いないよ」
「なんだよ桐生、お前まさか安藤の肩を持つのか? お前がこうしたくせに」
「……いや」
「だろうな。ま、安藤を地の底に落としてくれた英雄さんにはみんな感謝してるからさ。変なこと、考えるなよ」
「……」
それ以上、言葉が見当たらなかった。
そして、席に着くとため息が出る。
「はあ」
「蓮、ため息はよくないよ」
「千雪……わかってるけど、どうすりゃいいんだよ」
「いきなりこの学校全体の空気をかえるのは無理だと思う。それに、やっぱり安藤君はそれだけ悪いことをしてきたってことだよ」
「だったら千雪は安藤がみんなにいじめられてもいいと?」
「そうじゃないよ。私だって、いくら悪い人でも取り返しがつくことなら、悔い改めていつか許してもらえる日が来るべきと思うけど。でも、それは安藤君自信が勝ち取るべきよ。この学校で、自分は変わったってところを根気強く見せていく必要があるわ。藤堂君みたいに、今でも当時の被害に悩まされてる人だっているんだから」
「……そう、だな。それじゃ、俺たちにできることはあいつを庇うことじゃない」
「そ。理解してあげることだよ」
桐生が考える正義とは、いくら逆風に晒されても最後の一人になっても、困っている人間を助けることと考えていた。
しかし加佐見は、そうではないと。
その人に寄り添ってあげることがその人の為になると。
だから少し違った接し方をしてみようと考えるようになった桐生は、その時を待った。
そして、
「……安藤です。復学しました、ご迷惑をおかけしましたが今日からよろしくお願いします」
昼休みが終わってすぐ、安藤はやってきた。
以前のような覇気はなく、猫背気味で顔も暗く、終始うつむいたまま声も自信なくか細い。
別人かと思わされるほど、やつれてもいた。
この数か月の苦労が見るだけでわかる。
ただ、誰も同情はしない。
むしろ、ざまあみろという雰囲気が蔓延し、安藤を見て誰もがほくそえんでいた。
「見ろよ、がりがりだぜ」
「まあ犯罪者だから当然よね。よく学校これたわね」
「ていうかみんなに謝罪しろよな。放課後呼び出してやろうか」
後ろ盾のない安藤に怯えるものはいない。
先生も、心なしか安藤への対応は雑だった。
皆、安藤に対する怒りは消えていない。
桐生達からは少し離れた席に気まずそうに座る安藤を見て、加佐見は桐生にだけ聞こえるように言う。
「放課後、声かけてみよっか」
「ああ、そうだな。もうあいつは十分に反省してるよ」
「うん」
そして放課後。
逃げるように教室から出ていく安藤を追いかけ、校舎を出たところで桐生達は安藤を捕まえる。
「おい」
「ひっ……なんだ、桐生か。お前も、俺を殴りにきたのか」
「お前と一緒にするな」
「じゃあ、幸せを見せつけにきたのか? 俺はもう終わりだ。だからほっといてくれ」
「別に今更仲良くしようというつもりはない。ただ、ついてきてほしいところがある」
「……人目につかないところでやろうってか?」
「ほんと脳みそが物騒だなお前は。いいから来い」
桐生と加佐見は、安藤を連れてある場所へ向かう。
道中、あまり人に会わないように遠回りをしながら、向かった先は病院。
藤堂の待つ、病院だった。
「ここは……?」
「なんだ知らないのか。お前がボコボコにした藤堂の入院してるとこだよ」
「え、あいつは遠くに引っ越したって父さんが……それに、入院?」
「おい、まさか藤堂が今どうなってるのかさえ知らないのか?」
「……けがはさせた。でも、そのあとは怖くて、全部人に任せたから」
安藤の言葉に、桐生は拳を握る。
どこまでいってもクズだと。
ぶん殴って目を覚まさせてやりたいとさえ、思ったが加佐見を見てやめる。
「まあいい。とにかく、こっちだ」
病院の中へ入り、エレベーターで上へ。
そして藤堂の病室の前について、まず桐生が扉を開ける。
「藤堂、安藤を連れてきたぞ」
いきなり加害者本人を連れて行って混乱させるわけにもいかないと、事前に藤堂へは許可をもらっていた。
だからなのか、藤堂は体を起こしてベッドに腰かけた状態で待っていた。
「ああ、桐生君、ひさしぶり。それに、安藤君、も」
「……藤堂、なのか?」
「そうだ、よ。随分、痩せたけど、安藤君も、やつれたね」
「……」
藤堂のぎこちないしゃべりと、まだ不自由な動きや表情を見て、それが誰のせいでなったものなのかを安藤はすぐに理解した。
そして、恐る恐る藤堂へ近づくと、藤堂の方から安藤に言う。
「安藤、くん。今の心境は、どう?」
「……すまなかった。俺、別にそういうつもりはなかったんだ」
「ああ、わかってるよ。中学から、ずっと仲良く、してたから。僕がこうなったのは、倒れた時に、打ちどころが悪かったから、だから」
「で、でもそれは俺がお前を殴ったから」
「もう、誰も殴らないなら、いいよ。僕も、ようやく、回復の目途が立ってきたんだ。だから、治ったらもう、君を恨んだりしない」
「……すまなかった。本当に、あの時はごめんなさい」
安藤は優しく手を差し伸べる藤堂に対して膝をついて深々と頭を下げて、涙を流した。
言葉にならない言葉をずっと、その場で。
その様子を、桐生も加佐見も、藤堂も、あたたかく見守って。
もう、安藤は大丈夫だろうと。
床にしたたる大粒の涙を見て、誰もがそう確信した。
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