第45話 一緒にいるだけで

「蓮、おやすみ」

「うん、おやすみ千雪」


 最近は同じ部屋の同じベッドで二人で眠りにつく。

 そして加佐見が眠ったあと、桐生はいつも一人で考える。


「あの封筒の中に、何があるんだろう」


 捨ててしまえばいいのに捨てられず、かといって開ける度胸もないまま。

 もやもやした気持ちを毎晩募らせながら、封筒を入れた引き出しを見つめる。


 すると、隣で加佐見がもそっと動いて桐生の手を握る。


「蓮、気になるなら中身見ようよ」

「起きてたのか。いや、でも」

「いいよ、何が書いてても」

「……それじゃ俺が見る。見て、言えない内容だったら破って捨てる」

「あはは、それだと私がずっと気になるじゃん」

「でも、知らない方がいいこともある。苦しむなら、せめて俺だけで」

「ダメ。嫌なことも、二人で分け合うの」

「……わかった。持ってくるよ」


 封筒を持ってきて、上を破る。

 すると中には一枚の紙が。


 取り出すとそこには、かすれた文字で誰かに当てた文章が書かれていた。


『私は加佐見の手引きで遠い異国へ逃げた。だからもし、加佐見を街で見かけても責めないでくれ。彼は十分償いを果たしてくれた。もう二度と会うことはないだろうが、達者で。息子と、加佐見の娘さんをよろしく』


「……これ、親父の字だ」

「異国……これが本当なら、お父さんは」

「わからないよ、おやじのことだから殺される前に嘘を書いた可能性もある。でも、これを見たらやっぱり、千雪のお父さんと親父は、深いところで信頼しあってたんだって、わかる」

「そう、だね。今の私たちを見たらきっと、二人で喜んでくれてただろうね」

「ああ。なんか見てよかったよ。勇気を出してみるもんだ」

「だね。蓮、ちょっと目が覚めちゃった。ベッド、戻らない?」

「……うん」


 胸のつっかえがほんの少し取れた。

 この夜、桐生と加佐見の顔は今までよりも少し晴れやかなものになって。

 いつもよりぐっすりと眠りにつくことができた。



「おはよう、桐生君。加佐見さんも」


 あくる日の学校で。


 生徒会室に呼ばれた二人は、妃から報告を受ける。


「この度、私は生徒会長を牧に譲ることにした。来月からは牧生徒会長の補佐役として、卒業まで尽力させてもらう」

「任期満了ですもんね。お勤めご苦労様でした」


 副会長は、神原がそのまま昇格するとのこと。

 そして、


「書記役だが、君達二人に任せたいと思っている。受けてくれるか?」

「俺たちに? いや、でも」

「嫌われ者だったのは過去の話だろう。今じゃ安藤の悪事を世にさらして学校も街も変えた英雄だと、そう囁く声もある。君達なら適任だ」

「大袈裟ですよ。そういえば、安藤のやつはあれからどうなったか、わかりますか?」

「父親の逮捕により、親は離婚したそうだ。そして母方に引き取られ、遠い田舎へ移ったと。ただ、それから先は何も」

「そうですか。まあ、心を入れ替えてくれたらいいんですけど」

「後ろ盾を失った彼に昔ほどの悪さはできまい。まあ、それでも人間の性根はすぐ直るものでもないからな。二度と彼の名を見ないことが、朗報といえるだろう」


 新聞の一面をぱちんと指ではじくと、妃は笑いながら牧のところへ行く。


「そうだ、ちなみに私と牧は付き合ったから」

「え? いや、なんでこのタイミングで」

「何、熱烈なアプローチを受け続けた結果だ。愛されることが女の幸せだというしな。あと、暗いニュースばかりだと気が病むだろう」

「か、会長恥ずかしいですよ」

「牧、いつものように瑞穂と呼ばんか」

「そ、それは」


 いつになく上機嫌な妃と、翻弄される牧を見て、桐生達は笑いをこらえきれなくなる。


「ぷっ、あはは、お似合いですよ二人は。牧さんも、姉さん女房がよくあってます」

「ほんとですよ、おめでとうございます。今度みんなでデートしましょ」


 そんな話で盛り上がっていると、いつも大人しい神原が「私だけ相手いない……」と悔しそうにつぶやいて、それでまた笑いが起こる。


 いつになく楽しいひと時に、時間を忘れ酔いしれる。

 ようやく、この学校で心の底から笑えたと。


 桐生も、他のみんなも充実した表情だった。


 そして、活気を取り戻していく学校生活を、各々の信頼できる人間と過ごす。


 放課後。


 少し肌寒い夕暮れの中を桐生達が帰っていると、生徒会のメンバーが後ろから追いかけてくる。


「おお、二人とも。これからデートか」

「会長。いえ、これからバイトです。隣町のカフェで」

「そうか。今から三人で隣町へ遊びにいくつもりだったのだが、よかったらバイト先に行ってもいいか?」

「もちろんですよ。千雪、いいよな?」

「うん。お客様は大歓迎です」

「はは、商売上手だな。では、みんなで行こう」


 共に戦ったから。

 共に苦しみを分かち合ったから。

 だからなのか、そうでないのか。

 そんなことをいちいち考えるまでもなく、一緒にいたら楽しい。


 そう思える人間が、たくさんいる。


 それだけで、ここまで幸せなんだということに桐生は改めて気づかされる。


 おそらく学校を卒業して離れても、この関係は続いていくんだろうと。


 そう思わせてくれる人たちとの出会いに感謝しながら。


 今日は五人で電車に乗った。

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