第45話 一緒にいるだけで
「蓮、おやすみ」
「うん、おやすみ千雪」
最近は同じ部屋の同じベッドで二人で眠りにつく。
そして加佐見が眠ったあと、桐生はいつも一人で考える。
「あの封筒の中に、何があるんだろう」
捨ててしまえばいいのに捨てられず、かといって開ける度胸もないまま。
もやもやした気持ちを毎晩募らせながら、封筒を入れた引き出しを見つめる。
すると、隣で加佐見がもそっと動いて桐生の手を握る。
「蓮、気になるなら中身見ようよ」
「起きてたのか。いや、でも」
「いいよ、何が書いてても」
「……それじゃ俺が見る。見て、言えない内容だったら破って捨てる」
「あはは、それだと私がずっと気になるじゃん」
「でも、知らない方がいいこともある。苦しむなら、せめて俺だけで」
「ダメ。嫌なことも、二人で分け合うの」
「……わかった。持ってくるよ」
封筒を持ってきて、上を破る。
すると中には一枚の紙が。
取り出すとそこには、かすれた文字で誰かに当てた文章が書かれていた。
『私は加佐見の手引きで遠い異国へ逃げた。だからもし、加佐見を街で見かけても責めないでくれ。彼は十分償いを果たしてくれた。もう二度と会うことはないだろうが、達者で。息子と、加佐見の娘さんをよろしく』
「……これ、親父の字だ」
「異国……これが本当なら、お父さんは」
「わからないよ、おやじのことだから殺される前に嘘を書いた可能性もある。でも、これを見たらやっぱり、千雪のお父さんと親父は、深いところで信頼しあってたんだって、わかる」
「そう、だね。今の私たちを見たらきっと、二人で喜んでくれてただろうね」
「ああ。なんか見てよかったよ。勇気を出してみるもんだ」
「だね。蓮、ちょっと目が覚めちゃった。ベッド、戻らない?」
「……うん」
胸のつっかえがほんの少し取れた。
この夜、桐生と加佐見の顔は今までよりも少し晴れやかなものになって。
いつもよりぐっすりと眠りにつくことができた。
◇
「おはよう、桐生君。加佐見さんも」
あくる日の学校で。
生徒会室に呼ばれた二人は、妃から報告を受ける。
「この度、私は生徒会長を牧に譲ることにした。来月からは牧生徒会長の補佐役として、卒業まで尽力させてもらう」
「任期満了ですもんね。お勤めご苦労様でした」
副会長は、神原がそのまま昇格するとのこと。
そして、
「書記役だが、君達二人に任せたいと思っている。受けてくれるか?」
「俺たちに? いや、でも」
「嫌われ者だったのは過去の話だろう。今じゃ安藤の悪事を世にさらして学校も街も変えた英雄だと、そう囁く声もある。君達なら適任だ」
「大袈裟ですよ。そういえば、安藤のやつはあれからどうなったか、わかりますか?」
「父親の逮捕により、親は離婚したそうだ。そして母方に引き取られ、遠い田舎へ移ったと。ただ、それから先は何も」
「そうですか。まあ、心を入れ替えてくれたらいいんですけど」
「後ろ盾を失った彼に昔ほどの悪さはできまい。まあ、それでも人間の性根はすぐ直るものでもないからな。二度と彼の名を見ないことが、朗報といえるだろう」
新聞の一面をぱちんと指ではじくと、妃は笑いながら牧のところへ行く。
「そうだ、ちなみに私と牧は付き合ったから」
「え? いや、なんでこのタイミングで」
「何、熱烈なアプローチを受け続けた結果だ。愛されることが女の幸せだというしな。あと、暗いニュースばかりだと気が病むだろう」
「か、会長恥ずかしいですよ」
「牧、いつものように瑞穂と呼ばんか」
「そ、それは」
いつになく上機嫌な妃と、翻弄される牧を見て、桐生達は笑いをこらえきれなくなる。
「ぷっ、あはは、お似合いですよ二人は。牧さんも、姉さん女房がよくあってます」
「ほんとですよ、おめでとうございます。今度みんなでデートしましょ」
そんな話で盛り上がっていると、いつも大人しい神原が「私だけ相手いない……」と悔しそうにつぶやいて、それでまた笑いが起こる。
いつになく楽しいひと時に、時間を忘れ酔いしれる。
ようやく、この学校で心の底から笑えたと。
桐生も、他のみんなも充実した表情だった。
そして、活気を取り戻していく学校生活を、各々の信頼できる人間と過ごす。
放課後。
少し肌寒い夕暮れの中を桐生達が帰っていると、生徒会のメンバーが後ろから追いかけてくる。
「おお、二人とも。これからデートか」
「会長。いえ、これからバイトです。隣町のカフェで」
「そうか。今から三人で隣町へ遊びにいくつもりだったのだが、よかったらバイト先に行ってもいいか?」
「もちろんですよ。千雪、いいよな?」
「うん。お客様は大歓迎です」
「はは、商売上手だな。では、みんなで行こう」
共に戦ったから。
共に苦しみを分かち合ったから。
だからなのか、そうでないのか。
そんなことをいちいち考えるまでもなく、一緒にいたら楽しい。
そう思える人間が、たくさんいる。
それだけで、ここまで幸せなんだということに桐生は改めて気づかされる。
おそらく学校を卒業して離れても、この関係は続いていくんだろうと。
そう思わせてくれる人たちとの出会いに感謝しながら。
今日は五人で電車に乗った。
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