第44話 未来を見据える
安藤財閥の元トップが十年前に犯した殺人教唆、恐喝、詐欺、脱税やその他数えきれないほどの罪が次々と。
生徒会から新聞社や警察に送られたレコーダーの音声をきっかけに、明るみに出て行くまでにさほど時間はかからなかった。
一か月もすれば安藤の父は世間をにぎわすことがなくなった。
あまりの罪の多さに、世間も辟易としていて。
どちらかといえばその罪に関与していた人間はもっといないのかと、そっちの犯人探しが始まって。
桐生達の学校に通う生徒の親や親せきも次々と逮捕される人間が現れて。
気づけば町全体で大掛かりな犯罪行為をしていたと言っていいくらい、ずさんな事実があらわになっていった。
「……ほんと、酷い町だ」
「桐生君、コーヒーどうぞ」
「ああ、ありがとう加佐見さん」
カフェしまだのテレビで夕方のニュースを見ながら桐生と加佐見は、カウンターでため息をつく。
「はあ、なんか大ごとってレベルじゃなかったな」
「でも、これでようやく正常になるって、誰かが言ってたよ」
「確かに。異常だったんだよ、あの町は。学校もだけど」
「妃会長はそれでも、『最後までこの学校を立て直すことに尽力する』って張り切ってるけどね」
「卒業しても進学せずに町に残って地域復興の手助けするって言ってたっけ。物好きな人だよ、ほんと」
桐生と加佐見の関係は落ち着きを見せていた。
過去を水に流すということはできなくても、受け入れてしまえばいいと。
桐生は加佐見にそう言った。
互いの父親が被害者と加害者であった。
ただ、それだけのこと。
死人に口なし。
どれだけ妄想を膨らませても、確かめることなんてできやしない。
だから勝手に意識して、目の前の幸せまで踏みにじることのないように。
二人は素直になることにした。
「加佐見さん、バイト終わったらご飯食べて帰ろう」
「うん。でも、いくら借金が減ったからって、油断しちゃだめだよ?」
「わかってる。将来に向けて貯金しないとだから。でも、たまには二人でどこか行きたい」
「ふふっ、そうだね。じゃあ、ファミレスくらいでゆっくりしよ」
安藤の余罪が明らかになるにつれ、桐生が背負っていた借金の大半もまた、安藤の策略による詐欺被害だったことが発覚した。
もちろん、加佐見の父親が安藤に借りたという借金も証拠はなく、二人にのしかかるものはほとんどなくなった。
ここからがスタート。
その気持ちで毎日、バイトに励んでいる。
「二人ともお疲れ様。今日はちょっと町内会に顔を出すからお店任せるけど、よろしくね」
「島田さん、お疲れ様です。ええ、二人でやっておきます」
「頼もしいね。卒業したら、そのまま二人で店を継いでくれたらいい。そして名前もかつてのように……いや、まだこんな話は早いか」
「気を遣わなくていいですよ。ね、加佐見さん」
「うん。島田さん、私と桐生君はもうずっとここでお世話になるつもりですから。これからもよろしくお願いしますね」
「ああ。それじゃ行ってくる」
月一度行われる町内会の会長をする島田は、今日は店を任せてそっちへ。
どこも小さな自治体で、皆が肩を寄せ合って助け合いながら生きていくしかない田舎。
だからこそ結束が力になり、また安藤財閥のような大きな勢力に呑み込まれそうになった時にも力を合わせられるようにと、島田は町内会に力を入れている。
「まあ、実際は昔の仲間と集まって酒飲むのが楽しいんだろうけど」
「いいじゃん、たまには。島田さんだって、今までずっと頑張ってきたんだから」
「まあな。でも、あの調子じゃ結婚は遅そうだ」
「確かに。私たちの方が早いかもね」
「……そのこと、なんだけど」
桐生は気まずそうに加佐見を横目で見る。
「どうしたの?」
「いや、結婚っていうと卒業するまでは無理だろうけど。婚約くらいなら、いいのかなって」
「え、それって」
「べ、別に気が早いって思うならいいんだけど。一応、責任はとりたいというか」
「……嬉しい。うん、それじゃ、卒業したら結婚だね。桐生君って呼び方も、変えないと」
「そうだな。加佐見さんってのも、呼べなくなる」
「千雪って、そう呼んで。蓮」
「……ちゆ、き」
「あはは、ぎこちない。ほんと、らしいね」
「うるさい」
こんな会話をしていると、客が店に入ってくる。
二人はそのまま仕事に移り、そこからは客が途絶えることなく。
閉店まで二人で店をまわし、ようやく最後の客が帰った時には時計は十時を回っていた。
「ふう。今日に限って忙しいな」
「でも、毎日これくらい忙しかったらいいのにね」
「もうちょっと人がほしいくらいだよ。ま、流行ってるのはいいことか」
片付けをしながらぼやいていると、そこに島田が戻ってきた。
「おお、二人ともおつかれー。ちょっと今日は飲みすぎだあ」
「島田さん、酒臭い。もう上で休んでください」
「うむ、そうさせてもらう。あ、そういえば今日、仲間の一人が昔、鹿黒さんから預かったという封筒をもらったんだ。息子である君に渡した方がいいんじゃないかとね」
「封筒?」
「うん、そいつも律儀に未開封のままにしてたみたいだから何が入ってるか知らないけど。昔の一万円札でも入ってるかもねえ。はは、それじゃそれはあげるから。おやすみー」
酔ったままのテンションで、島田は部屋のある二階へあがっていった。
「……これ以上、過去のことを知りたいとは思わないんだけどな」
「どうする? 開ける?」
「いや、いいよ。もしまた、衝撃の事実とかが発覚しても面倒だし」
「ふふっ、そうだね。でも、今以上に衝撃な事実なんかあるのかな?」
「まあ、確かに。でも、過去は過去だ。ふたを開けて覗くものじゃない」
そのまま封筒をポケットに入れて、片付けを続ける。
やがて店じまいをして二人は帰路につく。
ようやく日常が戻ってきた。
そう実感しながら、二人は手を取り合っていつもの駅へ入っていった。
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