第41話 来訪

「速報です。安藤財閥の社長、安藤良治が今朝、臨時役員会議にて罷免されました」


 安藤のスキャンダルが出た二日後のこと。

 衝撃的なニュースが世間を騒がせる。

 

 あの安藤財閥の絶対的権力者が会社から排除されたと、大々的に各テレビ局が報じる。

 あの後、もみ消しを図った安藤父の行動が、週刊誌にすっぱ抜かれて雪崩のように世間は安藤一家を非難した。

 

 安藤のお膝元とまで言われた桐生達の住む地域の住民すら、皆懐疑的な目を彼らに向けていき。

 謝罪会見や説明の場を開くという話が報道された翌朝に突然の罷免。

 

 その早さに桐生は、テレビの前で少し驚いていた。


「まさかここまでとは、な。みんな、結局安藤一家のことは嫌いだったって話か」

「そうだね。お金や権力でしか、人との関係をつなぎ留めることができなかったんだと思う」


 加佐見は、桐生の隣でそう呟いた。


「とりあえず、今日学校に安藤が来るかどうか、だけど」

「桐生君は、来てもらった方が都合いいの?」

「まあ、悪いことをいうならそうかな。あいつが全校生徒に白い目で見られて見放される様というのは、個人的に見たいとは思う。でも」

「そこまで傷つけたくない、だよね。わかるよ、私も同じ気持ち」

「甘いのかな。どうせやるなら潰すつもりで戦うって決めたはずなのに」

「んーん、そういう優しさがなくなったら、もう人じゃないよ。桐生君はちゃんと優しい人の心を持ってるってことだよ」

「じゃあ加佐見さんもだ。それに、俺がそんな風に考えるようになったのは加佐見さんの影響だろうな」

「そうかなあ。元々だと思うけど」

「いや、加佐見さんのおかげだ。ありがとう」

「どういたしまして。さっ、学校行く?」

「もうちょっとだけ、このままがいい」

「ふふっ、案外甘えたがりなのかな?」

「……ダメか?」

「んーん、いいよ」


 加佐見の肩にもたれて、桐生はなんでもないニュースをじっと見ていた。

 終わりが近づいていると感じる。

 達成感にも似た、しかしどこか虚無感を覚える感覚に浸っていると。


 桐生の電話が鳴った。


「……もしもし」

「私だ、妃だ」

「会長? なんですか朝から」

「はは、加佐見さんとの有意義な朝を邪魔されて怒ってる様子だな。まずは謝っておこう」

「余計なお世話ですよ。で、なんですか?」

「ああ、君をご指名だ。来客が来ているから早く学校にきたまえ」

「指名? 誰ですそれ」

「安藤良治。安藤財閥のトップに、昨日まで君臨していた男だよ」

「……安藤の父が? わかりました、すぐ行きます」


 突然の出来事に桐生は慌てて電話を切って準備を急ぐ。


「桐生君、どうしたの?」

「安藤の父親が学校に来てるそうだ」

「え、なんで?」

「それが、どうも俺目当てらしい。加佐見さんは先に教室に言ってくれてていいよ」

「……私も行く。お父さんのこと、聞きたいし」

「そっか。なら、行こう」


 二人で家を出て、今日は無言で学校を目指す。


 そして生徒会室へ一直線に向かい、中に入ると神妙な顔つきの妃の前に腰かける背広姿の中年の大きな背中が見えた。


「……ああ、もしかして君が鹿黒の息子か」


 錆びたような声で、桐生の方を振り返りながら背広の男は立ち上がる。


「ええ、そうですが。あなたが、安藤の父ですか?」

「バカ息子が偉く世話になったようだ。それと、この私までこんな目に遭わせるとは君は確かにあの詐欺師の息子だよ」


 そう言いながら、口調は穏やかに。

 安藤の父はゆっくりと話を続ける。


「いい目だ。息子も君のようにたくましい人間だったら私の足を引っ張るようなことはなかっただろうと、悔いる限りだ」

「育てた親の責任でしょ。あいつもあんたの被害だ」

「知った風な口を利く。まあいい、君に話したいのはそんなことではない」

「なんですか?」

「私が高みから転げ落ちてさぞ痛快な気分でいるところに水をさすようだが、君は義賊にもなれないただの偽善者だということを、一応後学のためにと説明しにきたのだ」

「……回りくどい言い方ですね。何がいいたいんですか?」

「つまり、私が安藤財閥から離れ、よもや警察に捕まるなんてことになれば、被害は私ではとどまらないという話だ」


 ゆっくりと座っていた来客用のソファに戻り、腰かける安藤父。

 その向かいに座っていた妃は席を開けると、「桐生君、ここに」と。


 妃が座っていた場所に桐生は腰かけて、安藤父と向かい合う。


「鹿黒の息子よ、この学校の生徒の親のどれほどが私によって生かされているか、知っているか?」

「さあ。俺は他人の親の仕事にまで興味ないので」

「八割の人間だ。そして、皆私の恩恵を受けて育った人間たちだ。彼らが皆、私と共に職を失い路頭に迷うということが果たして君のしたいことなのか、それを問いたい」

「別に社長が変わっても従業員や下請けの人まで全部クビになるわけじゃないでしょ」

「普通はな。しかしそうもいかん事情があるのだ。私の後任に選ばれる予定の男は、外部から招集されたもの。そして私のやっていたことをすべて一度リセットすると公約しているのだ。つまり私のやり方に染まり、その甘い汁を吸って生きてきた者たちは皆、安藤財閥からつまみ出される。大規模な改革が始まる、といえば聞こえはいいがその裏で数百もの人間、そしてその家族が辛い目に遭うのだ。君は心が痛まないか?」

「……だから俺に、あんたのやったことは嘘だったとメディアに言ってほしいんですか? だったらはっきりそういえばいい」

「はは、大人にはプライドというものがあるのだよ。ただ、君の良心に問うている。それと、もし私の思うように動いてくれるのであればそれなりの礼はする。ただ、勘違いしないでほしいのは私が別に権力に固執はしていない。どのみち世間を騒がせた責任を取って辞任し、私の後任に会社を任せて今の体制を壊したくないだけだ。君は利口だから、わかってくれるだろ?」


 誠実にすら見える安藤父の態度とその言葉に、しかし桐生は自然と笑みがこぼれる。


「ふっ、やっぱりあんたは安藤の親だ」

「何がおかしい? 君の父親の汚名も、よければ消してやることもできるんだぞ」

「汚名? 親父のことを知らない連中が勝手な空想話してるだけでしょ。知ってる人はちゃんと、親父のことをわかったうえで評価してくれている。慕ってくれてる人もいる。だからそれでいい。あと、あんたからは詫びであっても一銭ももらいたくない。そのまま社会の闇に葬られてくれとしか、思わない」

「よほど私たちが憎いか。大人の対応をしてきたつもりだが、闘うということでいいのだな?」

「闘う? 勘違いしないでください、この戦はもう、詰んでます」

「何?」


 桐生がちらっと妃を見ると、机の上に積まれた書類の束を妃が運んでくる。


「これは全校生徒の署名です。二人だけ無記名がありましたがそれ以外全員、安藤の、つまりあんたの息子から被害を受けた事実とその内容をすべて直筆で書いてもらっている。これをすべて外部の裁判所に提出するが、その前に世間にも公表する。こんな陰湿で旧式な体制の地域がまだあること、そして多くの人がその圧政に苦しんでいる実情を、わかってもらう」

「わかってもらってなんになる? 経営者の息子がいじめっ子だったから、だからなんだという話だ。それに、賠償金を勝ち取ったとしても、それだけで一生飯が食っていけるわけじゃなかろう」

「なんでも金目当てだと思ってる時点で、あなたは俺たちには勝てない。世の中金じゃないこともたくさんある。学校のみんなは金じゃない方を選んだ。それがどういうことか、あんたにはわからないだろ?」


 桐生が安藤父を鋭く見る。

 すると、さっきまで余裕ぶった様子で話していた安藤父の表情が曇る。


 そして、息を大きく吸い込んで前のめりになった体を起こしたその時、ふと目に入った加佐見を見て、言う。


「なんだ、加佐見君の娘じゃないか」

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