第40話 将来像

「ご苦労だったな。桐生君、テレビでも早速大々的に報道されているぞ」


 生徒会室に到着すると、妃がまず部屋にあるテレビを指さす。

 今日のために、学校にこっそりと持ち込んだものらしい。


「へえ、早速会社にいっぱい押し寄せてますね。さすが安藤財閥だ」

「しかし世の中便利になったものだ。一昔前なら、こんな報道はすぐにもみ消されていたに違いないが。今ではネットの中に何かしらの証拠が残る。時代だな」

「そんな年寄りくさいこと言わないでくださいよ」

「はは、失敬。さて、これからどうなるかだが」


 テレビを消すと、妃は足を組み替えて桐生を見る。

 何か聞きたそうなその目に、桐生は聞かれる前に答える。


「心配いりません。もう、手は打ってます」

「ほう。桐生君、その手というのは」

「まあ、知る必要もないことですよ。夕方まで待っててください」

「わかった。それでは食事にしよう。ここで食べていくか?」

「いえ。加佐見とゆっくり食べます」

「そうか。随分と素直になったな、君も」

「まあ、おかげさまで」


 頭を下げて、桐生は生徒会室を後にする。

 そして、嬉しそうにそのあとをついてくる加佐見は黙ったまま桐生の方をじろじろと見る。


「……なんだよ」

「んーん、私とゆっくりしたいんだって」

「嫌か?」

「それ聞くかなあ? わかってるくせに」

「……俺は心配性なんだよ」

「そうだね。でも心配しなくても私はいなくなったりしないよ」

「知ってる。どっかいけって言っても行かないやつだってことくらいは」

「どっか行ってほしい?」

「……どこにも行くなよ」

「うん。わかってる」


 そのまま二人で校舎の裏に回って。

 日陰になった階段部分で弁当を食べる。


 並んで、黙って食事をとるだけだが桐生はそれでよかった。

 加佐見がいてくれるだけでいいと。


 もう、安藤の一件が終わったらこんな危ない橋を渡るのも、過去を顧みて自分を卑下するのもやめようと。


 そう心に誓いながら、静かに食事を終えた。



「桐生君、早速安藤が動いたよ」


 放課後すぐ、カフェに行くと島田が桐生達の方へやってくる。

 今日は店休日にしたそうだ。


「島田さん、安藤はなんと?」

「使いの人間がね、君の学校に子供を通わせてる人間を片っ端から回っていって、何か聞かれても黙っておくようにとか、そんな話をしていると」

「で、こっちに協力してくれそうな人も」

「もちろん全員ってわけじゃないけど、僕の呼びかけに賛同してくれた人間が十人以上はいる。彼らは渡された現金と、使いの人間との会話の録音を証拠に週刊誌にタレコミしてくれる手はずになってる」

「ご協力感謝します」


 桐生は、島田への協力を要請する際にこんなことをきいていた。

 昔、自身の父や島田たちと闘った人間の中に自分の学校に通う生徒の親たちがいなかったかと。


 調べればすぐにわかり、そしてかなりの数の保護者が当時、安藤の被害者だったことがわかった。


 そしてその中で特に懇意にしていた人間から連絡をとってもらい、そして安藤に憎しみを抱き続けている人間に協力をお願いするようにと。

 これから安藤の悪事が表に出る。

 その時に、必ずもみ消しの為に安藤は動くから、と。


 そんな桐生の予想と策略は見事にはまる。

 息子のいじめをもみ消すために大枚をはたいたなんてスキャンダルは、大企業の社長として決して認めたくないところだから。

 きっと、生徒の親にアプローチをかける。

 そして、その親の中に安藤に恨みを持つものもまぎれているはず。

 だから向こうから勝手に持ちかけてくる隠ぺい工作を二の矢として使う。

 それが桐生の考えた策だった。


「でも、隠ぺいが表に出て大慌てなはずなのに、よく安藤がまた隠ぺい工作に動くと予想できたね」

「安藤家の人間はみんな、いわばジャイアンだろうなと。周りには自分の言うことをきくスネ夫ばかりを集める習性は息子を見ていればわかりますし、そういう人間は自分に誰かが逆らうという危機感がない。とりあえず金やコネをちらつかせて口を封じるくらい、簡単だと思ってる。そこが安藤たちの落とし穴だったんです」

「なるほど、そして向こうから醜態を重ねるのを待ったと」

「そのうち裸の王様になりますよ。賄賂って、もらった側も責任を問われますから、何人もが世間に告白すればもらって喜んでる連中もだんだん怖くなって、最後にはお金を返して『自分たちもこのお金で協力を強要された』とか、言い出すでしょ」

「そうなったらあとはもう雪崩のように崩れていく、か。桐生君、君は本当に末恐ろしいね。一体将来はどんな大人になるんだろう」

「多分平凡に働いてますよ。親父の借金もあるし」


 そう言って、島田が出してくれたコーヒーに口をつける。 

 横で、加佐見はクスクスと笑う。


「なんで笑うんだよ」

「だって、この前まではお金持ちになるんだとか言ってたのに」

「現実を見ただけだ。金はあるに越したことはないけど、すべてじゃない」

「うん。だけど、お金や立場よりも大事なものが見つかったってこと?」

「……かもな」


 目を逸らしながらまた、桐生はコーヒーを一口。

 その様子を見て、島田もくすっと笑ったあと、金庫から一万円札を出してきて桐生達の前に。


「これでおいしいものでも食べてきたらいい。明日からまた、忙しくなるんだし」

「いえ、こんなにもらえませんって」

「いいんだよ。桐生君たちにこんな辛いことをさせておいて、ほんとなら町をあげて謝礼くらい用意すべきなんだから。ほら、加佐見さんと行ってきなさい」

「……ありがとうございます」


 そっとお金を受け取って、二人は店を出る。


 商店街を抜けると、外はもう暗くなっていた。

 

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