第39話 悪いことをしたならば
「おい、なんだよこれ」
昼休みになってすぐ、携帯を見たひとりの男子生徒が教室で大きな声を上げた。
「え、安藤って安藤君のところ?」
「もみ消し? 裏金って書いてるぞ」
どうやら、ニュース速報に安藤関連の記事が載ったようだ。
すぐに加佐見が桐生にニュースを見せてくる。
「見て、どこも安藤君の家の記事ばっかりになってる。成功したね」
「……ああ、そうだな」
「どうしたの?」
「いや」
桐生は、ここまでは予想できていた。
安藤のいじめの証拠、しかも生き証人としての藤堂という存在を見つけたからには、自分たちに有利にことが運ぶことくらいはわかっていた。
しかし、気になるのはそのあと。
当人である安藤が、黙っているわけがない。
「おい、誰だよこんなガセ流したやつは! おい、誰だよ!」
当然、すぐに安藤が荒れ始める。
ニュースには、安藤財閥の社主が息子のいじめを金でもみ消したと書いてある。
安藤自身は未成年のため名前こそ書かれていないが、それが誰なのかがわからない人間はこの学校にもこの地域にもいない。
安藤がいじめをして、親の力でもみ消したという事実がそこにははっきり書かれているも同然。
安藤がそれを見て、気づかないはずも怒らないわけもない。
「おい桐生、貴様か!? なんか最近こそこそやってると思ったけど、そうなんだな?」
そしてすぐに桐生を疑うこともまた。
桐生の中では想定内だった。
「だったらなんだって話だ」
「なんだと? お前、最近やけに堂々としてると思ってたがこれがあったからか。おい、嘘つきはどこまでも嘘つきまくるんだなあ!」
「嘘? おいおい、嘘つきはお前だろ。人に大けが負わせておいて、困ったら親に泣きついてもみ消しなんて、いまだにおっぱいが離せない赤ん坊レベルだな」
「てめえ……ぶっ殺してやる!」
安藤が拳を振りかざして桐生めがけて振り下ろそうとする。
桐生は、じっと動かない。
内心、一、二発くらいなら殴られてやってもいいかという気分で睨んだままいると、「やめんか!」という先生の声が響く。
安藤の機嫌を取る体育教師の一人、近藤だ。
「安藤、何をしてるんだ。こんなとこで人を殴ったら庇えなくなるぞ」
「うっせえ黙ってろ! それじゃお前らがなんとかしろや!」
安藤の荒れ具合に、近藤も怯む。
そしてクラスの雰囲気が、徐々に変わりつつあることを桐生は察する。
安藤は今までも、横暴な殿様で会ったことに変わりはないが、それでも関わりの少ない人間たちへの人当たりはよく、自身の悪い評判は身内を使ってもみ消していたことや先生にも味方が多数いたため、基本的には金持ちでクラスの中心という主人公キャラで通っていた。
桐生への執拗な嫌がらせや横柄な態度についても、桐生がそもそも皆から悪者扱いされていたため、むしろクラスの悪人を安藤が裁くという構図ができていたから、さほど気にする連中もいなかった。
その安藤がいじめをしていて。
そして今も乱暴に先生へ暴言を吐き。
そんな姿を見て、本性を知らない人間たちが引いた顔をする。
「安藤君って、なんか噂は聞いてたけどやっぱり悪い人なんだ」
「うわあ、私ちょっといいなって思ってたけど、もみ消しはないなあ」
「おいおい、なんかドン引きなんだけど」
散々同じ穴の狢として桐生をいじめていた連中も、自分のことを棚に上げて安藤に冷たい視線を送る。
どいつもこいつも。
そんなふうに呆れながらも、桐生は一旦そのことを忘れて安藤に追い打ちをかける。
「安藤、こんなところでワーワーとわめいてるだけでいいのか?」
「なに? どういう意味だよ」
「お前、親父の後ろ盾があったから今の立場でいられてるってこと、忘れてないか? もしお前の親父がこのスキャンダルで失墜したらお前もまた、同じ目に遭うってことだよ」
「……てめえ、そこまで見越してこんなことを」
「散々父親絡みでやられてきた俺だからな。親と子は切っても切れない関係だってことを、嫌というほど身に染みて理解してる。お前も、お前の親も親子そろってドブの中に落ちな」
吐き捨てるように。
桐生は強い言葉を選んで安藤に向けた。
溜まっていたものの憂さ晴らし、という気持ちもあった。
ただ、ここで安藤が冷静に何かを対応する前に煽りたい。
正気でいられない安藤なら、必ず次の一手もミスをする。
そう考えながら、冷静に安藤の怒りに火をつける。
「桐生、お前だけは絶対に許さねえからな。ぶっ殺してやるから覚悟しとけ!」
「俺を殺していよいよ牢屋の中って方がお前みたいな悪人にはお似合いだよ。あと、一つだけ言わせてもらうが、悪いことをしたらちゃんと償いを受けるべきだ。お前も、父親もな」
その一言で安藤は歯を食いしばる。
脇にいた近藤や取り巻きは何も言わず安藤から離れていき、安藤もまた静かにどこかに消えた。
まだ、教室の空気は冷めやらない。
桐生は、そっと教室を出る。
加佐見も、その後ろをついていく。
「桐生君、あれでよかったの?」
「ああ、問題ない。安藤の報復くらいは覚悟の上だし、ここからは安藤が自動的に堕ちていくのを見守るだけだ」
「堕ちていく?」
「まあ見てろ、あいつは焦ってまたもみ消しを図る。親父もな。今まで、お山の大将をしていた連中はこういう事態にひどく弱い。金をばらまいて嘘を吹き込んで、それが今まで通用してきたんだから当然今回もそうする。そして今回ばかりはそれが裏目になる」
安藤が慌てるほどに。
沼に嵌る。
そのイメージは桐生の中で鮮明に描けていた。
思い通りにことが運ぶ快感にも似た感覚。
それに酔いそうになった後、桐生はなぜか複雑な気持ちになる。
「……これで安藤もおしまいか」
安藤のしたことは確かに悪だ。
だから相応の罰を受けるのもまた、当然であり。
それ以上に悪事に手を染めて昔から人々を困らせてきた安藤の父もまたしかり。
そう思っていても、誰かが不幸になっていく感覚というものは、気持ちのいいものではない。
「どうしたの桐生君?」
「……安藤も、金持ちに生まれなかったらあんなやつじゃなかったかもなって」
「そう、かもね。でも、お金持ちでもいい人はいるし、安藤君は自分のしたことの罪を認めて、反省してからやり直すべきだよ。私は、そう思う」
「ああ、俺だって。すまん、余計なこと言ったな」
「んーん。あれだけ自分に酷いことしてきた人のことまで心配するなんて、やっぱり桐生君は優しいね。詐欺師なんて、向いてない」
「向き不向きで言えばそうだな。人を騙すのも、嘘をつくのも……俺は下手だから」
「ふふっ、そうだね。わかりやすいもん」
「ほっとけ」
そして騒然と校舎を歩いて生徒会室へ。
いつものように、妃たちが待っていた。
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