第38話 信頼
「安藤財閥の最高責任者、
「ええ、事実、です。僕に直接、渡してきたお金は、五百万円。今も、実家の、部屋のタンスにあります」
妃が声をかけた新聞社のうち、三社が藤堂のところへ取材にやってきた。
口封じのために病室に幽閉している藤堂へ取材となれば、当然病院側が黙ってはいなかったが、そこをうまく取り次いでくれたのが島内だった。
彼女もまた、安藤の汚いやり方に辟易としながら生活のためと、我慢して勤務していたと加佐見にそう言っていた。
そして、取材で記者が藤堂に聞きたかったことは当然安藤絡みのこと。
誰からいじめを受けて障害を負ったのか。
どうしてそれを黙っていたのか。
聞けば当然、安藤やその父親の名前が藤堂から出てくる。
その貴重な証言を録音しながらメモし、そして一人の記者が最後に恐る恐る藤堂に聞いた。
「でも、安藤財閥と裁判となれば相当大変だと思いますが。そのあたりはどのように考えてるんですか?」
取材の様子を傍から見ながら桐生は思う。
そんな現実的な話を高校生の、しかも被害者で体に障害を残す人間に聞くものかと。
取材なんてそんなものかと、少し呆れていたがそれでも。
藤堂は力強く宣言した。
「今までは怖くて、だから、黙ってた。でも、もう、怖くない。ちゃんと、罰を受けてほしいし、僕はそのためになら、生きた証拠になる覚悟、です」
生きた証拠。
その言葉に妙な重みを感じたのか、取材陣もそれ以上深い質問はなく。
この取材内容は早速、昼のニュースで報道されるという話になった。
藤堂は疲れたのか眠ってしまい、桐生と加佐見は無事取材が終わったことを報告しに学校へ。
生徒会室に出向く。
そして妃と対面する。
「失礼します」
「ああ、桐生君か。取材は無事終わったようだな」
「ええ、あとは安藤の根回しで報道規制されなければってとこですかね」
「それが一番の懸念材料だがその心配はない」
「どうしてです?」
「取材に来た連中にはさっき、脅しをかけておいた。いじめの事実を知りながら、圧力に負けて報道しないなんてことがあれば即座に実名を世間にさらすと。病室での会話も録音しておいたわけだしな」
「え、録音? いつの間に」
「加佐見さんに頼んでおいたよ」
「……そうなのか?」
「ふふっ、黙っててごめんね」
加佐見は笑いながら録音機をポケットから取り出す。
そしてボタンを押すと、さっきの病室での会話が鮮明に流れてくる。
「さすが会長。用意周到、ですね」
「桐生君、君は知略に長けた素晴らしい人物だとは思うが、まだまだ人を信用しすぎている。やるなら徹底的に、だ」
「信用、しすぎてる? 俺が、ですか」
「ああ、そうだ。他人は所詮他人だ。期待通りに動いてくれなかったり、時には裏切られたり、そういうことをありきで付き合わなければ足元を掬われるし、裏切られた時に心がもたないだろう」
「……それじゃ、俺たちや生徒会のメンバーに対しても、会長はそう思って接してるということですか?」
桐生が珍しく不快な顔をしたのを見て、妃は少し驚く。
そして、そのあとで笑う。
「はは、そうだな。しかし、信頼とはそういうものを超えたところにあるというのも事実だ。君や、生徒会の仲間になら裏切られて背中から刺されたってかまわないと。そう覚悟ができるからこそ、背中を預けられる」
「それで裏切られて刺されたら?」
「それはその時だ。裏切らせる結果にさせてしまった己が悪いと、死ぬ間際にそう思うだろうな」
「……」
「きっと、君の父親もそういう人だったんじゃないか? 仲間に裏切られても、それを相手のせいにせず己の過失と受け止める。だから、私の母もそんな君の父親の姿を見て悔い改めたからこそ、手記なんかを残したのだと思う。最後は信じるものが救われるというが、むしろ信じてくれる人によって、私の母は救われたのかもしれん」
妃がそう呟くと、隣で加佐見も小さくうなずく。
「私の父も、そうなのかも。桐生君のお父さんって、やっぱり立派な人なんだね」
「勝手に人物像を作り上げるな。裏切られまくる親父も親父だよ。信用がない証拠だ」
「もう、そんなこと言ってほんとは嬉しいくせに」
「……どうだろうな」
桐生はふと、父が当時どんな心境だったのかと想像する。
信じていた人に裏切られる絶望を、どう受け止めたのかと。
果たして自分が、今目の前にいる連中に裏切られて正気でいられるかと。
きっと、恨んでしまう。
裏切ったすべてを憎んでしまう。
そんな器の小さい人間だと、桐生は自覚する。
「……まあ、とにかく。あとは昼のニュースを待ちましょう」
一度、生徒会室を出る。
ただ、この日の午前中は授業どころではなく。
ちらちらと携帯を確認しながら何かしらのニュースや連絡が来るのを待って。
昼を迎えた。
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