第37話 天命を待つ

「藤堂、明日新聞社の人間がここに来る。取材を受けろ」


 病室に着くや否や、桐生は前置きなしに藤堂へそう告げた。


「……いきなり、だね。桐生君はいつも」

「前置きはいらんだろ。安藤に被害を受けた人間をこれからかき集めるが、藤堂、お前の証言がやはり鍵だ。嫌がらせや精神的被害なんて目に見えないものではなく、ボロボロに傷ついたお前が生きた証拠なんだよ」

「そう、か。桐生君は、ほんとに、オブラートに包まない、言い方するね」

「まあな。ありていに言えば俺はお前を利用している。お前がこうして入院生活を送らないといけないほどの被害を受けてくれていてよかったとすら思ってる。そういう人間だ。だから友人になりたいという希望を取り下げるなら今のうちだ」

「はは、桐生君は、嘘が下手、だね」

「……なんでだよ」

「桐生君、僕と話してる時、ずっと体が前のめりだ。僕がいつ、倒れないか心配、なんだろ? そんな人が、悪い人な、わけない。桐生君は、いいひとだと、一目見て、わかったよ」

「……誤解だ。俺は」

「いいよ、僕は、桐生君が記者の前で死ねといえば、死ぬよ。頼ってくれたことが、うれしかった、から」

「……死ぬなよ。まだまだお前にはしゃべってもらうことがたくさんあるんだから」

「はは、そっか。やっぱり桐生君は優しい、な」

「……」


 藤堂との話の中で、桐生は敢えて突き放すような言い方を選んだ。

 それは、弱っている藤堂を利用することへの罪悪感を払拭したくてのことだったのだろう。


 ただ、そんな桐生の心中も藤堂は見透かしていた。

 そして、困った様子の桐生を見て加佐見は隣で笑う。


「ふふっ、桐生君ってやっぱり嘘が下手なんだ」

「うるさい。もう話は終わったから行くぞ」

「はいはい。それじゃ藤堂君、またね」

「う、ん。二人とも、また、明日」


 少しだけ、藤堂が笑った。

 固い笑顔だったが、少しだけほぐれた藤堂の表情を見て、桐生は心の中でほっと一息をつく。


 と、同時に。

 桐生は何がなんでもやり遂げなければと、決意を固くして。


 加佐見と、カフェしまだへ向かった。



「島田さん、ちょっといいですか?」


 閉店間際まで途切れなかった客をさばききったあと、桐生はカウンターを拭きながら島田を呼び止める。


 ちょうど煙草をふかしていた島田は、桐生の目を見て何かを悟ったように火を消して。


 椅子に座る。


「安藤君の件だね」

「ええ、そうです。明日、大々的に安藤の被害を新聞社に暴露します。拡散には少し時間がかかるかもですが、間違いなく世間の風当たりは安藤たちを追い込みます。で、その混乱に便乗して、島田さんたちにも当時のことを語ってほしいんです」

「なるほど、それは考えたね。もちろん、僕たちにできることは協力するさ。だけど、そう簡単にあの安藤がやられるかな」

「それはわかってます。ただ、おそらく俺はいけると、そう踏んでます」

「それはどうしてだい?」

「息子がいじめで障害を負わせた人間をこの町に置いておくなんて、俺なら絶対しません。金を払って遠くの街に飛ばして知らぬ存ぜぬで押し通す方が賢いかと。ただ、そうはしなかった。それは多分ですが、安藤の父親が不測の事態に弱いからです。だから、自分の目の届く範囲に置いておきたい。そういう人間なんだと、俺は思っています」

「なるほど……桐生君、君はもう、お父さんを超えたかもしれないね。そんな洞察力をどこで身に着けたんだい?」

「人より少し苦労しただけですよ」


 加佐見も、桐生の言葉にうなずく。

 そして、今度は加佐見から島田へ。


「島田さん、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」

「かしこまらなくていいよ。僕だって、本当は安藤と闘いたかった。でも、無理だった。いや、力がなかったと、言い訳してなにもしなかった。でも、君達は自分の立場に言い訳せず、悪に真正面から立ち向かおうとしている。そんな姿を子供である君たちに見せられて奮起しないわけがないよ。なんかあの頃の記憶がよみがえるよ」


 島田はどこかワクワクした様子だった。

 桐生の父と奮闘した昔を思い出して興奮しているのだろう。


 それを見て、桐生は考える。

 こんなふうに誰かに希望を与える父は、やはり立派な人間に違いなかったのだろうと。

 そして、そんな父や健全な市民の尊厳を奪っていった安藤一家に対しては、やはり相応の罰を受けさせてやると。


 ぎらつく気持ちが芽生えて前のめりになりそうなところで加佐見が桐生の手をそっと握る。


「……なんだよ」

「怖い顔してるよ。桐生君、冷静にならないと」

「わかってる。今、失敗したら全部終わりだ」

「うん。きっと大丈夫だよ。悪いことをしたら罰を受ける。でも、私たちが与える立場じゃないよ。できることは、彼らの悪事を公表するだけ。裁くのは決して私たちじゃない」

「……そうだな。俺たちにそんな力も権利もない。あとは世間の善性に任せるだけ、か」


 ここまでくれば確証めいたものなんてなにもない。

 約束された勝利も、既定路線のイージーな戦もない。

 できる限りをして、天に祈るだけ。

 

 加佐見の言いたいことはなんとなく桐生に伝わった。

 そのうえで、敢えて桐生は強く言う。


「ただ、負けても仕方ないなんて、絶対に思わない」

「うん。絶対に勝とうね」

「ああ」


 負けて自分がどうなろうと、桐生にとってそれはどうでもいいことだった。

 ただ、巻き込んだ加佐見のことを思うと、彼女がこれから過ごす高校生活が肩身の狭いものにならないようにとか、そんなことを考えてしまう。


 加佐見だけは、守らないと。

 そう思うと、彼女の手を自然と強く握り返して。


 その手を固く結んだまま、二人で店を出る。


 そして。


 その日がやってきた。

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