第36話 守りたいものがあるなら闘え
「桐生君、おはよ」
朝。
部屋に加佐見が起こしにくる。
加佐見が部屋に戻ったのは夜中になってからで、桐生はそのあとも眠れず少し寝不足な様子で加佐見の声に反応する。
「ん……おはよう加佐見さん」
「ふふっ、昨日は二人で夜更かししちゃったもんね」
「変な言い方するなよ。他人に聞かれたら誤解される」
「いいじゃんか。だってずっとここにいるんだから」
「……」
昨日は気持ちが盛り上がっていたせいか、らしくない言動を繰り返してしまったと桐生は悔いる。
思い出すだけで恥ずかしい。
二度と言ってやるもんかと首を振りながら体を起こすと、加佐見はそっと桐生の隣に来る。
「今日も電話なかったら、藤堂君のとこにいってみよっか」
「いや、しつこくいくのは危険だ。藤堂は障害が残ってるせいか判断力なんかは鈍ってる可能性があるけど、それでももう少しだけ待とう」
「そっか。連絡くるといいね」
「こればっかりは運だ。ツキが俺たちに味方するか安藤に味方するか、それこそ神様にしかわからない」
「じゃあ、神頼みってことで早く家出て近くの神社にお参りでもいこっか」
「できればその時に厄払いもしたいくらいだな」
「あはは、ほんとそうだね。私たちって、呪われてるかもね」
「ああ、まったくだよ」
こんな会話が冗談っぽく言えることに桐生は少し笑う。
「なにがおかしいの?」
「いや、だって俺らってさ、相当不幸だと思うんだけど。なのに人の為だとかなんとか言ってさ。生徒会のみんなもだけど、変わってるよなって」
「桐生君の場合はお父さんの血だよ。根っからのいいひとなのかも」
「いい人、か。そんなこと考えたこともなかったけどな」
「ふふっ、私だってそうだよ。お父さんは結構酷い商売人だったからさ、お金こそあったけど恨みつらみでよく同級生からいじめられてたし。でも、桐生君の出会えた。だから今までの私の不幸も、桐生君と仲良くなるためにあったんだって思ったら、全然辛くなくなっちゃった」
「……そっか」
「もう、そこは『俺もだよ』とかいうところじゃないの?」
「言わないの知ってるくせに」
「あはは、そうだね。でも、いつか言わせてやるんだから」
「……期待せずに気長に待ってろ」
二人で部屋を出てから、キッチンで朝食を食べる。
そして、一緒に家を出て学校へ向かう途中に桐生の電話が、鳴った。
「もしもし」
「ああ、藤堂、だけど」
「……待ってたぞ。で、その気になったか?」
「……桐生君。僕、もうすぐこの病院に来て半年になるんだ」
「ん、そうか。長いな」
「うん。でもね、会いに来てくれたのは、桐生君たちがはじめて、だった。どんな理由でも、クラスメイトが、きてくれて、うれしかった。だから、君に、託すよ」
藤堂は、吃音まじりの声を震わせながらも、はっきりと桐生に告げる。
「安藤を、訴える」
その言葉に、桐生の体は熱を帯びる。
事態が急速に動き出した実感を得るとともに、ここが正念場だという自覚が全身を駆け巡った。
「……よく言った。ただ、学校やこの町の行政に駆け込んでももみ消しを喰らうだけだ。段取りは夕方にまた連絡する。それまでゆっくりしてろ」
「桐生君、君は、すごいね。ねえ、もし、退院したら、友達になって、くれる?」
「……ああ、いいよ。その代わり、何があっても最後まで戦え。弱い奴は嫌いだ」
「うん。強くなるよ」
藤堂との話が終わった。
ちょうど、学校が見えてきたところだった。
「桐生君、藤堂君はなんて?」
「ああ、協力するってさ。これで安藤は終わりだ。ただ、どうせやるなら根本からだ」
「根本?」
「安藤の父親を巻き込む。クズの親子にはきつい目に遭ってもらうんだよ」
◇
「……というわけで藤堂が協力してくれるそうです」
「なるほど、ご苦労だったな桐生君」
昼休み。
生徒会室で妃に報告を終えた桐生は、そのまま自分の考えを妃に提案する。
「で、今回のもみ消しには多分に安藤の父が関わっています。金の出どころ、買収した人間のリスト、あとはその証拠とかを集めてから一気に世間に公表します」
「それであの安藤財閥のトップまでも引きずりおろそうというわけか。私もそれには賛成だ。さっそく牧と神原に情報収集させる。ただ」
「ただ?」
「いや、あの安藤財閥と闘うには、我々は脆弱すぎる。何かしらの犠牲が伴う可能性はあることを考えていておくれ」
「もとより覚悟の上です。ただ、俺には失うものがありませんので」
桐生がそう話すと、妃はクスクスと笑いながら隣に控えていた加佐見を見る。
「何がおかしいんですか?」
「いや、君にはもう、守るべきものも失ってはいけないものもあるように思えるが?」
「……気のせいですよ」
「はは、照れるな。加佐見さんを見る君の目が変わった。随分穏やかな目になったな、桐生君。抱いたか?」
「そういうの、セクハラですよ」
「おっと、失礼。ただ、失うものがない人間もまたある意味で強いが、守るものがある人間も、強いぞ」
「それは相手にも言えることですよ」
「そうだ。権力に固執する安藤たちはその立場を守るためには手段を選ばない。だからこちらも躊躇している暇はない。早速、この町とは無縁の新聞社数社に連絡を取る。面白い記事があると言えば、学生のタレコミであっても奴らは食いついてくるだろう」
「今時のネット社会ですから。記事になれば拡散もすぐでしょう」
「ああ。それに安藤財閥は古い体質の企業だ。ネットなどで拡散される情報を統制する能力までは持ち合わせていないだろう」
「では、放課後藤堂に段取りを伝えにいきます。そっちは任せます」
「了解だ。検討を祈る」
話がまとまった。
藤堂が受けた被害を新聞社を通じて世間に広め、世論を煽って安藤財閥を追い込むという作戦。
最も、その最中にどんな妨害を受けるかわからない。
ただ、それ以外に学生である自分たちができる方法や手段はない。
たとえどんな被害を受けようと、止まれない。
これで安藤たちが堕ちるか、自分たちが潰されるか。
それくらいの大勝負だと自覚すると、桐生は生徒会室を出る時に自然と笑みがこぼれた。
「どうしたの桐生君? 楽しそうだけど」
「あ、いや。こんな時に不謹慎だとはわかってるけど、ワクワクするんだ。今まで、自分の意志で何かと闘うなんて経験がなかったから」
「そっか。でも、いいと思うよ。辛い局面でこそ、笑ってる方がいいもん。私たちにできることは、前を向くことだけだから」
「そうだな。さて、放課後は藤堂のところに行くのと、島田さんにも協力をお願いする」
「島田さんにも?」
「当時のことを知る大事な証人だ。まあ任せろ、やるなら勝てる確率を最大限上げて戦いたい」
「うん。桐生君に任せるよ」
この日、安藤たちとは極力関わらないように桐生達は静かに午後を過ごした。
そして、放課後すぐに藤堂の元へ向かう。
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