第30話 信じてくれる存在
「ああ、すまないこんな夜遅くに」
電話は妃から。
いつもの落ち着いた口調だが、少し緊張しているようにも感じる。
「どうしました? まさか何かあったとか」
「まあ、急を要する話ではないが少し安藤のことで話があってな」
「ああ、そういうことですか。ちょっと待ってください」
いったん電話を離し、加佐見に対して妃からの電話だと説明すると、さっきまで機嫌のよかった加佐見は少し表情を曇らせながら、「それじゃ先お風呂入っとく」と。
なぜか必要以上に大きな声でそう言って、風呂場へ向かっていった。
「すみません、もう大丈夫です」
「はは、同棲とは仲がいいんだな」
「聞こえてたんですか。いや、色々わけがあってのことです」
「まあいい。それよりも安藤のことで牧から報告があった。今日は学校を出た後、近くの喫茶店にいたそうだ」
「学校サボるなんて、よほど血が上ってたんですねあいつも」
「で、そこのマスターから聞いたそうだが、明日彼の取り巻きを一人リンチしてやりたいと、そんな愚痴をこぼしていたとか」
「……多分その相手が誰かは想像つきます。多田というやつですね」
「そうか。しかしいくら仲間割れを歓迎したと言ってもリンチを見過ごすことはできん。私たちも安藤の行動には注視しておくが、奴が行動に移ったら一緒に止めにきてくれないだろうか」
「むしろリンチの現場を撮影した方がいい気もしますがね」
「それはできない。多田とやらを巻き込んだのはこちらだし、彼に罪はない。そんな彼がやられるところを助けもせず遠くから見ているというのは、今回の件とは全く異なる。目的の為に多少の犠牲は止む無しと考えてはいるが、人の道を外れた行動までとるなら私たちは安藤以下に成り下がってしまう」
妃の熱弁を聞き終えたあと、桐生は思う。
そんなのは詭弁だと。
今日、高田にさせたことと明日行われるだろうリンチを見過ごすことに、大した差なんてない。
どちらも安藤をつぶしたい自分たちの勝手な都合により起こっている事案に過ぎない。
ここまでは構わなくてこれ以上はダメという線引きだって、勝手に自分たちの良心の許す範囲で決めているだけのこと。
そんな中途半端をするくらいなら、自分たちの手を汚してでも安藤潰しを最優先すべきではないかと。
言おうとするが、言葉が出ない。
なぜか、それを言ってしまっては終わりなような気がして。
「……」
「桐生君、君の言いたいことは表情が見えなくともわかるぞ。目的の為に手段を選んでいるようでは甘いと。やるなら我々も悪に染まる覚悟がなければと、そう言いたいのだろう?」
「……まあ、そういうことですが」
「私もそう思っていた。ただ、君のことを少々誤解していたようなのだ。いつぞ、君には失うものがないと言ったあの言葉、ここで訂正させてほしい。君の幸せを願う人間も、少なからずいる。だから君に悪に染まってくれとは、言えない」
「……加佐見のことですか? 別にあいつは」
「君はまだ、誰かから好意を向けられることに慣れていないだけだ。きっと、彼女の存在が頼もしく、そして愛おしくなる時がくるさ」
「……それはなんとも言えませんが。まあ、多田を巻き込んだのは確かに俺なので、今回ばかりはあいつが安藤に粛清される前に止めますよ」
「はは、そうしてくれ。では明日また。加佐見さんにもよろしく」
電話が切れた後、桐生は少し考える。
安藤が同級生をリンチする現場を撮影できたら、安藤どころかその親までをも巻き込んでつぶすことができるかもしれないのに、と。
だから惜しい。
絶好の機会をみすみすつぶしてしまうことが惜しい。
「……そんなことを平気で考えられるんだから、俺はやっぱり優しくないよ」
風呂場の方を向いて、いつも自分を優しいと誤解する加佐見に向けて。
そんな言葉を呟いてから、桐生は静かに部屋に戻った。
◇
「桐生くーん、起きてる?」
部屋に戻ってここ数日おろそかになっていた勉強をしようと机に向かっていた桐生を、部屋の外から加佐見が呼ぶ。
「ああ、なんだよ? 今勉強中だ」
「そっか、ごめんね。あの、余計なお世話だと思うけど、桐生君が酷い人になるようなことは、しないでね」
「何の話だよ。ていうか余計なお世話だ」
「そう、だよね。うん、じゃあおやすみ。お風呂、お湯抜いておいてね」
加佐見の足音が遠くなる。
そして桐生は少し時間を空けてから風呂に入り、再び部屋に戻ったあとはすぐに眠ることにした。
◇
「桐生君、今日も朝は生徒会に行くの?」
翌朝。
登校中に加佐見がそう聞くと、桐生は首を振る。
「いい。それより、今日は安藤が暴れる予告をしてるそうだ。飛び火がこないようにしとけよ」
「安藤君のこと、なんかちょっとエスカレートしてない? 大丈夫かな」
「放っておいてもいずれ暴走してたさ。それと、この後用事があるから先に教室に行っておいてくれ」
「生徒会に行かないのに別の用事なんて、桐生君にしては珍しいね」
「色々あるんだよ、俺にも」
学校に着くと、そのまま先に加佐見を行かせてから桐生は正門で人を探す。
そして一人の生徒が背中を丸めて登校してくる姿を見つけて、寄っていく。
「おい、お前に話がある」
桐生は何かに怯えている様子の生徒に対して、きつい言い方で声をかける。
「お、お前は……桐生」
「ああ、そうだ。ついてこい、多田」
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