第29話 一緒に聞こえる雨音

「雨、か」


 しとしとと落ちだした雨粒は段々と大きくなり、やがて叩きつけるような音をさせながらあたりを濡らしていく。

 夕方だというのに、外は薄暗くなり肌寒さも感じるほど。


 傘を持っていない生徒が大半だったせいか、放課後になっても教室に残る生徒が多かった。


「桐生君、バイト行かなきゃ」

「加佐見さん、傘がないとさすがにずぶ濡れだよ」

「ふふっ、備えあれば憂いなしってね。私、折り畳み傘持ってきてるんだ」

「へえ、準備いいな」

「うん、相合傘で帰ろ?」

「……」


 外を見ると、一本の傘を大事そうに分け合って、肩を寄せながら帰るカップルの姿もちらほらと確認できる。

 そしてそんな連中を見て僻む生徒たちの姿も。


 桐生はそんな好奇の目にさらされるのはごめんだと。

 加佐見に言う。


「先に帰ってろよ。雨が弱まったら俺もすぐ帰るから」

「ダメだよ風邪ひいちゃう。いいじゃんか別に相合傘くらい」

「……気乗りしない」

「ふーん、そういうの気にするんだ。桐生君って結構子供なんだねー。大人なら、そんな恥ずかしさより体調を気にするはずだけどなあ」

「……わかったよ。帰る」


 加佐見に小ばかにされて桐生は席を立つ。


 そして二人で校舎の下までいくと、大雨に足止めを食らう生徒たちがあふれていた。


「急な雨だったもんね。でも、ばっちり準備しててよかった」

「どうせなら二本用意しててほしかったけど」

「それを言うなら桐生君が傘持ってなかったのが悪いんだよ?」

「……その通りだ」


 加佐見が折り畳み傘を広げると、桐生はそろっとその隣に。

 そして二人で外へ出る。


 その光景を見て、生徒の群れは少し騒がしくなる。

 ただ、振り返りもせず、雨音で雑音をかき消しながら二人はまっすぐ雨の中を進んでいった。



「いらっしゃい二人とも。今日は六時から営業だから準備よろしく」

「よろしくお願いします」


 帰宅せず、そのままカフェしまだへ移動した桐生達は、少し濡れた制服の肩口を払うと、奥でタオルを借りて濡れた場所を拭いてからエプロンを身に着ける。


「なんか桐生君と一緒に働くの、新鮮だなあ」

「仕事中はいらない私語するなよ。あと、マニュアルは目通したのか?」

「あー忘れてた。桐生君、教えてもらってもいい?」

「……一回だけだからな」


 加佐見に店のメニューなどの説明を行っていると営業時間になる。

 夜の営業では主に夕食を目的とする客がターゲット。

 メニューはカフェらしくパスタやオムライスなどを取りそろえ、今時にしては珍しく喫煙できる場所とあって、開店直後から仕事帰りのサラリーマンがぼつぼつとやってくる。


「いらっしゃいませ。桐生君、三番さんオーダーよろしく」

「はい。あと、一番はセットのディナー二つです」


 島田と桐生は、阿吽の呼吸といった具合にスムーズに仕事を振り分けて店をまわす。

 島田はここでずっと働いていたから慣れていて当然だが、桐生もまた、持ち前の器用さと容量の良さから、島田の邪魔をせず、今何が最優先事項かを即座に判断しながらホールとキッチンの両方をこなす。


「え、ええと……」


 一方の加佐見は、当然ながら何をしたらよいかわからない様子で、レジの前に立つ。

 ただ、いったん店が回りだすと誰かに教えている余裕まではない。

 桐生は加佐見に対して、「空いた皿を引いて、あとはレジやってて」と。


 そんな風にして、桐生達のここでの初仕事は粛々と、淡々と終わる。


「ふう……久々に働いたら疲れたな」

「お疲れ二人とも。いやあ、桐生君はすごいね、なんでもできるんだ」

「お疲れ様です。いえ、ちょっとこういうのが好きなだけですよ」

「はは、しかし初めて一緒に仕事をしたとは思えないくらい息がピッタリだったよ。やっぱりお父さんに似てなんでもできるんだね」

「できることしかできませんよ」


 そんな話で盛り上がっている二人に対して、加佐見は蚊帳の外。

 自身の仕事っぷりに肩を落としていると、島田がそっと加佐見にジュースを渡す。


「加佐見さんもお疲れ様。お客さん、結構君のこと気に入ってたし常連さんが並ぶんじゃないかい?」

「島田さんありがとうございます。でも、もうちょっと二人の力になりたいです」

「まあ、最初っからすべてうまくいくなんて人はそういない。それに、加佐見さんがいてくれないと困るよ」

「……どうしてですか?」

「ああ、だって」


 桐生の方をちらっと見てから、島田は加佐見にだけ聞こえるように続ける。


「桐生君、加佐見さんがいるから張り切ってたんだと思うよ。仕事中もちらちら君の方を見ていたし」

「え、ほんとですか?」

「はは、嘘は言わないよ。相当君のことが気になってるんだね、彼も。ああやって不愛想を決め込んでてもそれくらい大人にはわかるもんさ」

「……ふふっ、やっぱり桐生君ってわかりやすいんだ」


 こそこそと二人で盛り上がっている様子を見て、どうせ変な話でもしてるんだろうと。

 桐生は呆れた顔で加佐見達の会話が終わるのを待って。


 そして機嫌をよくした様子の加佐見が桐生のところにやってくる。


「ふふっ、桐生君ってやっぱりわかりやすいんだ」

「やっぱり俺の話か。なんだよわかりやすいって」

「ひみつー。さてと、一緒に帰ろっか。雨も止んでるみたいだし」

「……そうだな」


 こうして、カフェ島田での初仕事を終えた二人は帰路につく。


 帰りの道中、終始加佐見の機嫌はよかった。

 そんな彼女の様子を見て、島田はずいぶんと女性の扱いがうまいのだなと桐生は感心しながら。


 やがて家に着く。

 そしてようやく一息と思ったその時。


 桐生の電話が鳴った。

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