第28話 乱されていく
「高田! おい、高田!」
桐生が教室に戻ってしばらくして。
取り乱したように安藤は高田の名を連呼しながら教室にやってくる。
まばらに登校してきたクラスメイト達は、雑談をやめて静かに安藤を見る。
機嫌の悪い安藤にかかわりたくないと、外に出る人間や息を潜める連中も。
そんな中、桐生は黙ってその様子を見守る。
席にいた高田は、安藤のところへと向かう。
「安藤……君。なにかな」
「お前、昨日の返事はどうした? さっさとお前から俺に言いにこいよ!」
「あ、そのこと、なんだけどさ……」
一瞬、高田は桐生の方を見ようとして、やめた。
そして、安藤に向けて言う。
「……私、多田君のことが好きなの。彼と、ずっと幼馴染だから」
その瞬間、安藤の横に控えて笑っていた多田の顔が青くなるのが遠くからでもよくわかった。
「え? 高田さん、何を」
「おい多田、お前それほんとか?」
安藤は自分より背が小さく細身の多田に向かってにらみを利かせる。
そして有無も言わさず制服を掴んで、脅すようにそばの机を蹴る。
「てめえ、実は俺のことをあざ笑ってやがったな!」
「ち、違うよ安藤君、これは何かの誤解だ」
「うっせえ! お前ら、確か地元一緒だったよな。おい、どういうつもりで俺が高田を口説いてんの見てたんだ。言えやゴラァ!」
怒号が教室に響き渡る。
そして安藤は、震える多田をそのまま突き飛ばすと、他の連中にも怒鳴り上げる。
「てめえらも、知ってたんじゃねえのか? おい、心のどっかで俺のことバカにしてたんか? おい、何か言えよクソ野郎ども!」
もう、手が付けられない状態になった。
暴れる安藤は人目も気にせず取り巻き連中を次々と突き飛ばし、何人かは腹を蹴られたり顔面を殴られた。そして最後には「全員死んじまえ!」と大声をあげてから、安藤は一人で教室を出て行った。
「……うまくいったな」
桐生は荒れる安藤を見て、首尾よくことが運んだことに少しだけ安堵の息を漏らす。
そして、安藤を追いかけていく金魚の糞たちを見送ったあと、そっと席を立って高田のところへ向かう。
「いい演技だったな」
「なんか、気持ち悪いくらいあんたの予想通りの反応を見せたわね」
「まあな。安藤の性格を考えれば大体あんな感じだろ」
「……なんか、そういう達観したところちょっとムカつく。なんでも自分の思い通りになると思ってるのって、案外桐生の方なんじゃない?」
高田は、少し畏怖のこもった表情で桐生を見る。
ただ、桐生はそれに対して首を振る。
「そんなんだったら苦労しねえよ。今回はたまたま、それに高田さんの演技がうまかったからだ」
「私のことだって、うまく扱えたくらいにしか思ってないくせに」
「それは否定しない。ただ、あんなに苛立つ安藤を見て、ちょっとは溜飲が下がったろ?」
「……ふっ、確かにね。なんか、桐生と話してたらどこまで読まれてるんだろって気分になるわ。ほんと、よくわかんないやつね」
「ほっとけ、昔からだ」
高田も桐生も、ようやく少し表情を崩す。
そして、朝のホームルームの時間が迫って来た時にようやく加佐見が教室に。
「……むう」
そして、また拗ねた様子で桐生を見る。
「なんだよ」
「高田さんといい感じ、妬いちゃった」
「まずは作戦がうまく行っただろう雰囲気に喜べよ」
「別にそれは心配してないもん。桐生君だし」
「なんだそれ」
「桐生君が安藤君に負けるわけないもん。まあ、お昼休みにでも詳細は聞かせてもらおうかなあ」
まだ少し拗ねた様子の加佐見に呆れる桐生。
そしてそんな二人を見ながら高田は、「ふーん」とつまらなさそうな声を出す。
「なんか、噂以上に仲良しなんだ」
「どんな噂が知らんけど、勝手な噂を流すな」
「ま、どうでもいいけど。ねえ、それより安藤はこれでもう何も言ってこない?」
高田はまた、心配そうな表情に戻る。
そんな彼女に桐生は、平然と答える。
「いや、このままだとそのうち仕返しがくるだろうな」
「え、それじゃ意味ないじゃん」
「慌てるな。このままだったらって言ったんだ」
「それ、どういう意味?」
「あいつが怒鳴り散らかして人を殴って蹴ってしてるとこ、しっかり生徒会に録画してもらってる。さすがにあそこまで気持ちよく暴れてくれたら、弁解の余地もないだろうな」
初めから、桐生はそれが狙いだった。
安藤が人前で見せたくない姿。
それを記録することで、安藤を脅す道具になる。
なぜか安藤は人前で傍若無人な態度を見せたがらない。
単純に人気が欲しいだけとも言えるが、誰かの目を気にしている様子でもある。
それが誰かは不明だが、世間に公開されるなんてことはもってのほか。
いざとなればそれを脅しに使って、黙らせるくらいはできるだろう。
「ま、それも一時凌ぎだが、少しあいつと戦う武器にもなるだろ」
「ふーん、やっぱり私は桐生の掌の上、か。ほんと、いけすかない奴ね」
「まあな。とにかく、また何かしてきたら言ってくれ。高田さん、ほんとお疲れ様」
労いの言葉。
誰かにそんなものをかけるなんて、やっぱり最近はらしくないなと。
言った後で頭をかく桐生に、高田は小さく頭を下げて席に戻る。
やがて、担任がやってきて授業が始まる。
安藤たちの姿はそこにはなかった。
◇
「はは、桐生君よ随分とうまくやったようだな」
昼休み。
桐生と加佐見は朝の件についての報告のために生徒会室へ。
すると、事情を説明する前に妃は機嫌良く高笑う。
その隣に控える牧は、黙々と弁当を食べていた。
「……情報が早いですね」
「まあ、仮にも生徒会長だからな。それに、上級生の間でも評判になっている。安藤が初めて学校で取り乱したとな」
「そうですか。でも、これで終わりじゃありませんから」
「そうだな。まあ、牧に撮らせてある安藤が暴れる動画をネタにしてゆするくらいはできる。安藤がそれに怯えて大人しくしているうちに次の手を考えよう」
妃は座ったまま、手に持った一冊のノートを桐生に差し出す。
「これは?」
「母の手記だ。君の父親とのことが書いてある。見せる約束だったろう?」
「わざわざすみません。中身、見させてもらいます」
桐生は古びたノートが解けないようにゆっくりとページを捲る。
パリパリに乾いたノートは少しくすんでいたが、中を開くとそこには綺麗な字で書かれた手記が。
目を通していくと、妃から以前に聞いた内容が並ぶ。
妃の母、妃珠緒が桐生鹿黒に協力していたこと。
その後、安藤側の戦況が不利になった時、ある人物から桐生を裏切るように言われて金を渡され、裏切りを実行したこと。
そんな内容だった。
「……この、会長の母親に金を渡したのは安藤の父ですか?」
「さて、そこまでは。なにせ私も母の記憶はあまりない。ただ、祖母に聞いた話だと、どうも男癖の悪い女だったようだ。どうせ少し顔のいい間男に言いくるめられたんだろうと推測するが」
「……ありがとうございました。あまり人に見せたくないものだったでしょうに」
「何を言う、君にこれを見せずして、私たちは対等の関係にはなれない。君とは末永くお付き合いをさせていただきたいと思っているからな」
「大袈裟ですよ、単に倒すべき敵が一致してるだけの話ですから」
「そう、だな。はは、それより今日は生徒会の会議をするから昼食は加佐見と二人、他所で食べてきたまえ。すまないな」
「そうですか。では、失礼します」
妃は催促するように桐生達を外へ出し、扉を閉めた。
廊下に放り出された桐生は、どこで昼をとろうかと加佐見を見る。
「さて、教室に戻るか?」
「……桐生君のえっち」
「は? 何言ってんだ」
「桐生君ってモテるんだ。ま、そりゃそうだろうけど」
「だからさっきから何の話してるんだよ。意味わかんないこと言ってたら置いてくぞ」
「はいはい。でも、教室じゃなくって体育館の方に行かない? ちょうどいい階段があるの、この前見つけたの」
「じゃあそこでいいよ。ていうかなんでイライラしてるんだ」
「してない。桐生君がモテモテだからってイラつかないもんね」
「……ったく」
情緒あふれる、というよりは情緒不安定だろうと。
心の中で加佐見を皮肉ったあと、桐生は早足の加佐見についていく。
そして体育館の前にある階段で二人並んで腰を下ろすと、加佐見は持っていたカバンの中から弁当箱を。
今日は一つだけ取り出す。
「サンドイッチにしたんだ。一緒に食べよ」
「ああ、いただくよ。朝から疲れて、珍しく腹減ったから」
「安藤君たち、帰ったのかな?」
「さあ。でも、今までは表向きだけでも優等生で通していたあいつが授業に出ないっていうのは、何かある。放課後はさっさと帰った方が身のためだな」
「だね。今日からお店だし、頑張らなきゃ」
加佐見の作ったサンドイッチを食べながら、桐生は少し薄暗く曇った空を見上げる。
夕方の予報は雨。
そういえば、傘を持ってきてなかったなあと。
そして。
放課後になる少し前から。
雨が降り始めた。
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