第23話 誰だっていやなことはある

「さて、行くぞ」


 放課後、加佐見と桐生は書道部の部室へと向かう。


 桐生達の教室がある校舎をいったん出て、旧校舎と呼ばれる隣の建物の一階の一室に、『書道部』と看板がある。


 特に伝統があるわけでも有名でもない部活だからこんな場所しか与えられてないのか。

 それともたまたま、ずっと書道部の部室がここなだけなのか。


 はたまた。


 安藤が何かしらの力を加えて、こんなところに追いやられたのか。


 そんなことを考えながら、暗い校舎に足を踏み入れて書道部の部室の扉をノックする。


「はい」


 部屋の中から返事があった後、ガラガラと引き戸を開けるとそこにはジャージ姿に着替えた女子生徒が一人。


「あなたは、桐生蓮……それに加佐見さん?」


 高田だ。

 急な来客に目を丸くしている。


「高田萌だよな。聞きたいことがあって来た」


 挨拶も前置きもなく、無愛想に話を切り出す桐生に、隣の加佐見は呆れた顔をしながら注意する。


「あのね桐生君、いきなりそんなこと言われたら誰でも怖いでしょ」

「世間話をして仲良くなりたくてここに来たわけじゃないだろ」

「ほんと、そういうとこ不器用なんだから。高田さん、私たちね、あなたが困ってるって聞いてここに来たの」


 加佐見が優しくそう声をかけると、高田は丸くしていた目を少し鋭くさせて、警戒心を露わにする。


「……安藤君とのこと? だったらほっといてくれるかな」

「……安藤君と、何かあったんだね。ねえ、私たちでよかったら、何が起きてるのか聞かせてくれない?」


 加佐見が聞くと、高田は沈黙する。

 その様子を見かねて、桐生はまた一方的に話を切り出す。


「高田さん、安藤に何をされてるんだ? 俺たちはあいつの悪事をやめさせたくてここにいる。困ってるなら困ってる人らしく、強がらないで相談してくれ」

「……なにそれ、そんなことしてあんたの父親がやったこと、チャラにしようって話? 贖罪なら他所でやってよ」


 桐生に対して、高田は敵対心を剥き出しにする。

 どうやら、彼女の親もまた、桐生鹿黒の被害者ということになっているのだろうと。

 桐生は一旦身を引く。


「あとは任せた」


 加佐見の後ろで小さくつぶやくと、桐生の言いたいことを察したように加佐見は、高田のそばに寄って頭を下げる。


「高田さん、急にごめんなさい」

「な、なんなのよあなたたちは……あ、頭上げてよ気まずいから」

「私たちの勘違いだったらそれでいいんだけど、本当に安藤君に何もされてない? 私たち、ある人らと協力して安藤君の悪事をやめさせようとしてるの」

「安藤の悪事を……で、できるわけないわ」

「それがそうでもないのよ。私も桐生君もね、身寄りがないし。失敗していじめられたらここを去るまで。失うものがない人って、案外なんでもできちゃうものよ」


 加佐見は自虐的に笑う。

 そんな様子を見て、高田は少し戸惑いながらも、恐る恐る口を開く。


「……安藤君に、付き合えって言われてる」

「告白されたってこと?」

「……まあ。でも、他の子にも手当たり次第だし、ヤリ目なのはわかってるからそれが嫌で……」


 高田は、言いながら誰もいないその部室でキョロキョロと周りを気にする。

 よほど安藤に怯えているのだろう。 

 

「そっか。まあ、普通嫌だよねチャラチャラした男なんて」

「でも、断ったらパパの会社が何されるか……。うち、安藤君とこの下請けだし」

「流石に息子がフラれたくらいで安藤君のお父さんもそこまでひどいことはしないんじゃない?」

「ううん、あの家ならやりかねない。友達も、ひどい嫌がらせ受けたって言ってたし」


 だから安藤の誘いは断れない。

 高田はそう言ってから、また下を向く。


「……つまり安藤に目をつけられたら終わり、ってやつだな。そりゃ災難だ」

「ちょっと桐生君、そんなひと事みたいに言わないの。彼女をうまく助ける方法、ないかな?」

「……ないことはないが」


 桐生は、この状況で高田が悪者にならず、且つ安藤の誘いを断れる方法というのをいくつか考えてはいた。

 ただ、それはどれも気乗りするようなものではなかった。


「……」

「ないことはない、っていうことはあるけどあんまり気が進まないことってやつ?」

「そういうところ、察しがいいよな加佐見さんって。まあ、そういうことだ」


 ただ、気が進まない理由は別に身の保身ではなく。

 むしろ、自分が嫌われ役に回ることを加佐見が容認しないからだろうと。

 言えば、止められるだろうから、それが面倒だと、そう思ってのこと。


 加佐見もなんとなく桐生の考えに気づいたのか、口籠ってしまう。


 そんな時、高田が言う。


「……その方法なら、私は安藤君と付き合わなくて済むの?」


 少し嫌そうに。

 でも、縋るように。

 その言葉に桐生は反応する。


「まあ、な。恐らくだが。安藤はプライドの塊だから、俺が考えることをあいつに言うだけで、高田さんに対する興味は失せるだろう。ただ、それが根本的な解決にはならない。目先だけの方法だ」

「……ちなみに、どんな方法?」

「簡単なことだ。高田さんと俺が寝たって、そう言えば済む話だ。俺に半ば無理やり、強引に抱かれたとそう言えばあいつは俺のお下がりなんか要らねえって、そうなるだけだ」


 彼氏のフリ、では弱い。

 しかし桐生が抱いた女、くらいの嘘であればプライドの高い安藤はその女への興味を無くすはず。

 そして、安藤はきっと、高田に対してではなく桐生への憎しみを募らせるはずだと。

 桐生はなんとなく、安藤の性格からそうなる未来を予想できた。


「……なにそれ、普通に嫌なんだけど。あんたみたいな嫌われ者に抱かれたって、みんなに思われるのは」

「だろうな。俺だって御免だよこんな話。ただ、手っ取り早い方法として提案しただけだ」

「……他にないの?」

「なんだ、やっぱり助けてほしいんじゃないか。だったら最初から素直にそう言えよ」

「……」


 目の前の桐生を、恨めしそうに高田は見る。

 学校中、地域中から忌み嫌われる桐生の世話になることがどういうことか、わかっているからこその目。

 ただ、そのハードルを超えてこなければ、救えない。

 桐生はそれをわかっているからこそ、敢えて厳しい物言いを貫く。


「……ちょっとだけ、考えさせて」

「ああ、それは構わないが。でも、明日なんだろ? 安藤への返事の期限は」

「聞いてたんだ。まあ、そうだから今日の夜には返事する。だから、それまでにあんたも別の方法考えといて」

「頼る気があるなら今ここで言えばいいだろ」

「そ、その方法次第よ。だから、ちょっと一人にして」


 高田がそう言ってまた下を向いたところで、桐生は頃合いだと。


「じゃあこれ、連絡先置いておくから。夜、電話してこい」


 自らの電話番号を書いたメモ用紙を一枚、そばのテーブルに置いてさっさと部室を出る。


 慌てて加佐見も、桐生を追いかけて二人で部室から退室した。


「ちょっと桐生君、あんな不躾な言い方ないよ」

「いいんだよあれで。何かを捨てなければ何かを得られないってこと、今のうちに覚えておくべきさ」

「どういうこと?」

「いいとこ取りしようとしすぎなんだよどいつもこいつも。安藤に嫌われたくない、学校のみんなによく思われたい、でも安藤の言うことは聞きたくないし、願わくば放っておいてほしい。そんな欲張りでは救えないって話さ」

「でも、それが普通なんじゃないの? 好きな人と恋愛したいし、誰だって、進んでみんなに嫌われたくなんてないじゃん」

「それこそ安藤の術中だ。そして結局、安全牌な方法を取ろうとして、安藤の言いなりになる。安藤の呪縛から解かれるには、あいつに歯向かうとか、皆に嫌われるリスクを孕んでるってことを知るべきだ」

「そうせずに、安藤君から助ける方法とかは?」

「今のところはない。ただ、多くの人が安藤に立ち向かう気持ちを持てば風向きは変わる。高田さんには、そのきっかけになってほしいだけさ。俺だって、魔法使いじゃないんだ。綺麗事は言わない」


 リスクなくして今を脱却する方法なんてない。

 そして、楽に安藤を潰す方法もない。


 だから地道に。

 安藤に立ち向かう勇気を持つ人間を増やすしかない。


 誰かが勇気を持って立ち向かえば、いずれその波は波及する。


 桐生はそう考えていた。


「ふーん、色々考えてるんだ。桐生君って、やっぱり頭いいね」

「よくねえよ。頭いいやつはこんな無茶はしない」

「あはは、確かに。でも、連絡くるといいね」

「……来ないほうが、楽だけどな」


 正門をでるところで、桐生はそう呟いて少し旧校舎を振り返ってから。


 高田からの連絡が来たときにどんな方法を提案したらいいか、頭を巡らせながら。


 やがて学校を後にした。


 


 

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