第24話 その手をとって
「さて、店に行くか」
帰ってすぐ、着替えてから隣町のカフェしまだへいく準備を整える桐生。
加佐見は、先に準備を終わらせた桐生に慌てるようについていく。
「もう、なんで待ってくれないのよー」
「別に今日は片付けだけだから加佐見さんも来る必要ないだろ」
「あるもん。人手足りないって言ってたじゃん」
「はいはい、それじゃいくよ」
駅に向かう途中、高田からの連絡がないか携帯を見る。
その素振りを見て、加佐見は少し桐生に距離を詰める。
「……ベタベタするなよ」
「だって、高田さんからの連絡待ってる桐生君見てたら、妬けちゃうんだもん」
「何に対してだよ」
「女心わかってないなあ桐生君って。それに、誰にでも優しいんだから」
加佐見は、頬を膨らませながら少し顔を赤くする。
「優しくないからあんなこと平気で言えるんだろ。結局のところ、安藤潰しのために高田さんも利用しようとしてるだけだよ俺は」
「ふーん。ま、そういうことにしておきますか」
「ひっかかる言い方だな」
「別にー。ねえ、それより今日の晩御飯何がいい? 夜遅くなるからさっぱりしたものにしよっか」
「……任せるよ」
そんな会話をしながら駅に到着して。
二人で、隣町まで移動する。
昨日は少し長く感じた電車も、一度行ってしまえば案外短く感じるもので。
あっという間に到着して、そのまま店へと向かう。
「いらっしゃ……おお、桐生君と加佐見さん」
「おはようございます島田さん。今日からよろしくお願いします」
店内は、昨日までとは見違えて綺麗になっていた。
もう、片付けるところなんてないじゃないかと思うほどに整頓され、掃除も隅々まで行き届いている。
「わあ、綺麗。島田さん、私たちやることあります?」
「はは、実は店の掃除こそ終わったけど奥の倉庫の整頓がまだでね。二人にはそれを手伝ってもらいたい。それが終われば明日からは夜も営業しようかなって」
案内されたのは店の奥の小さな倉庫。
まだ埃っぽく、段ボールや酒瓶の入ったケースがバラバラに積まれていて、少し時間がかかりそうなのが一目みてわかるほど。
「随分と汚いですね」
「まあ、ここ数ヶ月は僕もやる気を失っててろくに片付けしてなかったから。表に軽トラ回してくるから、いらないものは容赦なく捨ててくれ」
そう言って、島田は車を取りに行くため店を出る。
そして加佐見と二人で早速片付けを開始する。
「……なんか古いものが多いな」
「あ、見て見て。これってポケベルじゃない? こんなの使ってたんだあ」
「ゴミだな。ほんと、ここにあるもの全部捨てても……ん?」
ゴソゴソと、段ボールの中身を確認していると一枚の写真が出てきた。
写真立てに入ったそれには、二人の若い男が写っている。
「親父……」
「へえ、桐生君のお父さんの若い頃? こっちの人でしょ、桐生君に似てるし」
「ああ、そうだけど。でも、隣の人は誰だろ」
肩を組んで二人とも笑顔で写っているその写真を見るからに、仲が良かったのだろうということくらいはわかるけど。
会ったことはない人物のはずだけど。
どこかで見たことがあるような気がするのは、幼い自分に面識があったからだろうか。
「ま、親父も知り合いは多かっただろうし」
「二人とも嬉しそう。ね、この写真もらって帰らない?」
「別にいらないだろ」
「えーいいじゃんか。桐生君のお父さんの写真とか、家にはなかったし」
「……まあ、好きにしろよ」
以前なら、少なからず父に対する憎しみのような気持ちもあった。
自分を助けるためとはいえ、結果として息子を苦しめるような方法をとった父に対して、腹立たしく思うのは当然の話で。
ただ、そうじゃなかったと知った今、父を憎む理由はどこにもなく。
写真を邪険に扱う気分にはなれず、そっとそれを脇に置いて片付けを再開する。
「……まあ、しかしほとんどいらないものばっかだ。全部外に出すか」
「でも、なんか歴史を感じるよね。この中に桐生君のお父さんが使ってたものとかもたくさんあるんだなって思うと」
「感慨深くなんかならないよ。俺はいつまでも過去を振り返るようなことはしない」
「……そだね。前に進まないとだもんね」
少し加佐見の寂しそうな表情に桐生はほんの一瞬動きを止める。
まだ、彼女も父親との別れを過去として消化できていないのだろうかとか。
そんなことを考えてしまう自分に、らしくないと言い聞かせてから荷物を外に。
店の前には軽トラックが一台止まっていて、島田がちょうど車から降りてきた。
「おお、ありがとう二人とも。なんか使えるものとかあったかい?」
「いえ、とくには。これ、全部捨てるんで」
「はは、そうしてくれてよかった。僕は思い切りが悪いから断捨離できなくてね」
「だと思います。昔父に世話になったからとはいえ、その息子にまで良きに計らうなんてお人好しですから」
「はは、きつい言葉だ。でも、そういうところもお父さんそっくりだよ。血は争えないね」
「……これで全部です。全部、捨てちゃってください」
段ボールを数箱軽トラックの荷台に積むと、島田はそれを近くのごみ回収所までもっていく。
その間、暇になった桐生達は埃っぽい倉庫を手分けして掃除する。
そして島田が戻ってくると、二人の為に炭酸飲料を買ってきてくれていた。
「これ飲んで、一息ついたら今日はもういいよ。明日からは学校終わり次第でいいから、よろしくね」
「はい、こちらこそ。でも、俺たち素人だから教えてもらうばっかになりそうですが」
「はは、大丈夫だよ。一応マニュアルは渡しておくから目を通しておいて。二人ならすぐ覚えられると思うよ」
「頑張ります」
「ああ、それとこれ。二人に定期券を買っておいたよ。交通費もバカにならないだろ? これは僕からのサービスだ。休日なんかは二人で買い物にでも出かける時に使ってくれてもいいし」
「そんな、さすがに悪いですよ。まだ何もしてないのに」
「いいんだよ。子供は大人に甘えるもんさ。二人が将来立派になったら、その時にでも返してくれたらそれでいい。今は頼れるところにしっかり甘える。それも君たちがとるべき行動だよ」
そう言って、島田は無理やり定期券を桐生達の前に置いてから「帰りに駅前のクレープでも買っていけばいいよ。あそこ、有名だから」と言って、奥に引っ込んでいく。
そして二人は、大事そうにその定期券を手に取ってから、店の奥に向いて頭をさげて、外に出る。
もう秋も中頃、寒くなってくる季節だというのに今日はやけに蒸し暑い。
「さて、帰るか」
「うん、だけどせっかくだから駅前のクレープ買っていこ?」
「……無駄遣いしてるお金はないぞ」
「あはは、その分しっかり働くから。ね、いいでしょ?」
「好きにしろよ。俺はいいから」
駅前まで歩いていると、暑さで少し汗が滲む。
早く帰りたいと桐生は駅の方を見るが、その脇にある露店のクレープ屋に、少しだけ行列ができているのを見かけてしまう。
「……並んで来いよ、待ってるから」
「もう、ほんと桐生君ってそういうとこあるよね。買わなくていいから一緒に並ぶの」
「なんでだよ」
「一緒に待ってる時間が楽しいんでしょ。ほら、行くよ」
「あ、ちょっと」
自然と手を握られて加佐見に引っ張られた時、桐生は不思議と嫌な気がしなかった。
少し冷たい自分の手を覆ってくれる加佐見の少し暖かい手。
いつもならすぐに振り払ってしまいそうなものだが、桐生は少しの間だけ、その手を握ったまま。
やがて、加佐見の方から「手、つないじゃったね」と言われてようやく。
慌ててその手を離してから、目を逸らした。
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