第22話 ここが居場所でもいいんだと

「おい高田、この前の返事どうなったんだよ」


 皆に聞こえるようなボリュームで、安藤は少し鼻にかかった耳障りの悪い声を一人の女子に向ける。


「えと……安藤君、そのことなんだけど、私、やっぱり」

「断るのか? いいけど、お前の父ちゃんうちの下請けやってたよなあ。あーあ、聞き分けの悪い娘のせいで失業者になるとはな。親不孝な娘だぜ」

「そ、それは……ええと、もう一日だけ、考えさせて、ください」

「明日までだからな。ま、答えは決まってると思うけど、ちゃーんと親と相談しろよ」


 ゲラゲラと笑いながら、安藤は得意げに教室を出て行く。


 そして青ざめた顔でその場に固まる女子の胸元には、高田と書かれた名札が見えた。


 それを見て、まず動いたのは加佐見だった。


「あの、大丈夫?」

「あ……加佐見さん、だよね?」

「そうそう。あなたが高田さん? 安藤君と何かあったの?」


 心配そうに加佐見が聞くと、高田は周囲の目を気にするそぶりを見せてから、「な、なんでもないから」と言って、席に戻っていった。


 その様子を見て、桐生はなるほどと一人勝手に小さくうなずいた。


 まさに高田の態度こそ、妃が言っていた被害者の泣き寝入りする姿だ。

 安藤と何かトラブルがあっても、周りは安藤の味方ばかり。

 自分の味方に付く人間がいないどころか、むしろ批判の的にされかねない。

 だから黙す。

 ただひたすら、耐えて忍んでなかったことにする。


 そんなことを弱者が繰り返していれば、安藤がつけあがるはずだと。

 結局、誰かが勇気を出して声を上げなければこの状況は悪化する一方だと。

 ただ、なんでそんなことを自分がやる羽目になったんだろうかと、改めてこれまでの自らの行動を振り返って桐生は少しため息をつきながら。

 やがて席に戻ってきた加佐見を見て、言う。


「放課後は書道部室だな」

「え、桐生君部活する気になったの?」

「バカか。みろよ、高田の席の横に書道セットがあるだろ。一年生は書道の授業はない。あれを持ってるのは書道部くらいだ」

「あ、ほんとだ。なるほどなあ、そうやって相手を観察して、丸裸にしていくんだあ。やらしー」

「いちいち意味のわからんからかい方をするな。そんなことより放課後までにも考えることはたくさんある」

「ふふっ、了解」


 そのあと、授業中も桐生はじっと高田の動向を見つめた。

 肩まで伸びたサラサラの髪の毛、色白でいかにも文科系といった様子の、トラブルなんかとは無縁そうな優等生タイプ。

 そんな彼女のどこに、安藤に絡まれる要素があるのか。

 それとも安藤が手当たり次第人に迷惑をかけているだけで、彼女も運悪くその順番が回ってきただけなのか。


 様々、考えを巡らせながら時間は過ぎていく。


 昼休みになった。



「あの、桐生君ちょっといいかな?」


 昼休みに桐生の元へやってきたのは生徒会書記の神原。

 安藤が教室から出て行ったのを見計らって、慎重に近づいてきた。


「ああ、なんだ?」

「ちょっと、生徒会室に来てくれる? あ、加佐見さんも一緒に」

「……わかった。加佐見さん、行こう」

「うん」


 呼ばれて、生徒会室へ移動する。


 そして部屋に入ると、生徒会長の妃、そして副会長の牧が弁当を食べていた。


「おお、桐生君わざわざ済まない。首尾よくことは運んでいるか?」

「まあ、ぼちぼちですよ。あと、昼まだなんでここでいただきますね」

「ああ、好きに使ってくれたまえ。彼女の愛妻弁当か?」

「彼女でも愛妻でもありません」

「はは、相変わらずだな。で、高田とやらと話は?」

「偶然、ちょっとだけ加佐見さんが。まあ、これからですよ」

「そうか。まあ、急いては事を仕損じるというからな」

「それを聞きたかっただけですか?」

「何、今日は一緒に昼食をとりたくてな。君は表向きは生徒会ではないが、もうその一員のようなものだ。ここも、必要があれば勝手に使ってくれて構わない」

「親睦を深めるってやつ、ですか。別に気を遣わなくてもやることはやりますよ」

「そう固くなるな。こうして知り合った縁を大切にしたい。最も、君が私を恨んでいなければの話だがな」


 妃は、いつもの調子で笑いながらも少し憂鬱そうな目をしていた。

 桐生はそんな彼女を見て、思う。


 妃もまた、親の呪縛から逃れられていないのだと。

 世間の人間は知らなくとも、自分は知っている。

 裏切り者の娘であることを。

 そして、そのことに彼女は悩んでいるとも、わかる。


「……会長を恨むのは筋違いですから。悪いのはいつも大人です」

「嬉しいことを言ってくれる。私も、君に救ってもらったな」

「大袈裟ですよ。それより、ここ失礼します」


 空いている椅子に座ると、当然のように加佐見が隣に座る。

 そして、なぜかいつもより少し近くに寄ってきて、桐生と妃を交互に見て眉間にしわを寄せていた。


「な、なんだよ」

「桐生君、会長と話してる時、なんか顔が優しいもん」

「別にそうでもないだろ」

「やだ。今日は桐生君の好きなおかず作ってきてあげたのになあ」


 弁当箱を開けると、白米と、横には大きなハンバーグが。


「……俺はハンバーグが好きなんて言ったか?」

「えへへ、実は桐生君の家の冷蔵庫に貼りっぱなしだった小学校の頃の献立表、見ちゃった。ハンバーグの日だけ、赤丸してるなんて可愛い頃もあったんだ」

「……勝手に見るなよ」


 うっかりしてたと、桐生は己の怠惰さを嘆く。

 そんな様子を見ていた妃は、「随分と仲がいいんだな」と言って、煙たそうにする桐生に、笑いながら言う。


「しかし、支えあう関係というのはいいぞ。私の両親は昔から不仲で早くに父が出て行ったから、君達みたいな関係がうらやましい」

「会長の家もですか? なんか、身寄りのない人が多いメンバーですねここは」

「はは、皆寂しいのかもな。でも、仲間は多いほうが嬉しい。さっ、早く食べ終えたら少し雑談でもしよう」


 少し和気あいあいとする生徒会室の雰囲気と、いつになく柔らかい表情をする妃に桐生も、少しだけ顔が緩む。


 そして、そんな様子を隣で見ていた加佐見は、「また桐生君が会長見てデレデレしてる」と。

 拗ねた様子でそういってから、ハンバーグを無理やり桐生の口に放り込もうと躍起になって。


 そんな様子に皆の笑い声が、部屋中に響いた。


 

 

 

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