第21話 そこに書かれていたもの

「……今、なんて言いました?」

「二度も言いたくはないものだがな。君の父、桐生鹿黒を詐欺師に祀り上げたのは私の母だと、そう言ったのだ」

「……それって、父を裏切ったのが会長の母親、ということですか?」

「ふむ、そのあたりの事情は知っているようだな。なら話は早い。その通り、君の父親を裏切ったのは私の実の母だ」


 妃は、そう言ってからもう一度頭を下げる。


「すまない、君が入学してからずっと、私は君に声をかけたかった。ただ、できなかった。こんなきっかけでもなければ話もろくにできない卑怯者だと、罵ってくれてかまわない」

「……その話が事実だとして、会長は何も悪くないでしょ。それに、だとすれば会長の方が俺なんかよりずっと不幸だ」


 不幸自慢をしたいわけじゃないが。

 桐生はこれまで散々な目に遭わされ続けてきた自覚はある。


 それでも、救われることもあった。

 父が本当は詐欺師ではなくて、誰かの為に闘った善良な市民だったという真実。

 その真実が桐生の心を救った。

 ただ、妃の場合は真実こそが彼女を苦しめている。


「ふっ、さっきの講釈は、君にそう言ってほしくて言ったものなのかもしれんな。つくづく卑怯者だよ」

「頭を上げてください。で、会長の母親はご健在なんですか?」

「いや、数年前に蒸発したよ。私は今、父方の祖父母と暮らしている」

「その話は、直接本人から聞かされたのですか?」

「手記を見つけた。そしてそこには当時の事件のことが克明に書かれていた」

「……その手記を、俺に見せてもらうことはできますか?」 

「無論だ。ただ、家にあるからまた明日持ってくるとする」

「わかりました。あと、父と会長の母はどういった関係だったのですか?」

「同級生だと、確かそう書いてあった。ただ、それ以上のことはわからない」

「そう、ですか。しつこく質問してすみませんでした」

「なに、こんな事実を持ちながら、君に偉そうなことを言って試すような真似をしたこと、改めてすまなかった。君には自信を持ってほしいが故の叱咤激励だと、思ってくれたら嬉しいが」

「……会長の言ったことは事実ですから。俺より辛い今を生きている人はたくさんいると、そう思うきっかけになっただけ、こちらが礼を言わなければならないくらいです」


 そんなかしこまった話をしていると、ガラガラと部屋の扉が開く。


「会長おはようございます……って、桐生君と、ええと確か、加佐見さん?」


 牧副会長、そしてその後ろに神原の姿があった。


「ああ、おはよう牧。今ちょうど、桐生君が依頼を受けてくれたところだ」

「ほんとですか? そりゃよかった、これで一歩前進ですね」

「そうだな。桐生君、さっきの話はまた後で」


 妃は、桐生に耳打ちするようにこそっとそう言ってから。

 いつもの席にもどって机の上に置いてあったファイルを開く。


「さて、まずは安藤の近々の被害者に接触してもらおう。確か一年四組の……高田という女子だ」 

「四組……」

「桐生君、四組だったら私たち一緒のクラスじゃん。早速教室に行ってみよ?」


 少し浮き足立つ加佐見を、桐生は手で制する。


「待て、どうせやるなら失敗したくない。加佐見さん、高田という女子と面識は?」

「うーん、ないかな。それこそ桐生君は?」

「俺が誰かと知り合いなわけないだろ。それじゃまず、高田という女子と話せるようになってくれ」

「私が?」

「別に協力したくないなら構わないが」

「そんなわけないでしょ。でも、話せるようにっていうのは?」

「仲良くなる必要まではないって意味だ。きっかけとして、まず加佐見さんがその子と面識を持つことが大事なんだよ」

「ふーん、よくわからないけど、桐生君がそう言うと、なんかうまくいきそうな気がする」

「それは気のせいだ」


 二人がそんな話をしていると、横で見ていた妃がクスクスと笑う。


「なんですか、人を見て笑うなんて」

「いや、すまない。しかし、君は多分父親に似たのだろうなと」

「会長は、俺の父をご存知で?」

「いや。ただ、母の手記に書かれていた人物像そのままだ。頭が切れて物おじしない態度で、無愛想なのにどこか人を惹きつける人。それが母から見た君の父親の印象だそうだ」

「……無愛想は余計ですよ」


 と、無愛想にそう言って桐生は生徒会室を出る。

 そして加佐見と二人で教室へ。


 今日も安藤が中心になってバカな連中がばか騒ぎをしていた。

 しかし、桐生たちが教室に来たのが見えると、急に静かになる。


「……桐生」


 安藤が悔しそうに桐生の名を呼びながらにらむ。

 ただ、桐生は素知らぬ顔で席に着く。


 そして、何もなかったかのように荷物を置いて教科書を広げると、加佐見はそんな桐生を見て、笑う。


「ふふっ、桐生君ったらやる気だね」

「なにがだよ。別に、今はことを荒げたくないだけだ」

「でも、それだけ会長の依頼に真剣ってことなんでしょ。昨日までなら絶対安藤君に突っかかってた」

「……そんなに喧嘩っ早くないって」

「あはは、そうだね。そういえば高田さんって、どの子だろ?」


 加佐見はきょろきょろと、辺りを見渡して女子のグループ数組を見るが見当がつかない様子。

 桐生も、同じく誰が誰だかといった様子で困る。


「あとで先生に出席簿でも見せてもらえ。みんな同じ顔に見える」

「みんな可愛いもんね、うちのクラスって」

「そういう話じゃない。なんかこう、化粧濃いし、服装はだらしないし。風紀の乱れた連中ばっかだ」

「でも、ああいうのが男子って好きなんでしょ?」

「男子でひとくくりにするな。嫌いなやつもいるさ」

「へー、桐生君にも女性の好みとかあったんだ。ね、どういう人がタイプなの?」

「……ねえよ」


 すぐに話が逸れる加佐見に対して、そっけない態度をとって誤魔化していたが、女性のタイプというものを果たして意識したことがあったかどうか、桐生は一人で頭の中に浮かぶ理想像を探った。


 派手でなく、相手を思いやるような理解のある女性。


 朧げにイメージが浮かんだあと、気付かれないようにこっそりと加佐見を見て。

 また、わからないように目を伏せた。


「桐生君って、結構無口そうに見えて喋るの好きだもんね」

「加佐見さんが一方的に話しかけてくるから答えてるだけだよ」

「そういう女子は嫌い?」

「……さあな」


 案外、こうやってリードしてくれる人が自分の性にはあってるのかもしれないとか。


 そんなことを考えてしまった自分が嫌になりながら、桐生は机に肘をつく。


 そして、話を本題に戻そうとしたその時。


 桐生たちの前で、安藤がひとりの女子生徒に声をかけた。

 

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