第20話 そこに絡むもの
「おやすみ桐生君、明日は少し早く出るの忘れないでね」
「ああ、わかってる。生徒会に行くんだろ」
「そうそう。それじゃ勉強はほどほどにねー」
ピザを食べ終えて片付けた後、桐生は部屋に、加佐見は風呂へ向かう。
そして桐生は部屋に戻るとすぐに日課の勉強を始めようと教科書を開く。
しかし、なぜか気が乗らない。
「……ほんと、何のために勉強してきたんだっけな」
自分をバカにする周囲を見返すため。
父と同じような人間にならないため。
金持ちになっていい生活を送るため。
様々、動機はあったがどれもこれもあいまいで、自分がどうしたいというものでもなかったことに気づく。
本当はどんなことがやりたくて、どんな仕事に就きたくて、どんな青春を送りたかったか。
それを考える資格すら自分にはないからと、一心不乱に机に向かってきた気持ちが氷解し、桐生は走らなくなった筆をおく。
「……今日は寝るか」
そのままベッドに寝転んで目を閉じた。
桐生は、これまでのプレッシャーから解放されたような、そんな気分に酔いながら微睡に落ちていく。
◇
「おはよう」
朝、爽やかな声で桐生はそっと目をあける。
「……おはよう。ていうか勝手に部屋に入るなよ」
「だって全然起きてこないんだもん。ほら、起きないと間に合わないよ」
「もうこんな時間か……すまん、すぐ降りる」
今まで、どんなに夜更かしをしても寝過ごすなんてことはなかった桐生は、どうしてこんなにもぐっすりと眠ってしまったのだろうと頭をかきながら制服に着替える。
父の真実を知って少し気が緩んだのか。
それとも、心のどこかで加佐見が起こしてくれると思っていたからなのか。
「……なんにしても、気を引き締め直さないと、だな」
そのままキッチンで朝食を食べ終えてから、今日は少しはやくに家を出る。
目的は生徒会の面々に会いに行くため。
昨日依頼された安藤の被害者を救済する話。
それを具体的に聞かせてもらう。
「桐生君、なんか昨日までと雰囲気変わったね」
「ちゃんと寝たから目のクマがとれたせいじゃないか?」
「それもあるけどさ。なんか、すごくメラメラしてる」
「なんだそれ。別に復讐の鬼になんかならねえよ。そんなことをしてもなんにもならないってことくらい、わかってる」
「なら安心だね。ふふっ、なんか楽しみだなあ。生徒会の人たち、個性強そうだもんね」
「あの人たちも加佐見さんにだけは言われたくないだろうな」
「あーそれどういう意味かなー?」
「さあな」
閑散とする早朝の学校に到着すると、静かな校舎をあがり生徒会室へ。
そして扉をノックすると、部屋の中から「入りたまえ」と声がした。
「失礼します」
「ああ、桐生君ではないか。おはよう、今日は彼女のことを自慢しにきたのか」
昨日と同じく奥の椅子で足を組んで佇む妃生徒会長。
ただ、冗談を話にここにきたわけではないと桐生は顔をしかめる。
「帰っていいですかね」
「はは、そう怒るな。短気は損気というだろう。あと、ノックは三回にしたまえ。ビジネスマナーの基本だ」
「覚えておきます。で、昨日の話を詳しく聞かせてほしいのですが、お時間よろしいですか?」
「ふむ、案外礼儀正しいのだな君は。もちろん、こちらとしても大歓迎だ。もうすぐ副会長と神原が来るから、それまでに概要を説明させてもらおう」
そばに置いてある長机を中央へ移動させ、妃は二人の椅子を用意してから「座りたまえ」と。
そしてそれぞれ着席すると、肘を机に置いて深刻な顔つきで妃は二人に告げる。
「安藤はこの半年だけでも犯罪を何件も繰り返している。最も内容は万引きや業務妨害、刃物所持などで、どれも大事には至っていないという感じだが」
「警察は一体何をしているんですかと、まずこの町の治安維持に対する行政の取り組みに不安を覚えますがね」
「そうだな、しかし殺人や放火なら見逃せないだろうが、どれもこれも被害者が我慢すれば闇に葬られるようなものばかりだ。それが安藤の姑息さともいえよう」
「でも、被害者が全員安藤に怯えているんじゃ話になりませんよ。直接被害者から助けてくれと言われない限りこっちからは」
「そこだよ、桐生君」
少し前のめりになりながら妃は鋭い目つきで桐生達を見る。
「まず、被害者たちの本音を引き出してほしい。本心では困っていても言い出せずに我慢して泣き寝入り、という人が多いのだ」
「でも、本人たちが我慢できているならそれでいいんじゃないですか」
「その結果、自殺したものがいたとしても君は同じことが言えるか?」
「……わかりましたよ、でも、どうやって?」
「ふむ、それなのだがな。我々も自分なりにあれこれ考えてやってみたもののうまくいかないのだ。どちらかといえば桐生君のアイデアをそのまま採用したい」
「俺のアイデア、ねえ……」
桐生が少し考えこむようにうつむいたところで、今度は加佐見の方から妃に質問を飛ばす。
「すみません会長、実際に被害にあったっていう人はどれくらいいるんですか?」
「この町全体であれば数えきれんだろう。学校の生徒でさえ、おそらく各教室に数人ずつはいるんじゃないかな」
「そんなに……どうして安藤君はそんなに悪さをしたがるんでしょう?」
「さあ、私は安藤じゃないからな。ただ、彼も退屈なのだろう。なんでも手に入るからこそ、人並みの幸せに気づけない。そして日常にない刺激を求めてしまう。不幸な男だ」
「不幸……」
桐生は、安藤が不幸な男だという妃の言葉に反応した。
金も、名誉も、何もかも恵まれている安藤が不幸だと。
そんな意外な言葉に、少し表情を曇らせる。
「そう怖い顔をするなよ桐生君。君たちの方がずっと不幸だと、そう言いたいのはわかる。ただ、安藤からしてみれば君がうらやましいのかもな」
「……どういう意味ですか?」
「ひいき目なしに言っても君の方が男前だし、賢い。それに」
チラッと、加佐見を見る。
「可愛い彼女を連れてる時点で勝ち組じゃないか」
妃がそう言って笑うと、加佐見は人の気も知らず「会長さんったら、もー」なんて言って照れる。
もちろん、桐生は苛立ちを隠せない。
「ふざけないでください。それともなんですか、安藤は金持ちで悪者だけど実は不憫な奴だからやっぱりあいつと闘うのはやめにしようとでも言いたいんですか?」
「はは、元気がいいな。もちろん、いくら安藤が憐れでも、やっていいことと悪いことはある。だからそれを見逃すつもりはない」
「だったら、どうしてこんな話をしたんですか」
「君はおそらくいつも冷静だ。ただ、自分のこととなるとひどく悲観的で客観的に見れなくなる。それでは、安藤には勝てないし安藤の被害に遭った人たちの気持ちにも寄り添えないと言いたいのだ」
「……俺は常に冷静ですよ」
「そうでもない。君は心のどこかで、自分が一番不幸だと、そう思っているところがある。そんなことでは被害者に寄り添えない。いくら困っている人がいても、どうせ自分の方が不幸だからと、そんな一言で片づけてしまうだろう。そういう人間には、得てして心を開いてもらえないものさ」
自分が一番不幸だと思っている。
桐生は、妃にそう言われて、そんなことはないとすぐに否定ができなかった。
どこかで、自分は誰よりも不幸で、誰よりも辛い日々を送っていると、そんな気持ちでいたことを否定できない。
「……見透かしたようなこと、言うんですね」
「まあ、君よりは先輩だからな。君はある意味で不幸な人間を見下している。『そんな悩み、俺に比べたら』なんて言って、人の気持ちを知ろうとしない。それはよくない。これから君がやるべきことは、不幸な人間の救済だ。それができないというのであれば、こっちから願い下げだ。人選を誤ったと切り替えて、私はまた別の人間を探す」
「……そこまで言われて、それじゃお好きにとは言えませんよ」
「ほう。だったら自分の非を認めて前に進むか」
「……まだ、どうなるかはわかりませんけど。自分が一番不幸な人間だ、なんてエゴは捨てます」
「よく言った。では改めて、よろしく頼むよ桐生蓮君」
妃は、すっきりした顔で桐生に手を差し伸べる。
その手を、桐生は恐る恐る握る。
学生なんてちょろいやつしかいないと、そう思っていた自分の慢心を打ち砕いた妃を前に、頭が下がった。
「……よろしくお願いします。でも、生徒会長はどうしてそこまで俺に拘るんです? 別にさっき言ったように、他の人も探せば」
「ああ、それは言葉の綾だ。君のような人間はそういないと知っているし、仮にいたとしても私は、君に拘ったかもしれん」
「……というと?」
「まあ、気を悪くしないで聞いてくれ」
そっと手を引いてから、今度はまるで謝罪するように深々と頭を下げてから、再び顔を上げて妃は告げる。
「私の母は、君のお父さんを嵌めた張本人なのだ」
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