第19話 これが日常になっていく
「桐生君、すっかり遅くなっちゃったね」
地元の駅に着くころには夜の九時を過ぎていた。
「ああ、そうだな。しかしこの調子だと、バイトも楽じゃない。帰ったらいつも夜だ」
「でも、賄いとか出そうだし、食費は浮くよね」
「その前にまず、あの店を立て直さないと話にならないだろ。給料すらもらえるか怪しいぞあの店は」
「あはは、確かに。でも、そうやってわかってても桐生君があそこで働くことを決めたのはやっぱり」
「気まぐれだ。おっさんの涙なんか見たくなかっただけだよ」
改札を出て帰路につくころ、桐生は少しだけ晴れやかな気分になっていた。
父が詐欺師ではなかった。
その事実を知っただけで、いや、それが事実かどうかも定かではないが父を慕ってくれる人がいたこと自体が、桐生にとっては嬉しかったのだ。
誰からも疎まれる存在ではなく。
多くの人に頼られた人だった。
そう知ったことで、今まで抱えてきた卑屈な感情が少し和らいでいた。
と、同時に、今日の放課後に生徒会に呼ばれて聞かされた話のことを思い出す。
「生徒会長の依頼、受けてみるべきかもな」
「え、やる気になったの?」
「まだ、半信半疑だけど。でも、安藤たちのやってることは親も子も揃ってクソだ」
「復讐したいの?」
「いや、まだそこまでは。でも、金持ちだから何をしてもいいっていうのは気に入らない。それにあいつらはいつも姑息だ。人の影に隠れてこそこそと。それが気に入らないだけだ」
そう話すと、加佐見は少し心配そうな顔をして、桐生を見た後にいう。
「よし、それじゃ明日生徒会に行こう。で、安藤君をぶっ潰すぞーって」
「そんな物騒なことはしないって。でも、あいつが働いた悪事に対してはきちんと報いを受けさせたい。それくらいしか、俺にはできないけど」
家に戻ると、すぐに加佐見が料理の支度を始めだした。
その間に桐生は風呂を沸かす。
こういう共同作業も、どこか板についてきたなと。
自らに呆れながら風呂の湯が溜まるのを待っているところでキッチンから声がする。
「桐生君、今日そういえば買い物する時間なくってさ。今日だけ、出前でも取らない?」
「ああ、そういえば。もうスーパーは閉まってるしコンビニは……つぶれたんだもんな。食べるものがないならいいんじゃないか」
「ふふっ、よかった。でね、何食べたいかこっちに来て一緒に選ぼうよ。広告、いっぱいあるから」
「いいよ別に。加佐見さんの好きなものにしてくれて」
「ダメだよ、こういうのはちゃんと話し合わないと。一応、共同生活なんだから」
「……すぐ行く」
手を拭いて、キッチンへ向かう。
するとテーブルいっぱいに広げた広告を見ながら目を爛々とさせる加佐見の姿があった。
「……随分楽しそうだな」
「あ、桐生君。だって、なんか出前とるのワクワクしない?」
「加佐見さんって一応いいとこのお嬢さんだったんだよな」
「んー、まあお父さんは起業した会社が成功してから景気よくやってたけど。女好きで家庭なんて見向きもしない人だったから、お母さんも逃げちゃうし私もこれっていうほど何かしてもらったことはなかったかな」
「そんな父親の看病のためにわざわざこんな田舎に来たっていうのか? ほっとけばよかったのに」
「あはは、そうだよね。私だって、お父さんが亡くなった時そんなこと思っちゃったけど……親子だもん、縁は残るものよ」
たとえ酷い親だったとしても。
でも、親は親、子は子だと。
割り切った様子で当たり前のように話す加佐見のように自分はまだなれないなと、頭をかく。
「……すごいな、加佐見さんは」
「え、今ほめてくれた?」
「い、いや別に……それより、早くしないと出前も時間終わるぞ」
「あ、そうだった。ええと、それじゃ二人で一緒に食べれるピザとかどうかな」
「いいんじゃないか。明日から働くんだし、今日くらい贅沢してもばちは当たらないだろ」
「やったー。じゃあ早速電話するね。桐生君は先にお風呂入ってきていいよ」
「ああ、そうする」
出前の件は任せて、桐生は風呂に入る。
そしてちょうど風呂からあがって体を拭いているところで出前が到着したようで。
キッチンに戻ると、早く食べたそうにお預けを食らう加佐見がいた。
「先、食べててよかったのに」
「えー、こういうのは一緒に食べるからいいんじゃん」
「そ。なら、いただきます」
「うん、いただきます。ごめんなさい、実は食材ないっていうの、嘘なの」
「嘘? 別に作るのが面倒ならそういえばよかったのに」
「あはは、それもあるけど。今日はね、ほんとはこうして桐生君と美味しいもの食べたかったんだ」
「なんで?」
「だって、桐生君のお父さんが悪い人じゃなかったって、わかった日だから。なんかこう、お祝いしたいなって」
「島田さんがほんとのことを言ってる確証はない。それに、いいことをしたからと言って悪いことをしていないという説明にもならないだろ」
「でも、ああやって嬉しそうに桐生君を迎えてくれる人がいるのを間近で見て、私も泣きそうになっちゃった」
「……そりゃどうも。あ、このベーコン乗ってるところもらうぞ」
「あ、そこ私が狙ってたのにー」
「変な話してるからだよ。さっさと食わないと、なくなるぞ」
「もー、わかったわよー」
桐生は、ピザを頬張りながら少しだけ笑っていた。
もちろん加佐見も、応えるように笑って、この何気ないひと時を楽しんだ。
そして、夜も更けていく。
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