第17話 事実と真実は違うもの
「……なんなんだよあの人は」
駅に向かう途中。
ふつふつとこみ上げてきた怒りに似た感情がこぼれるように、桐生はつぶやく。
「でも、安藤君ってやっぱり悪い人なんだね。生徒会の人たちがあんなに手を焼いてるなんて」
「質が悪いのは安藤自身よりもその立場だろ。大企業の息子、しかもこの町の税金の半分くらいを納めてるような会社の息子とあれば当然それだけの忖度も働く。逆らえばどうなるか言うまでもないし、逆に言えばあいつと仲良くしてたら将来安泰、そりゃどっちをとるんだって話だ」
「でも、生徒会長さんたちは安藤君と戦おうとしてたよ。私は立派だと思うけどなあ」
「志だけじゃ飯は食えない。案外、加佐見さんとは気が合うかもだけどな」
桐生がそう話すと加佐見は「それじゃ一緒に生徒会入ろっかなあ」と言い出して、桐生はまた呆れる。
「俺は生徒会になんか入らないぞ。加佐見さんは好きにすればいいけど」
「でも、生徒会長さんも言ってたじゃん。桐生君が必要だって」
「買いかぶりすぎにもほどがある。たまたま助けた相手が生徒会の人間だったってだけの話で、どうしてこうも話が飛躍するのか俺にはさっぱり理解できないね」
「うーん、それも確かにそうだね。ま、それでも私は嬉しかったけど」
「嬉しい?」
「うん、だって桐生君のこと、ちゃんとわかってくれる人もいたんだなって。私、なんか嬉しかったよ」
「……理解できないな、ほんと」
桐生はまた首を振りながら呆れる。
そして気が付けば駅が見えてきた。
今日は隣町に行ってコンビニの店長が紹介してくれた店に行くことになっている。
「さて、さっさと電車に乗るぞ」
「隣町、初めていくんだけど結構都会?」
「まあ、こっちよりはな」
「じゃあ帰りに買い物でもして帰らない?」
「遊びにいくわけじゃないぞ。あと、そんな金はない」
「もー、せっかくの放課後デートなのにー」
「デートじゃねえよ、バカ」
加佐見の奔放さに終始呆れた様子で桐生は切符を二枚買う。
そして一枚を加佐見に渡すと、「あ、お金渡さなきゃ」と。
「いい、そんなことより次の電車がくるからさっさとしろ」
「え、でも悪いよさすがに」
「今日の弁当代だ。ほら、行かないならおいていくぞ」
「……うん。それじゃ、桐生君に奢ってもらっちゃお」
たった数百円の、隣町までも切符。
それを改札機に入れた後、「出る時は駅員さんに切符切ってもらおっと」なんていって大事そうに持っていた。
そんな姿を見て桐生は誰にも聞こえないように「やっぱり理解できない」とつぶやいて。
二人で電車に乗る。
電車の中は人であふれるほどではないが席は埋まっていて。
二人でつり革をもって立つ。
「わー、電車って久しぶりだなあ」
「はしゃぐなよ恥ずかしいから。加佐見さんって地元は田舎の人?」
「うん、地元も結構田舎だったんだ。だから今の街も嫌いじゃないよ」
「なんもないうえに村八分みたいなことを平気でする場所だけどな」
「でも、八分ってことは二分は味方がいるんだよね。ほら、私とか生徒会の人とか」
「その言葉をそんなポジティブに解釈する人は多分加佐見さんだけだよ。さっ、もう着くから」
桐生は電車が止まる揺れに備えるようにつり革をぐっと握る。
すると電車ががたんと揺れて、加佐見はバランスを崩してしまう。
「あっ」
「危ない! ……大丈夫か?」
「う、うん。ごめん、桐生君が支えてくれなかったら転んじゃってた」
「ったく。こんなところで怪我されたら迷惑だ。足元、ちゃんと見ててくれよ」
「うん。やっぱり桐生君っていい人だね」
「誰だって隣の人が転びかけたら手を出すだろ」
「ううん、そんなことないよ。みんな、誰かが転んでても知らんふりだもん。桐生君はそんな人たちと違うって、私は知ってるよ」
「……だから買いかぶりすぎだ、どいつもこいつも」
電車が止まる。
隣町の駅では多くの乗客がぞろぞろと降りていく。
その流れに沿って、桐生と加佐見は改札口へ向かう。
「へえ、結構人多いんだ。なんか駅も大きいし楽しみだね」
「店の場所は確か駅のすぐそばだ。さっさと行って帰ろう。暗くなる」
「はいはい、ムードがないよねえ桐生君って」
「いやなら先に帰れよ」
「はいはい、おとなしくついていきますよーだ」
二人で向かった先は駅の裏にある商店街の中にあるカフェ。
看板には『しまだ』と大きく書かれているが、それも随分古びていて、窓から店内を見る感じ誰もいない。
「やってるのかこの店?」
「ほんと、とてもじゃないけどバイトがいるような店には見えないけど」
「ま、ここまで来たんだ。入ってみよう」
恐る恐る店内へ。
重い木の扉を開くと、薄暗い店内に扉についた鈴の音だけが響く。
そして、
「ああ、今日はもう閉店なんだけど」
奥から痩せた中年の男性が現れた。
「あの、俺は客じゃなくて面接に来ました」
「面接? おかしいなあ、バイト求人なんて出してたっけ」
「え、……あの、隣町のユーアイマートの店長から何か聞いてませんか?」
「ユーアイ……ああ、内藤君か。いやあ、何も。彼は元気にしているかい?」
頬はこけて、髪もぼさぼさ。
店内は埃っぽくてとてもじゃないが商売になるような状況には見えない。
何かの間違いだったのかと、首をかしげる桐生はあきらめて店を出ようとしたが、加佐見はその場で自己紹介を始める。
「あの、彼は桐生君と言いまして、私は加佐見と言います。ええと、バイトを雇っていないというのは本当ですか?」
「……桐生? いや、まさか。君、桐生鹿黒さんの息子か?」
死んだような目をしていた中年男性の目が大きく見開かれる。
そしてふらふらとした足取りで桐生に近づくと、じろじろと顔を見てから納得したようにうなずく。
「なんですか人の顔をそんなふうに見て」
「い、いやすまない。でも、どことなくお父さんの面影があるね」
「父のことを知ってるんですか?」
「ああ、君のお父さんには以前、随分と世話になった。おっと、立ち話もなんだから座りたまえ。コーヒーでも出そう」
そばのカウンターに案内され、加佐見と並んで座るとカウンターの中で張り切るように男性はお湯を沸かし始める。
「いやあ、しかしまさか鹿黒さんの息子さんにこうしてまた会えるとは。蓮君、だったよね確か」
「そう、ですけど。会ったこと、ありました?」
「いやいや、君が随分幼いころのことだから覚えてなくて当然だよ。なるほど、そういうことなら納得だ。僕もユーアイマートの彼もね、鹿黒さんにお世話になった人の一人なんだよ」
「店長が?」
「もう随分昔のことだけどね。鹿黒さんは本当に賢い人で、当時若かった僕たちに色々とアドバイスをくれたりしてね。はい、コーヒー。お嬢さんはミックスジュースでも作ろうか?」
「え、いいんですか? お願いします」
「ああ、待ってなさい。とっておきのを作るよ。今日はとても気分がいい」
さっきまでとは打って変わって精気を取り戻したように男性はせっせと働きだして、ミキサーで大きな音を立てながらフルーツを砕いている。
そして、出来上がったジュースを加佐見の前に置くと、胸ポケットから取り出した煙草に火をつけて、煙を向こう側に吐きながら桐生をまたみる。
「桐生君、君はお父さんのことは覚えているかい?」
「ええ、まあ。うっすらとですが」
「彼は昔、みんなのために戦ってくれたいわば英雄だ。弱気を助け、悪を挫く。まさに僕たちの憧れだったよ」
「……誰かと勘違いしてませんか?」
桐生は話を聞くほどにそれが自分の父親だとは信じれなくなる。
稀代の悪党、天才詐欺師、泣く子も黙る大泥棒。
そんなフレーズで揶揄される父親像とはかけ離れたものが、そこにはあった。
「いや、人違いなものか。いやはや、どこかで元気にやってくれていればいいのだがね」
「……父が詐欺師だということを、あなたは知ってるのですか?」
「ん? ああ、その話か。あんなものはデマだ」
「デマ、だと?」
「ああ、そうだ。かつてあの町で何があったか、もう知ってるものも少なくなっただろうがね。それに禁句と言われて内情を知る者は皆冷遇されて町から追い出されたが、こうして巡り合ったのも何かの縁だ。君にはちゃんと、話しておこう」
煙草を灰皿に押し当てて火を消してから。
最後に吸い込んだ煙を大きく吐いて、男性はカウンターの中に置いてある木の椅子に腰かける。
そして、言う。
「彼はね、あの安藤財閥と闘って、そして敗れたんだ」
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