第16話 誰かに必要とされるのは

「桐生蓮はいるか」


 放課後。

 見たことのない男子生徒が教室にやってきて桐生を呼ぶ。


 見た感じ、上級生だ。

 しかし学年の違う人間がこうして桐生のところにくるのは初めてのことで、桐生は当然目を丸くする。


「……誰だ?」

「誰だろ? でも、悪い人じゃなさそうだよ」


 と、隣で加佐見が言う。

 そして恐る恐る入口に向かうと、向こうから自己紹介される。


「急にすまんな。俺は生徒会副会長の牧だ。ちょっとだけ時間あるか?」

「生徒会……何の用ですか?」

「そう警戒するな。聞きたいことがあるから、生徒会室まで来てはくれないか?」

「……この後予定があるのでちょっとだけなら」

「ああ、すまない。で、そちらの子は?」


 なぜか当たり前のように隣に控える加佐見を見て、牧は不思議そうな顔をする。

 

「ああ、こいつはただの」

「加佐見千雪です。あの、私も一緒についていっていいですか?」

「お、おい」

「いいじゃんか別に。それに桐生君待つのも退屈だし」

「……好きにしろ」


 桐生が呆れたように言うと、察したように牧は「かまわないぞ」と。


 そして牧についていき、学校の四階の最深部にある生徒会室へ。

 普段、ここに立ち寄る人間などそういない。

 この学校は自主性を重んじる校風からか、生徒会には独自の権限というものが与えられている。

 風紀の乱れに対する取り締まり、学校行事の選定なども生徒会がしているという話を桐生は聞いたことがあったが、自分には関係のない話だと興味も関心も持つことはなく、こうして生徒会の人間と接するのもこれが初めてである。


「失礼します」


 牧が大きな声で生徒会室の扉を開けると、壁際に足を組んで腰かけたまま本を読む一人の女子生徒が、そっと顔を上げる。


「ああ、お疲れだな牧。桐生蓮を連れてきてくれたか」

「はい、生徒会長。こちらに」


 ぱたりと本を閉じて立ち上がると、生徒会長と呼ばれる女子は桐生の方へゆっくり歩いてくる。


 長い黒髪は腰のあたりまでまっすぐ伸び、鋭い目つきながらはっきりとした顔立ちで見るものを圧倒するような美人。

 加佐見とは少し雰囲気が違えど、間違いなく彼女と双璧をなすほどの美女である。


 折れそうなほどに細い腰つきと長い足。

 なのに力強い。

 そんな印象に圧倒されていると、桐生の目の前に来た彼女は頭を下げる。


「君が神原を助けてくれたという話を聞いた。まずは礼を言わせてくれ」

「……わざわざ生徒会長直々にお礼ですか? 俺は別に助けたつもりはありませんけど」

「そう謙遜するな。私はこの学校の生徒会長をやっている妃瑞穂きさきみずほだ。で、君にきてもらったのは神原の件に対する礼を伝えたかったのもあるが、それだけじゃない。君、あの安藤とやりあっているそうだな」


 少し和らいだ妃の目がまた鋭くなる。


「……やりあってるつもりはありませんけど。勝手に向こうが突っかかってくるんです」

「しかし、この学校で安藤に口出しできる人間は先生たちを含めてもそうはいない。神原も、随分としつこくされて困っていたから助かったよ」

「生徒会長なら、安藤くらいどうにでもなるんじゃないですか?」

「はは、耳が痛いな。あいつは歩く無法地帯のようなものだ。私がいくら注意しても返す刀で軟派してくるような、そんな下衆に何をいっても聞いてはくれん。それに、生徒会は多忙でな、安藤の動向だけに目を光らせておくこともまた、難しいのだ」

「どうして安藤はそこまで、影響力があるんですか?」

「なんだ知らないのか? 安藤の父親はあの安藤財閥の社長だ。聞いたことくらいはあるだろう、日本でも有数の大手企業だ。そしてこの学校の多くの生徒の親がその会社か、関連企業に勤めている。先生方の親兄弟もな。いわばこの町は安藤財閥のお膝元といったところだ。将軍様の息子には、誰も逆らえまい」

「……なんだよそれ」


 長いものに巻かれる体質というのは日本人にはありがちなものだ。

 しかし、大企業の社長の息子というだけで好き放題がまかり通る事実を聞いて、桐生はひどく苛立つ。


「そう、君はそういう反応をしてくれると思っていた。で、我々生徒会も何とかこの状況を打破したいと思っているわけだが、いかんせん力がないのだ。与えられた権限の中で彼を縛ることしかできない上に、最近では安藤派の教師たちから目をつけられている。だからこんな隅の教室に追いやられているというわけだ」

「……俺に何をしろと言いたいのですか?」

「察しがいいな。君には、生徒会の手伝いをやってもらいたい。もちろん、君の父がどういう人物で君がどういう立場に置かれているかを知ったうえでの提案だ。安藤の被害に遭っている生徒たちを救ってやってほしい。それが私からの依頼だ」


 戸惑う様子もなく、言いたいことをそのまま桐生に伝えた妃は、その場で足を組み替えて桐生をじっと見つめる。


「……つまり俺に汚れ役をやってくれってこと、ですか」

「はは、否定はしない。ただ、君が協力してくれるなら私もただ見ているだけなんてことはしない。君がいるならこの腐敗した学校を変えられると、そう確信している」

「買いかぶりですよ。俺にそんな力はありません」

「いいや、君には能力がある。度胸がある。それだけでも我々とは違う」

「失うものがないだけです」

「友人を作ると人間強度が下がる。私の好きな本の主人公がそんなことを言っていた。君は人間として、私たちより数段強度の優れた人物だと信じてお願いしているのだ。どうだ、考えてみてはくれぬか?」

「……」


 つまりは友人がいないから、失うものがないから安藤という厄介者の始末をやってくれないかと。

 そう聞こえたのは桐生だけではなかったようで、珍しく静かにしていた加佐見がようやく口を開く。


「あの、さっきから聞いてたらひどくないですか? 桐生君なら安藤君に何されても大丈夫って、そういう風に私には聞こえましたけど」

「それも否定しない。ただ、一緒に汚れる覚悟はあると、そう言っているのだ」

「それならどうして今までにそうしなかったんですか?」

「したさ。ただ、無理だった。安藤は隙が多そうに見えて、ちゃっかり裏で手をまわしているようなやつだ。何度も彼の悪事を学校に提議したが実らなかった。そしてこのざまだ。桐生君のような何者にも臆さない、そしてどんなものでも欺けるほどの知性を持った人間が今、生徒会には必要なのだ」


 そう言い切ったあと、立ち上がる妃は窓を開けながら「誰かに必要とされるのは苦手か」と。

 小さくつぶやいたことに桐生は反応する。


「苦手です。誰かに必要とされる人間なんかじゃありませんから」

「そうか。まあいい、今日は予定があるのだったな。邪魔してすまなかった、いつでも気が変わったら遊びにきてくれ」


 そう言い残すと、妃はそっと窓の外に目を向けて。


 桐生達はそのまま、生徒会室を後にした。

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