第15話 誰が本当の悪なのか

 この日の学校は嘘みたいに平和だと、昼休みになった時に桐生はその違和感の正体を探る。


 そして実に簡単なことだったと知る。

 安藤が、そしてその取り巻きがいない。


 あのまま、学校へ行かずにどこかに行ったということ、だろうか。


「安藤君がいないと静かだよね」


 授業中、こっそりと桐生に向かって加佐見はそんなことを言ってきた。


「まあ、確かにな。でも、学校をサボるようなやつじゃないんだが」

「桐生君に恐れをなして逃げたとか」

「ねえよ。どうせまた、悪巧みでもしてるんだろ」


 そんな桐生の予感は、見事に当たる。


 昼休み、ようやく学校に安藤たちが現れると、学年指導の先生や体育の教師を引き連れて教室に入ってきた。


「先生、こいつが朝から俺たちに絡んできたんです。そのせいで友達が怪我までして」


 見ると、朝は平気そうな顔をしていた取り巻きの一人が腕に包帯を巻いて三角巾で腕を吊っている。


「桐生君、どういう訳か職員室で話を聞かせてもらえるか?」


 まるでゴリラのような屈強な体つきの体育教師が桐生の前に、威圧するように立つ。


 その顔はほんの少しだが、笑っているようにも見える。


 桐生はその僅かな綻びを見逃さない。


「グルか……」

 

 安藤の父は地元では顔がきく金持ち。

 きっとこの学校にも寄付などで幅を利かせているのだろうと、桐生はそんなことを考えながら教師たちを睨む。


「おい、聞いてるのか桐生。いいから職員室まで」

「待ってください!」


 先生たちが無理矢理桐生を連れて行こうとしたその時。


 教室の入り口の方から大きな声がした。

 

 桐生も安藤も先生達も、その隣で何か言おうとして立ち上がった加佐見もその声のする方を見る。


 そこに立っていたのは、小柄でか弱そうな髪の長い女子。


 神原だ。


「なんだね君は……ん、君は確か生徒会の」

神原環かんばらたまきです。あの、今朝の一件は私が安藤君たちにしつこくされていたところを桐生君達が助けてくれたんです」


 気の弱そうな表情を強張らせ、神原は自分の倍くらいありそうに見える先生に向かってはっきり告げる。


 すると、実にバツが悪そうに先生達は「どういうことなんだ安藤」と、その場で目を泳がせて焦る安藤に問う。


「え、いや、それは……」

「話が違うじゃないか」

「だ、だってそれは……くそっ、なんなんだよどいつもこいつも!」


 癇癪を起こした安藤は、その場で空いている席を蹴り飛ばしてさっさと教室を飛び出していった。


 その様子を見て先生達は、咎めることもせず、また、桐生達に何か謝ることもなく静かに去ろうとする。


 その時、隣で静観していた加佐見が再び立ち上がる。


「先生、桐生君に謝ってください」


 加佐見が大きな声で言うと、クラスの連中が一斉に注目する。


「な、なんだ加佐見、別に先生は安藤から聞いたとおりにだな」

「でも、間違ってたのですから先生でも謝るべきです。桐生君の話も聞かず、一方的に疑ったこと、謝ってください」


 一歩も譲らぬ様子で加佐見が先生を睨むと、「いい加減にしなさい」と怒った様子で先生達はさっさと教室から出て行ってしまった。


「あっ」

「加佐見さん、もういいから」

「桐生君……悔しくないの? 先生まで安藤君の味方して、あんな風に桐生君を悪者扱いしようとしてるのに」

「いいって、慣れてるから。それにさっきの先生達、親戚とかが俺の親父の被害者なんだろどうせ。そりゃ、俺が鬱陶しいに決まってるさ」


 この学校には敵しかいない。

 桐生はそんなことを承知でここにいる。

 だから今更悔しいとか傷つくとか、そんな感情は沸いてこない。


「……なんかムカつく」

「加佐見さんが怒ることじゃないだろ。それより……神原さん、どうしてここに?」


 と、また話に入れず戸惑う神原に聞く。


「あの、安藤君と先生達が職員室の前で何か相談してたのを見て……だけど間違ってることは間違ってると、生徒会の一員としてそれは言いたかったので」

「そっか。それについては素直に感謝する。ただ、安藤にあまり逆らわない方がいいぞ」


 突き放すように言うと、神原は少し間をあけてから小さく呟く。


「……安藤君達の方が、よっぽど悪人に見えます」


 そう言い残して、神原はさっさと教室を出て行った。


 そして、野次馬のように桐生達を見ていた生徒も目を逸らしながら散っていく。


 気づけば昼休みは半分くらい過ぎていた。


「あ、もうこんな時間だ。桐生君、私たちもご飯たべないと」

「別にいいよ。食欲ないし」

「でも今日は遠出でしょ? 食べてないと体力もたないよ」

「わかったよ。でも、今から買いに行くのも時間ないし」 

「ふふっ、今日からは節約だから。私、お弁当作ってきたんだー」


 教室の真ん中で、加佐見は得意げに弁当箱を二つ取り出す。


 そして一つを桐生に渡す。


「おい、こんなとこで渡すなよ」

「なんで? あ、もしかして夫婦って言われるのが恥ずかしいんだ」

「それは多いに迷惑だと思ってる」

「あー、迷惑は酷くない? せっかく作ってあげたんだから感謝の言葉くらいないの?」

「だからそれは加佐見さんが勝手に……いや、まあ、作ってくれたことは感謝する、けど」

「ほら、早く食べないと時間ないから。人に出された食事は残すとバチ当たるよ」

「……わかったって」


 当然、その弁当箱を開ける時に無数の視線を感じた。

 桐生と加佐見が仲良さげに同じ弁当を食べている光景を見ながら、ひそひそと耳打ちする連中もいる。


 ただ、そんな周囲の空気以上に、隣から送られる加佐見の視線に、桐生は戸惑いながらもおかずを一口。


「……卵焼き、うまいな」

「でしょ。唐揚げもおいしいよ。ほしいなら私のもあげるから」

「い、いいよ別に。これだけで十分だ」


 さっさと食べ終えて教室を出たい。

 その一心で弁当を口に放り込む桐生だったが、思いのほかボリュームのある品数にあくせくしながら。


 ちょうど食べ終えた時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 

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