第14話 評価は人が決めるものだから

「さっ、学校行こ」


 翌日。

 朝食を終えた加佐見は食器を片付けながら桐生に言う。


「先にいけよ。一緒に登校なんてさすがにまずいから」

「一緒に住んでてさすがもなにもないじゃん」

「それは加佐見さんが勝手に」

「一緒に行ってくれないと、みんなに同棲してるって言っちゃおうかなー」

「……わかったよ。でも、どうなっても責任取らないからな」


 結局、一緒に家を出た。

 そのまま通学路を歩いていると、桐生の予想通り無数の視線が桐生たちに注がれる。


「……目立ちたくないんだけどな」

「桐生君は有名人なんでしょ? だったら今更だって」

「そうはいうけど……ん、あれは?」


 学校の手前の路地で、女子が男子に絡まれているところを見つけてしまう。


 そして、女子の方は見たことがなかったが、絡んでいる男子のことはよく知っていた。


「安藤、か。ほんとあいつは女好きだな」

「でも、困ってるよあの子。ねえ桐生君、助けなきゃ」

「なんでだよ。俺は正義の味方でもなんでもない」

「だって、私のことは助けてくれたじゃんか」

「あれは……ただの気まぐれだよ」


 加佐見を助けたのは、自分のことを庇ってくれたから。

 そんな理由をここでいちいち話すこともないと、桐生はさっさと先を行こうとする。


 しかし、


「やめなさい! 安藤君、その子困ってるわよ」


 加佐見は桐生を置いて安藤のところに行ってしまう。


「あのバカ……」


 桐生は足を止めて安藤と加佐見を見る。


「なんだまた加佐見か。うるせえんだよいちいち、ほっとけやブス!」

「安藤君、あなたがどんな偉い人か知らないけど誰かを困らせていい理由にはなりません」

「いちいちうぜえ女だなマジで。ごちゃごちゃ言ってると女でも容赦しねえぞ」


 脇からぞろぞろと、数人の取り巻きが姿を見せる。

 加佐見は、さっきナンパされていた子を庇うように前に立つが、次第に壁際へ追い込まれていく。


「……ほんと、バカだよあいつは」


 そのまま放っておいたらいいと、桐生は何度も自分に言い聞かせようとしたが。

 昨日の手紙のことが頭をよぎる。


 守りたいものを守れるような強い大人に。

 

 最も、目の前でお節介を焼いてトラブルに足を突っ込む加佐見のことを守りたいと思っているのかと問われれば疑問ではあるが。

 このまま目の前の脅威から目を逸らしているだけで、果たして良いものか。


 そんなことを考えさせられた時点でとるべき行動は決まってるな、と。


 桐生は頭をかきながら安藤たちの方へ足を向ける。


「おい、いい加減にしろ」

「桐生……お前、今日という今日は邪魔したら許さねえからな」


 安藤とその一派は桐生を睨みつける。

 ただ、その様子を見て桐生は笑いそうになった。


 この後、何をどうすれば難局に見えるこの状況を打破できるのか、すぐに閃いてしまったからだ。


「安藤、ここの路地は変質者が多発するって話、以前先生から聞いたことあるよな?」

「あ? 何の話だよ」

「見てみろ、そこに監視カメラがあるだろ。あれ、定期的に警察と学校がチェックしてる。ここで俺たちに何かすれば、さすがのお前でも停学くらいにはなるだろうな」

「か、監視カメラ? ど、どこだ?」

「ほら、そこだよ。見えないか? あーあ、こんなところに女の子連れ込んでる時点でアウトかもしれないな。当然俺は、警察に聞かれたら正直に答えるぜ。安藤がしつこく言い寄って困らせてたってな」

「……脅すっていうのか?」

「脅しで済めばいいがな。それでもまだやるつもりならどうぞ好きにしろ」

「……覚えてろよ」


 ゾロゾロと安藤たちは反対側へつまらなさそうに歩いていく。

 

 そして、姿が見えなくなったところで桐生は大きく息を吐く。


「ふう……」

「桐生君、来てくれたんだ」

「加佐見さん、いい加減にしてくれ」

「でも、監視カメラがあるなんてよく知ってたね。さすが桐生君」

「ああ、嘘だよそれ」


 電柱の上に見える監視カメラのような黒い箱を指差して、桐生は少し笑う。


「え、違うの?」

「よく見ろ、ただの端子函だ」

「たんしかん?」

「電話線を分岐したりするものさ。あんなのでも、知らない人間からすればカメラに見えるだろ」

「へえー」


 安藤たちの極端に人目を気にする性格と無知さ加減を考えれば嘘を通すのは容易いだろうと。

 桐生はすぐにそんなことを閃いた自分に嫌気がさす。


 こういう機転がきくところは、本当に父譲りだ。

 加佐見はいつも嘘が下手と言ってくるが、こうして人を騙すのが本当は得意だと、自覚はある。


「……あの」

 

 そんなことを考えていると、さっき絡まれていた女子が桐生たちに声をかけてくる。


「あ、ありがとうございました。あの……桐生君と加佐見さん、ですよね?」

「ああ、そうだけど」

「わ、私同級生の神原かんばらっていいます。ええと……」


 何か言いにくそうにしている神原という同級生を見て、桐生はなんとなく言いたいことの想像がつく。

 桐生蓮は悪人のはずなのに、どうして助けてくれたのかと。

 そう言いたくて言えないのだろうと、戸惑う神原を見ていると加佐見が会話に割って入る。


「神原さんっていうんだ。でも、なんで私のことも知ってたの?」

「え、ええと……有名だから、二人とも」

「へー、私も有名人なんだ。ね、なんて言われてるの、私たち」

「そ、それは……悪党夫婦って」


 バツの悪そうに神原がそう答えると、加佐見は声を出して笑う。


「あははは、悪党夫婦だってー。桐生君、私たち夫婦にされてるみたいだよ」

「その前の悪党ってところにちゃんとショックを受けろよ……ったく、だから言っただろ。俺といたらこうなるって」

「でもいいじゃんか。私、全然嫌じゃないよ」

「あのー」


 テンション高く話す加佐見に呆れる桐生だったが、そんな二人にまた神原が気まずそうに話しかける。


「お二人って……本当に悪い人なんですか?」

「……まあ、評価するのは他人だから。周りがそう言うならそうなんだろ」

「こら桐生君、そんな誤解を生むようなこと言わなくていいじゃんか。何も悪いことしてないんだし」

「いい人と思われても困る。今日のも相手が安藤だから助けただけだ。それより、もう行くからな」

「あ、待ってよ桐生君!」

 

 さっさと学校に向かう桐生に、加佐見は慌ててついていく。

 

 その時、助けた神原に加佐見は「桐生君、ほんとはいい人なんだよ」と、桐生に聞こえないようにそっと言い残して。



 

 

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