第8話 寂しいのは誰
桐生の部屋は実に殺風景なもので、ベッドと勉強机、あとは本棚がある程度。
テレビはリビングにある一台だけで、部屋に戻ると読書か勉強以外にやることはない。
Wi-Fiなんて贅沢品もないし携帯はバイトに就くために必要だったので家の電話の代わりに契約した安物で、動画を見たりすることもない。
退屈な部屋で静かに過ごす。
それはいつもと変わらない。
ただ、今日は少しだけ外がうるさい。
「桐生君、下の引き出しにあったジャージ、使ってもいーい?」
部屋の外から声がする。
今日はどういうわけか、加佐見が家に泊まっていくということになったから。
「ああ、好きに使っていいよ」
「ありがとー」
着替えも持たず、無計画だっただろうとはいえ、こうして押し切られる形で加佐見を家に泊めることになったのは、甚だ不本意だった。
ただ、寝れば静かになるだろう。
そう思ってゆっくり本を読んでいると、しばらくして今度は部屋のドアをノックする音がした。
「……はい?」
「桐生君、ちょっといいかな?」
「布団は隣の部屋にあるものを勝手に使ってくれ。あと、冷蔵庫の中は好きに」
「そうじゃなくって。部屋、ちょっとお邪魔してもいい?」
「……」
扉越しに、少しか細い声で加佐見が聞く。
桐生は、ゆっくりとベッドから体を起こして、読んでいた本を机に置いてから扉を開ける。
「なんだよ」
「ふふっ、ゆっくりしてるとこ邪魔しちゃったかな。ね、ちょっとだけ話しない?」
「泊めてやるとは言ったけど、相手してやるとまでは言ってない」
「もー、そんなにツンツンしないでよー。ね、ちょっとだけだから」
「……入れよ」
泊める以上、こうして図々しいことを言われるのは想定内だと。
桐生は己の甘さから招いた自体だと割り切って部屋に加佐見を招く。
「なんもないけど」
「へー、片付いてるんだ。ねえ、エッチな本とか」
「置いてない。そういう話なら出ていけ」
「もー、つれないなあ。ま、今更だけど」
勝手にベッドに腰を下ろして、加佐見はぶかぶかのジャージの余った袖をまくりながら、俺の方を見る。
「桐生君って、結構おっきいんだね」
「加佐見さんが小さいだけだよ。俺は標準だ」
「そんなことないよ。何かスポーツでもやればいいのに」
「運動は得意じゃない。で、言いたいのはそれだけ?」
「せっかちだなあ。あのね、さっき私、一人暮らしだって言ったでしょ」
「ああ、言ったけどそれがなにか?」
「……私もさ、桐生君とおんなじなんだ」
「同じ? それって」
「親、いないんだ」
少し寂しそうに笑いながら、加佐見は桐生を見る。
「……なんで?」
「お母さんは離婚して出て行って、お父さんはつい最近、亡くなったの。病院がこの辺でね、それでこの辺りの高校ならお父さんの看病しながら通えるかもって思って転校を決めたんだけど、その前にお父さん、死んじゃった」
「……親戚とかは、いないのか?」
「うん。お父さんもね、会社経営とかしてたんだけどその時に色々トラブルが絶えなくて。みんなから絶縁されちゃって、身寄りはないんだ、私も」
「そうか。でも、同じじゃない。加佐見さんは俺と違って嫌われ者にはなってないだろ」
慰める言葉も思いつかず、ただ思ったことを桐生は口にした。
しかし。
「ううん、それも一緒だよ」
加佐見はまた、少し寂しそうに笑いながら言う。
「どこが?」
「中学の時はね、地元でずっといじめられてた。お前のおやじのせいでうちは貧乏なんだーとか、散々言われたりもした。だからね、転校して来た時に、クラスの空気とか桐生君の態度とかでピンときたんだ。あ、この人も私と一緒だって」
「……お金はどうしてる? バイト、してるのか?」
「ううん、まだ探してるとこ。多少のお金は残してくれてたけど、手を付けたくないし、どうしようかなって」
「この辺りは仕事もあんまりないからな。ま、場所を選ばないなら多少はあるだろうけど」
「だね。ごめんね、ちょっと聞いてほしかっただけなんだ。それに、やっぱり同じだなんて言ったのもごめん。桐生君の方がずっと長い間、私よりも苦しんできたのにね」
そう話して立ち上がる加佐見に、桐生は後ろから声をかける。
「加佐見さんの苦しみは、加佐見さんにしかわからないものだ。他人と比較するもんじゃない」
「……やっぱり優しいんだね、桐生君って」
「全然だ。加佐見さんの話を聞かされた今でも、なんでそんな話をしてくるんだとか、それより早く帰ってくれないかなって思ってるくらいだし」
「あはは、手厳しいなあ。でも、好きにしていいって言われたから今日は泊まらせてもらうね。それじゃ、おやすみ桐生君」
「……おやすみ」
また、部屋が静かになる。
加佐見の残した石鹸の香りが、部屋の窓から吹き込む秋風に舞って桐生の部屋を包んでいく。
「……ったく、そんな話を俺に聞かせてどうしてほしいんだよ」
加佐見は、ただ聞いてほしかっただけなのかもしれない。
それとも、辛いのは自分だけじゃないと、桐生を励まそうと思ったのかもしれない。
その真意は加佐見にしかわからない。
いや、加佐見だって、どうしてそんな話をしてしまったのか、わかっていないかもしれない。
ただ、できれば知らないでおきたかったと、桐生はベッドに寝そべりながら深く息を吐く。
「……結局、寂しいのは加佐見さんの方じゃないか」
まったくもって素直じゃないのは自分と一緒だ。
寂しいから泊めてくれと、そういえばいいのに人のせいにするあたりがよく似ている。
嘘が下手なところも。
自分と同じだな、と。
桐生は加佐見の寂しそうな顔を思い出しながら、目を閉じた。
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