第3話 君のやさしさ

「おはようございます」


 今日はアルバイトの日。

 放課後に向かったのは学校から自転車で三十分ほど行った先にあるコンビニだ。

 もっと近くの店舗もあったが、まあ選べるわけもなく。

 ただ、電車代も勿体ないのでぎりぎり行ける範囲の中で一番離れた場所というのがここになる。


 学校や我が家の周辺を離れるほど、桐生家の噂話は薄くなる。


「おはよう桐生君。今日は元気ないね」

「いつものことでしょ」

「ははっ、だったね。じゃあ棚卸終わったらレジ頼むよ」

「了解です」


 自分のような嫌われ者が働いても支障がないような店、というのは言い換えれば暇ということでもある。

 元々田んぼ道の奥にあり、車が入りづらい上に通行人も少ないという最悪の立地に建てられた店。

 今一緒にいるのはここのオーナーである内藤。

 桐生の親くらいの歳の人だが見た目は黒々した髪と痩せた体型もあってか若い。

 日中は奥さんが一人で切り盛りし、夕方から彼と交代という流れなんだとか。


「しかし桐生君が働きだして結構長くなったね。時給、そろそろ上げないと」

「別に構いませんよ。働かせてもらってるだけでいいので、潰れないようにしてください」

「ははっ、手厳しいなあ。でも、そうだね。頑張ろう」


 基本的に夕方の店は暇だ。

 それでも経理処理や発注やなんやらを全てオーナーがしないといけないため、その時間に手薄になる店に一人はスタッフがいるということでこうしているだけで。


 ほら、誰もこない。 

 時々農家のおじさんが煙草を買いにくる程度。

 あとはひたすら掃除したりぼーっとしたり。

 

 ただ、今日は珍しく店に電話があった。


「はい、ユーエイマート」

「もしもし、あなたのお店の家賃が支払われていないのですが」

「……家賃?」

「はい、今から言う口座に即日振込をお願いできますか?」

「……警察に通報します」

「がちゃっ」


 詐欺の電話だ。

 たまに、こういったバカみたいな詐欺電話がある。

 しかしどいつもこいつも内容が薄っぺらい。

 あれで騙せると思っているのがすごい。


「桐生君、電話なんだったの?」

「間違い電話です。気にしないでください」


 世の中は嘘で満ちている。

 今、何気なくオーナーに言ったことも嘘。

 心配をかけまいと、気を利かせただけにしても嘘は嘘だ。


 全部本音で語っていたのではキリがない。

 言わなくていいこと、伝えなくていい真実っていうものもある。


 ……加佐見にだって。


 そういやあいつ、今日は学校休んでたけど。

 と、ふと彼女のことを思いだした自分をすぐに恨むことになる。


「いらっしゃいま……加佐見?」

「あ、桐生君。こんばんは」


 噂をすれば、というやつだ。

 引き寄せの法則にも合致するのか、ここで働いていることはヒントすら与えていないのに、まるで加佐見は俺がここにいるのを知っていたかのようなリアクションを取る。



「……なんでここがわかった?」

「ここ、学校にアルバイト場所を申請してるでしょ。先生に聞いたの」

「プライバシーってやつはないのかよ」

「ふふっ、桐生君の彼女だって嘘ついたらすぐ教えてくれたよ」


 嬉しそうに語る加佐見を見て、呆れる。

 自分の彼女だなどと、たとえ嘘でもそんなことを言えばどう思われるか、まるでわかっていない。


「お前、俺がこの前話したこと聞いてた?」

「もちろん。桐生君って結構心地良い声だから、つい話に聞き入っちゃうし」

「だったら」

「もっと桐生君のこと、知りたいなって。だからこんなとこまで押しかけちゃってごめんね」

「……仕事中だから、こういうのはやめてくれ」


 迷惑だ、とまで言わなかったのはせめてもの優しさのつもりか。

 ただ、今までに彼女のように桐生に興味を持った人間がいなかったかといえばそうじゃない。


 どことなく陰がある桐生に惹かれたり、正義感で味方になろうとするものも、いるにはいた。

 それでも皆、興味本位だったし、それにそのあと男なら桐生の友人かと罵られ、女なら桐生の恋人かと蔑まれ。

 それに耐えられずに皆、去っていく。

 もちろん、それ自体は構わないのだが自分のせいで彼らが心に傷を負い、世間に嫌われていくのを見る方が辛かった。


 だから先に忠告をしたはずだった。

 関わるなと。

 なのに加佐見はまだ、桐生を知ろうとする。

 その態度に、またうんざりさせられる。


「桐生君、ごめんね今日は急に。あのさ、これ買っていいかな?」

「おにぎり? いいけど、コンビニの飯なんて食べるんだな」

「えー、安いし美味しいじゃん。私は好きだよ」

「そ。ちょうど百円になります」

「はい、これ。じゃあまた明日、学校でね」

「……ありがとうございました」


 冷たくあしらったからか、さっさと店を出る加佐見を見送ると、少し力がぬける。


 なんで彼女は自分に付き纏うのか。

 以前の連中と同じくただの正義感によるものか、それとも何か理由があるのか。


 そもそも、どうして自分がいじめに遭っていると、すぐにわかったのか。


 不思議なことは多い。

 ただ、それを確かめようとも思わない。

 知ったところで、どうすることもできないのだから。


  

 翌朝。

 いつものように学校へ行く支度を整えていると、玄関の扉が叩かれる音がした。


 最近はなかったが、また嫌がらせでも始まったのかと無視したまま。

 支度を終えて外に出ると、人が立っていた。

 

「おはよう桐生君」

「……いい加減しつこいって、怒ってもいいか?」


 また加佐見だ。

 体の後ろで鞄を持って、無垢な笑顔を向けながら桐生を覗きこむ彼女に少し嫌な顔をする。


「まずはおはようでしょ?」

「……おはよう。で、何の用だ?」 

「えー、迎えにきたんだよ? 一緒に学校、行かないかなって」

「……バカなのか?」


 何度も、関わるなと忠告しても聞かないどころか一緒に登校などという愚かな女子を目の前にすれば、自然とそんな言葉しか出てこない。


 一緒に石を投げつけられる趣味でもあるのだろうか。


「失礼だよ、バカとか言って。私だって、ちゃんと桐生君の話は聞いてるから」

「だったら」

「わかってて、そうしようって言ってるんだからいいでしょ? 桐生君ともう少しお話したいって、昨日も言ったの覚えてる?」

「まあ、それは。でも、話してもなにも得はないぞ」

「それは私が決めること。ほら、早く行こうよ」

「……どうなっても知らないからな」


 うんざりしながら玄関で靴を履き替えて、加佐見と共に家を出る。


 通学路にはすでに登校中の生徒たちがぽつぽつと。


 ただ、いつもなら振り返りもしなかった生徒たちが一斉に桐生へと冷たい視線を送る。


「……ずいぶん見られてるな」

「やっぱり桐生君って有名人なんだね」

「あのさ、やっぱり離れてくれないか。人にじろじろ見られるの、嫌いだから」

「離れたらお話できないじゃん。あ、そうだ。今日のお昼は何にする?」

「なんでお前と食べる前提みたいな言い方なんだ。昼はパン一個で十分だよ」


 何度も突き放そうとするが、しかし加佐見は一向に離れようとしない。

 次第に、周囲の騒ぎが大きくなっていくのが手に取るようにわかる。


 ひそひそと、空気を漏らすような声で何かを互いに耳打ちする生徒たち。

 ただ、内容は聞こえなくとも手に取るようにわかる。

 

 なぜ桐生蓮が女を連れて歩いてるんだと。

 しかもそれが学校で評判の美人転校生ともなればなおさら。

 そして、ある一人の男子生徒がこっちを向きながら吐いたセリフが、しっかりと耳に届いた。


「また、だましたんじゃねえの?」


 その言葉に、引っかかるところがあった。

 またというのはどういうわけか。 

 誰かを騙して被害に遭わせた覚えなど、桐生にはない。

 

 ただ、彼らの中では桐生蓮=詐欺師というレッテルがしっかり貼られているということの証明なのだろう。

 最も、それを逆手にとって隣を歩く純心な馬鹿を守るくらいはできるかなと、桐生はふと思う。

 

「騙す、ねえ。加佐見さん、騙されてることにしとけよ」

「なんで? 誰に騙されてるの、私?」

「俺にだよ。そうじゃないといじめられる」

「あ、そうやって私のこと心配してくれてるんだ? なんだ、やっぱり桐生君って優しいんだね」

「違う。あとで俺のせいだとか言われるのが迷惑だから言ってるだけだ」

「そうやって相手に冷たくするのって、桐生君なりのやさしさなんだよ」

「じゃあそれでいい。俺は優しいからお前にさっさとどっかへ行けと言わせてもらう」

「あはは、そういう返し方あったんだ。桐生君ってやっぱり頭いいよね」

「……」


 相手のやさしさに皮肉をたっぷり込めて返したつもりだったが、それでも加佐見は楽しそうに笑う。

 そんな相手は初めてで、桐生は初めて人との会話に頭を悩ませる。


「あ、学校着いちゃった。ほんと、聞きたいことたくさんあるのに桐生君と一緒だとあっという間に時間すぎちゃうね」

「どうせ寄るなと頼んでもまた寄ってくるだろうから言っておくが、聞きたいことがあるなら、用件を紙にまとめておくくらいはやっとけ。世間話をする気はない」

「うん、それじゃ昼休みまでにまとめておくね。あと、桐生君ってもっと自分を出した方がいいよ? 話も面白いんだし」

「……」


 どこがおもしろいのかと、聞きかけてこれ以上会話が膨らむのはごめんだと黙り込む。

 それに次は昼休みなのかと、うんざりする桐生をよそに加佐見はそのまま先に校舎へと駆けていった。


 

 

 

 

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