エピローグ

後の世にオロチ事件と呼ばれる、人類初となる対魔王級生物戦闘はこうして終結した。


これにより、出現の可能性のある第二第三の魔王級生物に備える為の、対モンスター意識が日本国内で高まる。

近い将来、今の若者が社会の中心となった頃にはテイカーに対する差別意識や偏見もほとんど無くなり、それまで魔力技術後進国であった立場からは一転し、日本は様々な名のあるテイカーを排出する国となるのだが、それは一旦置いておく。






………………






「やっぱ拉麺noodleはいいわね、日本の産み出した最高の文化よ」

「スカーレットさん、ラーメンは中華料理ですよ」



旅館の一室のような部屋で、出前で頼んだ担々麺を啜るスカーレットとアズマ。

しかし、二人は自分の意志でこの部屋にいる訳ではない。



………あの後、二人は日本政府によってしばらく拘束される事になった。


そりゃそうだ、二人は一時とはいえアルテバーンという、魔王級生物を殺した存在をを産み出した訳だし、何より今まではたかがテイカーと放任されていたが、50mの巨大ロボットであるニクスバーンを操る個人を、野放しにしてはおけない。


現在二人は政府が東京都内に用意したホテルに、ほぼ軟禁状態で滞在しており、たまに来る政府の科学者によって色々と検査を受けたりしている。

当然、スカーレットの滞在日数は強制的に伸びる事となったし、アズマの新学期も、秋に先延ばしになった。


とはいえ、オロチ撃滅に尽力した大役である二人を無下にする程、日本政府は人でなしではない。


幸い、今はスズカを筆頭とした勢力が魔王級生物対策を理由に発言力を増しており、二人の身も保証されている。

時間が来れば、二人は自由の身だ。

それに………自由がなくとも、もう少し一緒にいられるという事が、二人には嬉しかった。


………まあ、流石にニクスバーンは強力すぎるので、日本政府に押収されてしまったが。

今後、様々な解析が行われるようだが、まさかニクスバーンの量産でもするつもりなのだろうか?


そんな事を考えていると、やがて担々麺の入った丼は、空っぽになっていた。



流れる沈黙。

その間、約3分。



「………あの、スカーレットさん」



沈黙を破ったのはアズマ。



「今まで………ありがとうございました」

「何よ、改まっちゃって」



何かのジョークを聞くような態度を取るスカーレットだが、アズマの表情が真剣である事を見ると、彼に合わせて姿勢を正す。



「僕、ちっぽけな存在だったけど………スカーレットさんと出会えて、なんというか………堂々と、前を向いて歩けるようになったんです」



そうだ。

出会った当時のどこにも居場所がなく怯えていた頃のアズマと、目を離せば今にも死んでしまいそうだったアズマと比べると、本当に逞しく成長したと、スカーレットは感じる。


この後学校に戻っても、もう以前のようにいじめられる事も無いし、なんならあの父親対しても堂々と言い返すような事ぐらいするだろう。

スカーレットとしても、師匠冥利に尽きるという物だ。



「ですから………もう、無理に僕に付き合う必要はありませんよ」

「………はい?」



と、教え子の成長を喜んでいたスカーレットだったが、その直後に突然飛んできたこの一言に、目が点になってしまう。

まるで、スカーレットと別れる事を受け入れたかのように。



「我儘言っちゃってごめんなさい、そして僕みたいな子供に付き合ってくれて、ありがとうございました………スカーレットさんも、いい加減うんざりしましたよね?」

「そんな事………」

「僕も、もう大人にならなくちゃいけませんし………この夏の事は思い出にして、スカーレットさんも………」



おそらく、いやきっと、アズマの選択肢は正しいのだろう。

少年が大人の女性に抱く恋というのは、モラルや人道がそうというのもあるが、決まって叶わない物。


アズマも、スカーレットが情けから無理をして、おこちゃまである自分と恋人ゴッコをしてくれていたのだと考えた。

ましてや、オロチ事件であんな事が起きてしまった故に。


アズマとスカーレットは別れ、それぞれの人生を歩みだす。

アズマは一夏の恋を思い出として胸に仕舞い、そして少年は、失恋を経て大人になる………



………それが、本来の正しい終わり方なのだろう。

だが。



「アズマ君ッ!!!」

「うぇっ?!」



しかし、それを良しとしない者がここにいる。

青春の幻影として思い出になるハズの人物であるスカーレット。

よりによって彼女が、そのエンディングに待ったをかけた。



「す、スカーレット………さん………?!」



いきなり声を荒げたスカーレットに、どうした急にと目をパチクリさせるアズマ。

対するスカーレットは、すう、と一度呼吸を整えると、自身が落ち着いた事を確認して話を進める。



「………実を言うとね、私こういうのって常に言われる側だったから、あまりロマンチックに出来ないと思う………でも、言うわよ」

「な、何を………?」



意を決して放つは、スカーレット・へカテリーナの全てを賭けたクエスト。

どんなダンジョンよりも、どんなモンスターよりも恐ろしく難関なこの勝負に、スカーレットは覚悟を決めて飛び込んだ!



「私、スカーレット・へカテリーナは、秋山東アキヤマ・アズマ君の事が好きになってしまいましたッ!!!是非とも結婚を前提としたお付き合いをしたく存じ上げますッッ!!!」

「え………ええええぇえーーーーーっっっ?!?!?!」



日本のドラマやアニメを密かに見て練り上げたスカーレット一世一代の愛の告白アイ・ラヴ・ユーを叩きつけられ、アズマが面食らったのも無理はない。


言うなれば、少年の憧れのお姉さんが結婚するという話を聞き、意気消沈していた少年の元にお姉さんが婚姻届片手に現れて「結婚相手はあなたよ」と言うような物だ。


なんというご都合主義。

あまりにもひどい番狂わせ。

はっきり言って邪道。


もしこれがTVアニメか商業ノベルだったなら、各方面からこれでもかとバッシングを食らう事だろう。



「あの、年齢が………」

「適齢期になるまで待つわ、婚約者ってやつよ」

「僕より魅力的な男性はいくらでも………」

「私にとって、貴方より魅力的な男性なんていないわ」

「言っちゃあ何ですけど、僕甲斐性無い………」

「そんな事ないわよ、近くで見てきたから解るわ、それに私だって稼げるのよ」

「それに家とか結構地雷………」

「承知の上よ、その上であなたの事を守るわ」

「でも世間が………」

「世間なんて知らないわ、いざとなればニクスバーンを強奪して世界相手に戦うまでよ」



アズマの知る限りの世間的なあれこれや、彼女の為を思って出した断る為の口実であるが、ものの見事に全てスカーレットに撃墜されてしまった。

特に、最後のニクスバーン強奪の下りについては、アズマも見過ごすわけにはいかない。



「それとも………アズマ君は、私の事嫌い?」

「そ、それは………」



そんな訳がなかった。

アズマにとってスカーレットは初めて自分を肯定してくれた相手であり、憧れのお姉さんであり、母であり、姉であり、恋人なのだ。

論理的に見ても、アズマの持つ問題を全て受け入れ解決できる、これ以上ない程の優良物件である。



「ええと………」



………何より、酒や空気が理由とはいえ、アズマはスカーレットとは何度も身体を重ねている。

男なら誰かのために云々のような話はアズマは好きではないが、する事をしてしまった以上は男として果たすべき責任があるのもまた事実。


逃げ場はない。

逃げる理由もない。

なら、断る必要もない。



「………じゃあ、よろしくおねがいします………」



これから先の未来。


二人が日本で活躍した最初のテイカーとして一躍時の人となる事も、

以降も引退するまで一線で活躍し続け「へカテリーナ夫妻」としてテイカー史に刻まれる事も、

この時のアズマもスカーレットも知らない。


ただ明らかな事は、彼等はみだしテイカーズの冒険は、まだまだ始まったばかりという事である。



避難民が帰りはじめて、ぽつりぽつりと明かりの灯った東京に夜景が、何百年ぶりとなる東京の星空の元に輝いていた。






………………






我等、はみだしテイカーズ!


GAME OVERおしまい

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