第18話
炎に包まれた東京で対峙する、二体の巨影。
方や、異世界の生態系の頂点に君臨する魔王、オロチ。
此方、それに立ち向かう為に人の持つ科学と愛が生んだ勇者、アルテバーン。
怪盗ウォッカだけではない。
遠方の空撮ヘリによって映されるライブ映像越しに、日本中………否、世界中がこの戦いを見守っていた。
そこには、スカーレットをキャンセルしたアメリカの人々もいた。
アズマをいじめた地元のクラスメートもいた。
はみだしテイカーズにモンスターを駆除してもらった農家の皆さんもいた。
共にミドリスクライオーの夏の覇王賞制覇を見届けた競馬ファンもいた。
八尺坂で消えた我が子を被害者面で探し続ける無自覚な毒親もいた。
ようやく新しい人生を歩み始めた元ネバーランドスタッフもいた。
酸いも甘いもまとめて、はみだしテイカーズに関わった全ての人々が、世界の命運をかけて戦うビキニアーマーの女巨人を応援していた。
グルル………ギゴオォォオオン!!
初めて遭遇した、自分を脅かす存在に対する威嚇の咆哮を挙げながらオロチが進撃する。
『うおおぉおおお!!』
少年と女性の合わさった咆哮をあげ、アルテバーンもオロチにリベンジを果たすべく突撃する。
双方、100m級の超巨大な生命体。
一歩踏み出す度に40m近い土煙を上げる、その巨大な二つの質量の塊が、東京のど真ん中でついにかち合った!
………ず、ど、お、お、ぉ、っ、!!!
激突の衝撃は大地を揺らし、衝撃波となって大気に広がる。
それまで無双無敵を誇っていたオロチであったが、次の瞬間繰り出されたのは衝撃の光景であった。
………ば、き、い、ぃ、ぃ、っ、!!!
アルテバーンが、その鍛え上げられた剛腕を振るい、オロチを殴りつけた。
衝撃で吹き飛ばされるオロチに、アルテバーンの拳は次々と襲いかかる。
一発、ニ発、三発。
パンチだ、チョップだ、ついでにキックだ。
ドラゴンスレイヤーですら傷一つつかなったオロチであるが、アルテバーンの繰り出した拳によってよろめき、一方的に叩き潰される。
アルテバーンの拳が突き出される度に、オロチの身体は右に飛び、左に飛び、チョップで下に叩きつけられ、アッパーで上にかち上げられる。
それはまるで、それまでオロチに蹂躙されてきた人々の怒りを、アルテバーンが代弁してくれているようでもあった。
ギゴ………ギゴオォォオオン!!
そしてオロチからすれば、それが気に食わなかったらしい。
そりゃそうだ、誰だって一方的に殴られるなんてまっぴらである。
尻尾を振るい、アルテバーンに逆襲の一撃を入れようとした。
だが。
『たあっ!!』
アルテバーンは、飛び上がってそれを回避………した所ではなかった。
次の瞬間、オロチは目を見開いたし、戦いを見守っていた人々も驚愕した。
背中から伸びた羽衣のような機関を翼のように広げ、アルテバーンは空を舞っていた。
アルテバーンは飛行しているのだ。
ニクスバーンのフェニックスモードのような特殊形態を取る事もなく。
ヘリよりも素早く、戦闘機よりも三次元的な、どこまでも自由な飛翔を。
ギゴオォォ!!
背中のヒダを広げ、オロチが熱線を吐いた。
しかしアルテバーンは、高層ビルの合間を飛びながら、それをスラスラと避ける。
まるで、お前の攻撃など最初から眼中にすらない、そう言うかのように。
『………ねぇアズマくん』
『何ですか、スカーレットさん』
『空を飛ぶって………気持ちいいのねぇ』
そう、アルテバーンは飛べる。
変形も必要とせず、その為の道具も持たず………自分自身の意志で、空を自由に飛べるのだ。
ギゴオォォ………ギゴオォォオオォン!!!
そして、オロチにはそれがたまらない程気に入らなかったようだ。
それまで無表情を貫いていた態度が、急に煮え返るような怒りに満ちた物に変わる。
魔王級生物たる自分を差し置いて、空を自由に飛ぶアルテバーンが気に食わぬ。
と、まるで癇癪を起こしたように叫ぶオロチ。
ギゴオォォオオォォン!!ギゴオォォオオォォン!!!
………だが勿論、単に怒って叫んでいるワケではない。
オロチは魔王級生物。
やろうと思えば、自分の身体を組み替えるなど、造作もないのだ。
……バキ、ベキベキベキ!
オロチの身体から骨格が砕けるような音が響き、まるで内部で何かが暴れているように、背中がボコボコと盛り上がる。
そう、オロチは単に怒っていたのでない。
自分の身体を作り変える、痛みに耐えていたのである。
ベキ………ベキベキィッ!ぐちゃあぁっ!!
変化は、背中の棘に現れた。
何らかの機関ではと思われていたが、それはこの進化の為の付箋だったのだ。
棘が伸びたかと思うと、それは一気に広がり、手を広げたような骨組みを形成。
そこに這うように、膜が伸び、重なる。
そしてそれは、オロチ本体を余裕で上回るほど巨大な………翼の形状を形作った。
グチャ、グチャ、ベキベキベキッ!バリィッ!!
そして今度は、頭が割れた。
オロチの頭部が真っ二つに裂けたかと思うと、それは別れた状態で伸び、なおかつ再生し、龍を思わせる二本の長い首となった。
『オロチが翼を広げました!見てください!なんという大きさでしょうか!!』
遠方からのライブ映像でも、その姿ははっきりと見えた。
まさに、それは異形と言える。
四肢に加えて一対の翼、並びに二本の長い首。
生物学の常識を真っ向から否定するような………いや、もはや生物のあり方そのものを嘲笑うと言っていいだろう。
テレビやネット配信で見ていた人々にとっては、それは衝撃であり、同時にようやく芽生えた希望を踏みにじるような展開である。
確かに、アルテバーンは空を飛べる。
だが、人々が必死になって掴み取ったその存在すら、魔王級生物たるオロチはすぐに上回れるのだ。
そう、全人類に向けて宣言しているように見えた。
………そうだ。
頭が増えたのも衝撃であるが、翼が生えたという事は、つまりはそういう事である。
『この姿をどう表現すればいいでしょうか!?この姿はまるで………うわああっ!?』
やがて、オロチはその翼を大きく羽ばたかせ、巨大な風圧を巻き起こす。
遠方にいた報道ヘリですら、ぐらつく程の。
ギゴオォォオオォォン!!キロロロロロロッ!!
そして二度目の羽ばたきで、その伸びた首により全高150mにまでなった巨体が宙に浮き、三度目の羽ばたきで完全に飛翔した。
オロチは誰の助けも借りず、自分の気が向けば翼を生やして空を飛ぶ事もできるのだ。
アルテバーンよりも、それはずっと自由かつ自在に見えた。
そして………東京都庁。
ブラックニクスバーンの展開を一度解除し、血反吐を吐ききって、吹き抜けになった都庁の都知事室にて倒れていた怪盗ウォッカもまた、その姿を見た。
より間近で見たが故に、そのおぞましさも、恐ろしさも、ひしひしと感じる事ができる。
本能が叫ぶのだ。
あれは、人間が立ち向かえる相手ではないと。
………ヘリに乗っていたリポーターは、ヘリから落ちないようにしがみつくのに必死で、結局セリフを言いそびれた。
だが怪盗ウォッカには、彼が何を言おうとしたかは手に取るようにわかる。
あの姿は、まるで、まるで。
「………魔王」
改めて、怪盗ウォッカは思い知った。
あれは、確かに魔王だと。
モンスター達の王、異世界の生態系の頂点………人類の天敵、魔王に他ならないと。
そして………そんな魔王に、スカーレット達は挑んでいるのだと。
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