第17話

陸自の精鋭を集め、なおかつスーパーロボット・ブラックニクスバーンを戦列に加えた首都最終防衛ライン。

誰しもが死を覚悟して、自らを犠牲にする勢いで挑んだ、おそらく日本史上初となる本州を戦場とした決死の戦い。


だがそれでも、魔王級生物ロードたるオロチは強大すぎた。


何発も放たれた砲弾も。

特攻して突っ込んだ戦車も。

戦車を失おうと放った銃弾も手榴弾も。


人間の取った手段の何もかもが、オロチにダメージを与える事はできなかった。

残るのは破壊された東京の街と、潰され焼かれひしゃげた兵器と、おびただしい数の命が湯水のように失われた事を示す死体のみ。



「………何さ、見下して」



怪盗ウォッカは魔力の過剰使用による吐血を口から滴らせながら、余裕で佇む眼前のオロチに吐き捨てる。


もはや、この戦場で立っているのはブラックニクスバーンのみ。

コピーといえど、奇跡から生まれたスーパーロボットであるニクスバーンすら、眼前の魔王は否定してきた。



「君は、異世界を統べる神………そして人間は神には勝てない、そう言いたいのかな………?」



オロチは何も答えなかったし、そもそも怪盗ウォッカの言葉がオロチに届いているとは思えない。



「………でもねぇ、人間はレベルアップする生き物なんだよ………今は無理でも、君なんか余裕で超えられる日が来るのさ」



しかし、日光を遮る街の炎を背に悠々と佇む姿から、奴が人間を見下し踏みにじっているという事はよく解る。

何より、個人的に、怪盗ウォッカは。



「そして私は………君のような他人を見下す奴が気に食わない!!」



怪盗ウォッカは、市民を踏みにじる強者と戦う。

それは王族であり、政治家であり、資産家や企業でもある。

そしてオロチも、一方的な力で他人を踏みにじる、彼女から見た「敵」であった。



「チェンジ!!フェニックスモード!!!」



疲弊した身体に鞭を打ち、怪盗ウォッカは最後の攻撃をかける。

無駄だと解っていようと、好敵手スカーレットを悲しませた、自分の嫌いな傲慢な強者であるオロチを前に負けを認めるなど、怪盗ウォッカのプライドが許さない。



黒い機体が舞い上がる。

まず、ブラックニクスバーンの腰が180度回転する。

脚部が体育座りのように折り畳まれた。


次に、背中の折り畳まれた翼が開く。

翼はそのものがバーニアになっているらしく、翼の隙間からジェットが噴射される。


腕が前に折り畳まれ、最後に背中の鳥の頭のようなパーツが起き上がり、頭に被さる。

頭部を軸に回転し、鳥の頭が前を向き、変形が完了した。



ニクスバーン最大の必殺技・フェニックスストライク。

それを、オロチに叩きつけようと言うのだ。



「フェニックスストライィィィィィィクッッッ!!!!」



黒炎の火の鳥が、オロチに向けて飛翔する。

オロチは微動だにせず、その一撃を頭部で受け止めた。



「ぐぶっ………うううううう…………!!」



ドッペルゲンガーが悲鳴をあげ、怪盗ウォッカの口からは新たに血が吹き出る。

それでも彼女は猛攻をやめず、ダメ押しにブラックニクスバーンの機首からガトリングを形成し、ネバーランドでの戦いのように追撃を仕掛けた。


だが。



………ギゴオォォ!!



無駄だ。

そう言うようにオロチが唸ると、オロチが首を振るっただけで、ブラックニクスバーンは吹き飛ばされてしまった。



「がふあぁっ!?」



大技を跳ね返された反動と、身体にかけた負荷と、単純な衝撃。

その全てを味わう事となってしまった怪盗ウォッカであるが、飛びかけた意識を寸前で繋ぎ止め、空中で回転するブラックニクスバーンの機体を安定させる。



「まだ………だぁっ!!」



再び、オロチに向けて飛ぶブラックニクスバーン。

今度はガトリング砲を乱射する。

しかし、放たれた弾丸はまるで超合金に跳ね返されるがごとく、カキンカキンとオロチの体表に跳ね返る。


そして、オロチは賢かった。

二度も相手に突っ込まれるようなヘマはもうしない。



「う………ぐうっ!?」



またもや、ブラックニクスバーンを衝撃が襲う。

それが、オロチの長い尻尾で機体を叩き飛ばされたからという事を怪盗ウォッカが認識した時には、吹き飛ばされた先にある東京都庁が眼前に迫っていた。




………どがしゃあああああぁぁあっっ!!!!




ブラックニクスバーンは、東京都庁に機首から突っ込んだ。

機体が右のタワーに突き刺さり、変わりに吹き飛ばされたタワー上部が、勢いよく地面に落下し、粉砕された。



「うぐ………がふぁっ?!……がっ、げほっ………おげぇっ!!」



怪盗ウォッカもまた、限界に達していた。

その白い胸元は吐血により赤黒く染まり、仮面の奥から覗く表情は酷くやつれて見えた。


キャラに似合わないという自覚はあった。

文字通り命を燃やして戦った。

だが、オロチには届かなった。



「ぐっ………うっ………げふっ………」



喉に詰まる血が、怪盗ウォッカの口からいつもの軽口を飛ばさせる事を許さなかった。

ドッペルゲンガーが限界を迎えた事でブラックニクスバーンが消滅しつつある中、怪盗ウォッカはこちらに向けて口を開くオロチを見た。


その喉奥には紫色の禍々しい光が、人魂のように輝いている。

背中のヒダ状の機関が開き、戦闘で撒き散らされた大気中の魔力を吸い込み始めた。



何をする気かは、見ればわかる。

あの、おきの級艦隊を一掃し、つい先程も街と戦車を焼き払った魔力熱線を吐くつもりだ。


怪盗ウォッカ単体には、アズマのような特別な力はない。

ブラックニクスバーンも、ニクスバーンの性能と戦闘力をコピーした偽物に過ぎない。


あの炎に巻き込まれれば、待っているのは「終わり」のみ。



しかし、怪盗ウォッカは少々はしゃぎすぎた。

身体はボロボロ。

ブラックニクスバーンも崩壊。

頼みの綱のドッペルゲンガーも、弱々しくぼんやり点滅していた。


疑似装備展開TAKE UPにより形作っていた装備コスチュームもボロボロと崩れ落ちる中、怪盗ウォッカは最期を待つしかできなかった。



「(………まあ、泥棒の最後としゃあ、残当か………)」



結局、最後の最後で強者に敗れるという屈辱的な最期である事を自嘲しながら、怪盗ウォッカは静かに目を閉じる。

結局神には勝てず、スカーレットとの決着もつけられずに終わる事への、誰とも知らぬ誰かへの謝罪を胸に。

残念、怪盗ウォッカの冒険は、ここで終わってしまった………






………………






………はず、だった。






………………






「………?!」



直後の事である。

天空の彼方、空を遮る爆煙を切り裂き、巨大な光の塊がこの戦場に舞い降りた。

それは、ブラックニクスバーンとオロチの間を遮るように、強烈な衝撃波をもってオロチを吹き飛ばす。



ギゴオォォオオ?!



生まれてはじめてとなる、困惑の感情が混ざった咆哮と共に、熱線の放射を妨害されたオロチは後ずさる。

驚く怪盗ウォッカの前で、その光の塊は徐々にその姿を形作ってゆく。



………一言で言うなれば、それは身長100mの、巨大な女であった。


その抜群のラインを走らせる身体は、それが魔力の塊がである事を物語るように、赤い光がマグマのように渦巻いている。


手甲足甲、そして乳房と秘部を隠すかのように付けられた金属質のビキニアーマーのような装甲は、炎のように輝く純金のような質感だ。


同じく、金色に輝く烏天狗を思わせる仮面に包まれた頭からは、赤い髪が伸び、背中から伸びたストールか天女の羽衣を思わせる白い布のような機関と共に、風に靡いていた。



恐るべき魔王の前に立ち塞がったのは、時代遅れのファンタジーの産物たる、ビキニアーマーの巨人女勇者。

ギャグとしか思えないシチュエーションであるが、この戦いを見守る怪盗ウォッカは、それが酷く神々しく見えていた。



「(まったく遅いんだよスカーレット………いや、はみだしテイカーズ!!)」



当然だ。

そこに居るのが「彼等」だと、本能で察したから。



『今ならわかる』

『うん、今ならわかる』



魔力の中、スカーレットとアズマは一つに溶け合った。

思考と思考が混ざり合い、それが巨大な力となる。



『今ここに、私達のいる意味が!』

『今ここで、僕たちのやるべき事が!』



魔王を討つべく、人の知恵と勇気、そして二人の冒険者テイカーの歪で純粋な愛が生み出した、勇気あるもの。



『さあ………燃やすわよ!!』



後の世に「アルテバーン」の名で語られる、巨大な女勇者が、はみだしテイカーズ最後の戦いに挑む!!

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