第15話

新たなる姿へと進化を遂げた、魔王級生物オロチ・第三形態。

その、恐怖の魔王とも大怪獣の王とも取れる、そのおぞましい姿を日本国民の前に表したのと同時期に、それに対抗する為の手段もまた、GILDの元へと届けられた。



「炉心セット完了!」

「内部魔力、安定しています」



駿川原発の、原子炉のあった場所に設置されたのは、スティーヴンとブルースのお陰で手に入れる事が出来た、魔力炉心だ。


これは、ダンジョンで得た結晶化した魔力や、Dフォンによってモンスターから変換した魔力を内部で混ぜ合わせ、幾多もの化学反応や魔法によって強大な電力に変換する発電装置。

有害物質は出ず、周囲のダンジョン化に気をつけていれば問題はなく、この2030年の人類文明を支えるエネルギー源となっている大発明である。


日本にもあるにはある。

だが、せいぜい補助電力程度でしかないそれと違い、今ここに運ばれてきたのはマンハッタンレベルの超大都市メガロポリスの電力を賄うレベルの大型炉心。

その出力は原子炉をも余裕で上回り、人類文明が持つ中で最大のエネルギー出力を持つとされている。



「ニクスバーン、炉心上部にセット!」

「オーライ、オーライ」



吊り下げられたニクスバーンが、炉心上部に固定される。

ここから炉心を起動し魔力を放出させる事で、ニクスバーンがV3へと進化した際の状況を再現させるというワケだ。



「いよいよですなぁ!トクベ博士!」

「初の試みだ、上手くいくかどうか………」 



日本国内で、魔力を使ったここまでの規模の事をやるのはおそらく初。

興奮気味のキンノスケだが、表に出さないだけで内心ではトクベのように十分用心している。

防護ガラス越しであるが、事が事なだけに何が起きるかわからない。



プラン・ムラクモが着々と進行する一方、スズカとナガレも、プラン・ヤシオリを勧めていた。



「遺伝子凝固剤を搭載したミサイルを自衛隊に回す?」

「はい、生産速度とオロチの進化スピードから計算して、効果を出すには今の時点で打ち込むしかありません」



効果があるといっても、オロチを倒しきれるというワケではない。

良くて、じはらくの間進化を止めるぐらいだろう。


しかし、現在のプラントを最大稼働させても、オロチを倒しきれる量の遺伝子凝固剤を生産するには間に合わない。

時間稼ぎにしかならないとしても、やらない訳にはいかなかった。



「わかったわ………なんとか、政府の方に掛け合ってみるわ」

「はい、ありがとうございます」



エリート官僚サラブレッドのスズカであるが、ここまで好き勝手やって大丈夫なのだろうか。

今更ながらそんな不安が過るスズカであった。






………………






一人、スカーレットは待つ。

待機の為に与えられた自室。

何度も繰り返した思念送信実験で使ったヘッドギアが、ここにある。


これはトクベの理論を元に、ニクスバーンの操縦システムを応用してキンノスケが作り上げた、思念送信装置。

自分の思念を魔力に乗せて放ち、指定した相手に受信させる。

言ってみればテレパシー装置だ。



使用テトは成功した。

ニクスバーン………その中にいるアズマに対しても思念を送ることは可能、という事にはなっている。


しかし、実際これでどうにかなるのか?

本当にこれでアズマを助けられるのか?

様々な不安が、スカーレットの脳裏に渦巻く。



「………よしっ!」



そんな不安を取り除くように、スカーレットはスックと立ち上がる。

そして。


パァン!

ぷりんっと張った尻を、勢いよく叩く。

ずにゅん!

ぼいんっと実った乳房を、強く掴む。

ペチン!

最後に小麦色の頬を、両手で叩く。


そんな独特のやり方で、スカーレットは自分に気合を入れた。

そうだ、不安がっていても仕方がない。

結果がどうなろうと、今は全力で挑むしかないのだ。


それまでも、彼女はそうしてきた。

どんなに難関なダンジョンにも立ち向かい、その度に勝利してきた。

それは、今回だって変わらない。

ましてや、今回は愛する人アズマを助けられるかどうかがかかっているのだ。

迷っていても仕方がない。



「さあ………燃やすわよ!!」



不安はここに置き去りにして、スカーレットはこの一大作戦に挑む。

プラン・ムラクモ。

その開始時刻は、刻一刻と迫っていた。






………………






なんとか、危険区域の避難が完了したのは奇跡と言えるだろう。

だがオロチの進行方向、その目と鼻の先には未だに市民が取り残されている。


政府は緊急事態宣言をし、自衛隊の防衛出動を決定した。

愚かな一部の政治家も、自分達のすぐ近くにオロチが迫る状態で邪魔をする程、愚かではなかった。 



車を踏みつぶし、ビルを押し倒し進軍するオロチ。

そこに立ち塞がったのは、狭いビル街になんとか展開した、自衛隊の戦車部隊。



「オロチを目視で確認!」

「了解、攻撃準備!」



砲身をオロチに向け、砲弾を装填する。

戦車を駆る隊員達は皆、日本が戦争になって人殺しをするのは御免であるが、相手が平和を乱す巨大モンスターであるなら容赦はいらない。



「全車、撃て!!」



部隊を指揮する隊長の号令により、ズドドン!!と、大気を揺らして放たれる戦車砲。

大気を切り裂いて飛ぶそれは、進撃するオロチに次々と命中・爆発。



ギゴオォォ………!



本来なら一撃でビルを吹き飛ばす程の威力のある砲弾が何発も当たっているのに、オロチは鬱陶しそうに唸るだけで特に痛がる様子はない。

その黒く炭化した鉄のような体表も、これだけの爆発を浴びても傷一つついていない。



「バケモノめ………!」



ドラゴンスレイヤーでも傷つかない事を考えると当然たが、ここまで自分達は無力なのかと、戦車隊は思い知らされる。



「………えっ?」

「どうした?」

「哨戒中のヘリより報告!この空域に接近する所属不明の機影あり!」

「なんだと!?」



オロチで手がいっぱいなのにまだ何か来るのか。

と、頭を抱える戦車隊だったが、彼等とオロチがこの場に迫る「それ」の正体を知ったのは、この直後だった。



「フェザーミサイルッ!!」

ギゴオォォ!?



降り注ぐ、羽を模した無数のミサイル。

それはオロチの背中に全弾が命中し、花火のように爆発する。


一部の戦車隊は動画サイトで見た事がある為に、すぐに気づいた。

あれは、ニクスバーンの放つフェザーミサイル。

だがニクスバーンは、眼前にいるオロチに敗れ今は動けない状態にあるという。

なら、あれは一体。



「あれは………!!」



ヒィィンと空を切り飛来する、鋼鉄の翼。

その姿は、正しく今プラン・ムラクモによる復活の最中であるハズの、飛行形態フェニックスモードに変形したニクスバーンそのものであった。


………その、漆黒のカラーリングを覗いて。



「黒いニクスバーン!!」

「黒いニクスバーンだと?!ネバーランドに現れたヤツか!!」



そう、それは「ブラックニクスバーン」。

欺瞞と違法労働によって作られた偽りの夢の島・ネバーランドにおいてニクスバーンと戦い、それまで無敵であったニクスバーンに始めて泥をつけた、漆黒の翼。

して、そのパイロットは。



「なるほど君かぁ、スカーレットの彼氏クンを傷つけたのは」



スカーレット宿命の好敵手、怪盗ウォッカ。

胸に姿写しのモンスター・ドッペルゲンガーを寄生さすまわせた、現代のアルセーヌ・ルパン。


本来なら今頃日本を離れている予定だったが、ニクスバーンが眼前のオロチに敗れたと知り、滞在を伸ばす事に決めた。

理由は一つ、怨念返しである。



「君は知らないだろうが、スカーレットがアズマ君に向ける感情は強い………君のせいでスカーレットが精神を病んで、テイカーを引退してしまったらどう責任を取るつもりだい?」



ブラックニクスバーンがロボットモードに変形し、立ち塞がるようにオロチの前に降り立った。


ブラックニクスバーンの性能はニクスバーンと同等。

眼前のオロチは、前形態の状態でニクスバーンを完封した。

常識的に考えて勝ち目はない。



「私とスカーレットの邪魔をするのなら容赦はしない………たとえ魔王だろうが、神だろうがね」



けれども、怪盗ウォッカにはそんな事は関係ない。

元より、強大な相手に立ち向かうのは慣れている。

何より間接的に自分の獲物ライバルを、スカーレットを傷つけた時点で、たとえ勝てない相手であろうが、眼前のオロチは倒すべき敵なのだ。

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