第14話
『当地区は避難該当区域に指定されました、市民の皆様は誘導に従い速やかに……』
避難誘導が鳴り響く東京湾。
東京湾の美しい風景を台無しにする三席のイージス艦・おきの級艦隊にうんざりしていた港区の勝ち組OL・サラリーマン達は、また空気の読めない自衛隊が空気の読めない事をやりだしたと顔をしかめていた。
が、彼らはすぐに自分達が平和ボケしきった愚かな愚民である事と、今この場で何をするべきかに気付く事となった。
ズゥウン………
轟音と共に街中に落下してきたのは、つい先程まで物凄い勢いで海上を進撃していたシーギラスの生首。
地球最強の種たるドラゴンを一口で噛み砕き、絶命させたその大いなる姿は、数十キロ離れた陸地にいる東京都民からも、よく見えた。
身長は、ゆうに120m。
ドラゴンよりも遥かに巨大な体躯を持つそれは、既存の物理法則に当てはめるなら、1G下では直立はまず不可能である。
が、その異形は人類文明科学の認知力をあざ笑うように、海上にその半身を聳え立たせていた。
剥き出しの筋肉のようだった体表は、武者の鎧を彷彿とさせる重なり合った黒い鱗に。
ゴリラのような体型から一転し、腕よりも足が大きくなり、長い尻尾がバランスを取るようにうねっている。
頭一つ分伸びた首には、冠のような角が生えた、鬼か悪魔を彷彿とさせる禍々しい顔。
背中のヒダ状の機関のみ健在だが、胸部背面には更に四本の長い角が生えていた。
それは………地球人類のあらゆる常識を根本から否定するようなその姿形は、まさにこのモンスターが
ヒトの持つ知性では、私の事は分からんだろうと。
「これが………オロチなのか!?」
「最初の上陸よりでかくなってない!?」
「姿形もまるで違う………!」
その様を監視映像から見ていたGILDの一同も、その変わりっぷりを前に驚いていた。
予め巨大化する事を予測していたトクベとスズカは冷静そうであった。
が、オロチがその姿を別物レベルで変えてきた事に対してのみ、額に汗を垂らして驚いていた。
「大きさが変わった事は想定内だが………あの姿はまるで………」
今のオロチの姿は、ロックキングのような一般的なドラゴン類に親しい物のようにも見えた。
直立二足歩行の身体に、僅かに前に向いた手と、太く長い尻尾。
大昔の恐竜復元図のイグアナドンを彷彿とさせるその姿であるが、トクベにはドラゴン以外に、もう一つ浮かぶ存在があった。
それは。
「私達に併せて進化したのよ」
「何………?」
神妙な面持ちで、スズカが呟く。
他の家族と同じく政界に進んだ彼女であるが、トクベと同じサークルに居た事もあり、モンスター学への知識は明るい。
「魔力は僅かだけど、人間の持つ感情に影響されるわ………魔王級生物ならそこから人間の思考を読み取り、進化に応用させるのは容易いわ」
「なるほど………」
確かに、オロチが対峙している相手である日本人が本能的に強者と認識するのは、あの形だろう。
1999年以前の、アンゴルモア・ショックによる風評被害で衰退する前の日本のサブカル。
その、映画やテレビの中で次々と生み出された存在たる「怪獣」。
それが、日本人の心の中に「日本人の想像するある種の魔王像」として、強く染み付いている。
オロチは、そこに目をつけたのだ。
日本人が、無自覚に屈するであろう絶対的存在に。
「………それで「あの形」か」
日本人の想像する絶対的存在、怪獣。
その王とも言える存在となったオロチが、再び人類に牙を剥こうとしていた………。
………………
オロチが現れた。
しかも、日本の心臓部たる東京に上陸しようとしている。
それを許せばどうなるかはキタヤマにも想像できるし、なら自衛隊員としてやる事は一つ。
「ドラゴンスレイヤー、全砲門開け!」
「了解!ドラゴンスレイヤー、全艦発射準備!!」
おきの、きたはら、きりゅういんの三隻は、進撃するオロチの前に立ち塞がるように並ぶ。
相手は強大だが、この先を通すわけにはいかない。
「目標、前方・オロチ!」
「撃てーーーーッッ!!」
ズドォン!!
轟音と噴射と共に、オロチに向けられたMLRSから放たれるドラゴンスレイヤー。
これはモンスターに世界中が蹂躙された
回転しながら飛翔するそれは、先端の硬質装甲を活かしてマグナムの弾丸のように対象の表皮に食い込み、ある程度内部に侵入した時点で内部の特殊火薬を起爆させる仕組みだ。
実際、カナダに現れたというドラゴンに対して出血させて撤退に追い込むという実績を残しており、対オロチにおいて切れるカードは、これ以上無いだろう。
頼む、倒してくれ。
そんなキタヤマ達の願いを乗せた30発のドラゴンスレイヤーは、真っ直ぐ進むオロチに対して一斉に殺到。
次々と、その黒い表皮に突き刺さった。
ズドォン!!
ドゴォン!!
東京湾上に舞う、火薬の光。
かつての大戦以来となる日本の海上戦闘であるが、さらに驚くべき事があった。
それは。
「ドラゴンスレイヤー、全弾命中!しかし目視による損傷、確認できません!!」
「ドラゴンスレイヤーでも死なないのか!?」
ドラゴンスレイヤーを一身に浴び続けるオロチであるが、その身体には傷一つついていない。
それ所か、まるで痛みすら感じていないかのように、爆発を受けながら悠々と進んでいる。
その様に、キタヤマは見覚えがあった。
小さい頃夢中になった特撮怪獣映画の一幕。
街に迫る大怪獣を食い止めるべく戦う防衛軍だが、戦車の砲弾も、ミサイルも、パラボラアンテナのビーム砲も何のダメージも与えられない。
これは現実の光景であり、爆発も映画で見たそれより迫力がある。
しかし、人類の叡智の結晶たるドラゴンスレイヤーを受けても死なないオロチの姿は、まさに特撮映画の怪獣そのものだ。
人類の無力さを嘲笑い、圧倒的な暴力で全てを粉砕する、日本人の心の奥底に眠る恐怖、荒ぶる神。
………ギゴォォオン
爆発を浴びながら、オロチの背中のヒダが開く。
大気中の魔力が湯水のように吸い込まれ、オロチの体内で渦巻く。
「周囲の魔力濃度、急速低下!」
「何!?」
それは、大気中の魔力を補助エネルギーとしている魔力砲を積んだ、おきののブリッジにも伝わった。
補助エネルギー無しでも撃てない事はないのだが、重要なのはそれではない。
大気中の魔力を吸い込むオロチ。
それが何を意味するかは、ドラゴンスレイヤーを浴びながら口の奥を怪しく光らせたオロチ自身が、物語っていた。
「か、回避急げぇぇ!!」
叫ぶキタヤマ。
キタヤマは決して無能ではないが、今回はいかんせん相手が悪かった。
それまで誰も交戦した事もなければ、マニュアルもデータもない魔王級生物相手に、何が読めるというのだ。
………ごばぁっ!!
オロチが、口から紫色の熱線を吐き出した。
鎌倉で放った、拡散する火炎放射のような物だったそれは圧縮され、死の光を放つ紫の破壊の柱となり、おきの級を襲った。
ずどぉぉっ!!
まずは、一隻。
一番艦おきのが貫かれ、爆発する。
そこから熱線の放射は続き、すぐ薙ぎ払うようにきたはら、きりゅういんに襲いかかった。
ずどぉおお!!
どごぉおおん!!
通算5秒ほどの熱線の放射により、日本の威信をかけて建造された三隻のイージス艦は爆発炎上。
海の藻屑となり、300m近くの爆炎を東京湾に立ち上がらせる。
「うわあ!来た!!」
「逃げろぉ!!」
「きゃああ!!」
当然、これはフィクションの演出ではないのだから、爆発によって散らばった艦の残骸は飛び散り、未だ避難民の残る東京に降り注いだ。
おしゃれなカフェも、高級ブティックも、限られたエリートのみが通う小綺麗なオフィスも、艦の破片は平等に降り注ぎ、破壊した。
当然死者もそれなりに出たが、東京湾よりそれ以上の破壊と殺戮たるオロチが、今まさに上陸しようと向かってきている。
東京湾で炎上する三隻の艦から立ち上がる黒煙が、太陽光を遮り、東京に影を落とす。
その、特殊合金の焼ける炎と、火薬と魔力炉心に引火した事による硝煙バッグに悠々と進むオロチの姿は、まさに魔王と呼ぶ他ない。
前世紀末に先送りされた人類滅亡の予言は、まさしく当たっていた。
恐怖の大王、オロチは今まさに人類に審判を下しに現れた。
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