第12話

ゴウン、ゴウン、ゴウン。


音を立てて薬品を生産するこのプラントは、米雨コンツェルンの保有する薬物生産プラント。その一つ。

老朽化の問題で、次の仕事を終えたら解体を始めるつもりだったが、それがまさかオロチを倒す為のプラン・ヤシオリになるとは。


恐るべき魔王級モンスターから世界を救う。

その為に役立てるなら、生産プラント冥利に尽きると、ナガレも考えていた。



「完全な生産完了にはどれぐらいかかる?」

『そちらの発注通りだと二週間といった所だな』



一度本社に戻ったナガレは、通信でブルースに薬の製造状況を報告していた。


相手は超巨大モンスター・オロチ。

それに細胞が薬に対応する早さ、そしてトクベが示唆した、再上陸の際にさらに強大な姿に変異しているという可能性を考えると、ドラゴンに投与する睡眠薬のような量では到底足りない。


故に、増産には時間がかかる。

マスコミに感づかれて横槍を入れられないように動かせたプラントが、一つだったのが原因だが、背に腹は変えられない。

それにナガレや米雨コンツェルンに対しても、一民間企業にしてはかなり無茶をさせている。



「すまない………」

『いいさ、世界を救う為だろう?』



それでも付き合ってくれる辺り、その暗殺者か復讐鬼のような外見はともかく、ナガレはかなりの善人なのだろう。

ブルースは、いくら感謝してもし切れなかった。



「にししししっ!!まさかこんなすごい魔力炉心を扱えるたぁ、技術者冥利に尽きるってもんよ!!」



一方こちらでは、キンノスケがスティーヴンから渡された魔力炉心の資料を前に、興奮を隠せずにいた。

日本ではまず動かせないような、都市の発電を賄う為の炉心だ。

キンノスケの技術屋の血が騒いでいる。



「ボス、解ってると思いますけどパーツ取っちゃダメですからね」

「取るわけねーだろ!流石の俺でもそこまでイカれちゃいねー!」



一応、イカれているという自覚はあるのか。

と、ジローが脳内でツッコミを入れている。

するとふと、施設の外が何や騒がしい事に気付いた。



「なんだろう………あっ!」



部屋のカーテンから外を覗いたジローは、その眼前に広がる光景に唖然とした。



「税金の無駄遣いかまた!!」

「原発を動かすなんて!!」

「危険だって解らないのか?!」

「政府は何を隠してるんだ!!」



駿川原発周辺を埋め尽くす人、人、人………。

警備の隊員が怖いのか、敷地内にこそ入ってこないものの、「政府は隠し事をするな」「原発稼働はやめろ」等が書かれたプラカードを掲げて罵詈雑言をこちらに飛ばしている。

目に見えて解る、デモ隊だ。


どこから情報が漏れたかは解らないが、GILD………彼等から見た、官僚の私兵集団が原発跡で何かをしているという事は、市民感情からすれば我慢できる事ではない。

ましてや、オロチという未知のモンスターの危機に晒されているのであれば、余計に「吐き出し先」を求めるものだ。



「オロチに逆らってはなりません!あれは我々人類への裁きなのです!」

「やれダンジョンだのテイカー等にかまけてるから、地球が怒ってるんだ!」

「そうだ!人間は今まで自然を弄び続けた、その報いを受ける時が来たんだ!」

「オロチは神なんだ!人間は神に勝てないって、わかれ!!」



どうやら逮捕を免れたグリーンガードの残党も合流しているらしく、見覚えのあるTシャツを着て、お決まりの人類滅べ論をぶつけている者もちらほら。


ジローはうんざりしながら、カーテンを閉めた。

「見なきゃよかった」と顔に書いてあった。



「………俺達、嫌われてるんですね」

「そりゃそうさ、官僚の一族の私兵集団なんて、日本人からすれば目の前で煽られてるような物さ」



己の立場を皮肉るように、キンノスケと一緒に魔力炉心の資料を眺めていたトクベが笑う。

オロチと戦う為に頑張っているのに、何故ここまで言われなくてはならないのかと。


はっきり言って疲れている。

何か癒しが欲しい。

トクベがそんな事を考えていると、ある人物が浮かぶ。



「………そういや、スカーレットさんは?」

「ああ、あの乳でかねーちゃんならシャワー浴びに言ったぞ、なんか匂うって」

「さいですか」



チームの仲間を目の保養にしようと、一時でも考えてしまった自分を、トクベは恥じた。

そして晩飯のカップラーメンでも食べようと、差し入れとして渡された買い物袋に手を伸ばした。






………………






シャアアア、と、流れ落ちる温水。

仮設として儲けられた災害時に使う携帯シャワールームは、お世辞にも快適とは言えなかった。

それでも、贅沢が言えないという事はスカーレットにも解る。



「………ふぅ」



それにスカーレットは、こういった体験は何も初めてではない。

ダンジョンの中で寝泊まりするようになった時は、こういった形でシャワーを浴びるのは常だ。


温水が褐色の肌を叩き、液体の優しい衝撃と温度が、彼女の身体に染み付いた体臭と疲れを洗い流す。



………スカーレットが呼ばれたのは、彼女もまたプラン・ムラクモに必要な要素の一つだからだ。


先も説明した通り、プラン・ムラクモは膨大な魔力の渦にニクスバーンを沈める計画であるが、その際に内部に取り残されたアズマが、魔力の中に溶けてしまう危険性がある。


そこで、スカーレットの存在が重要になる。


試しに結晶化したニクスバーンにスカーレットを近づけた所、内部のアズマの反応が強くなるという結果が出た。

これを利用し、ニクスバーンを魔力の渦に漬けている間、スカーレットがアズマに対して呼び掛け続ける事で、アズマが魔力に溶けないようにする。


これが、トクベが考えた作戦の一つである。



「アズマくん………やっぱり、私の事好きなんじゃん………」



同時に、これはアズマがスカーレットに対して強い感情を向けている事の証拠。

自分とアズマが両思いだという事を考えると、スカーレットは笑みを浮かべてしまう。



「はは………未成年とエッチしてる時点で何だけど、改めて気持ち悪いわね、私………」



自嘲しつつ、視線を下に向けた。

すると当然だが、シャワーの温水で濡れた自身の乳房が目に入る。


バストサイズは95。

そのおっぱいでテイカーは無理でしょ等、様々な形で揶揄され、自分がザ・ブレイブを抜ける原因にもなった駄肉。

同時に、自分のチャンネルやファン人気を伸ばす為に一躍買ってくれたよき商売道具。


と、同時に。



「アズマくん………おっぱい、好きなんだよねぇ」



身体を重ねる時、アズマは必ず彼女の乳房を好んだ。

そりゃ、大きな胸に欲情する男なんて珍しくないが、アズマの場合は性欲の他に、まるで甘えているような感情が感じられた。


乳首をねぶる時は、それこそ母親に授乳してもらう赤子のように安らいでいるような表情を見せていた。

情事が終わると、必ず乳房に顔を埋め、やがてすうすうと寝息を立てて眠りはじめた。


普通のアメリカ人の感覚なら「甘ったれるな!」「マザコンキモい!」と突き放すべきなのだろう。

しかし、スカーレットはアズマが赤子のように自分に甘えてくれる事に、母性愛と肉欲の両方から悦びを感じていた。


同時に、自分はきっと「ダメンズ」とやらに引っ掛かって苦労するタイプの女だなとも思えた。

そうならない為には、今のうちに一緒にテイカーで食べていけているアズマを捕まえておく必要がある。

そして、この先アズマと一緒にいるには………。



「………待っててアズマくん、必ず貴方を助け出すわ………そして、いっぱい甘えさせてあげる………」



乳頭を啄む稚拙で愛らしい感触を思い出しながら決意を新たにするスカーレット。

彼女自身も、やけに締まらない決意だなという自覚は、一応あった。

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