第11話

所は変わり、ここは東京の一等地。

限られた金持ちか上級国民のみが住む事を許される、日本のビバリーヒルズとでも言うべきその場所………それでも本家ビバリーヒルズと比べるとかなり貧相………に、場違いな一般家庭の家族が一組やってきた。



「本当にありがとう、小春ちゃん」

「ふふふ、お気になさらずに、お姉様」



ここは、漫画家・浦沢小春ウラサワ・コハルが、その漫画の印税で建てた家。

この一家を招いたのは、他でもないコハル自身なのだ。



「お姉様が困っているなら、私はいつだってお助けいたしますわ………それ位の事を、してもらったのですから」



この一家の母親とコハルの関係。

それは、彼女達もまた一組の家族という事。

何を隠そうこの母親は、コハルの実の姉なのである。


彼女達一家は鎌倉に住んでいたが、そこにオロチが上陸。

住んでいたマンションを破壊され、途方に暮れていた所にコハルから「ウチに来ませんか?」と助け船を出された。


が、コハルが姉一家を助けようとした理由は、単なる姉妹愛の類いが理由ではない。

それは、この姉妹の過去に由来する。



知っての通りコハルは、「魔狩りの夜が来る」で知られる超売れっ子の漫画家だ。

だが、彼女が漫画家になるまでの道のりは険しい物だった。


元々、漫画家になるという夢は小さい頃からあった。

しかし、彼女の夢は両親には理解できなかった。


元々両親は、普通に過ごして普通に結婚した、今の時代では勝ち組とされる夫婦。

しかし、恵まれた環境が故にそれが「普通」だと認識してしまっており、自分達のように結婚の幸せを目指さないコハルを、幸せを捨てて危険な道を行こうとしていると捉えてしまったのだ。


彼等の名誉の為に言っておくが、コハルの両親は毒親という訳ではない。

ただ人間という生き物は経験しない事は知らないが故に、知らない生き方をしようとするコハルに対して親心が働いたのだろう。


しかし当時気の弱かったコハルは、今ならできるような反論もできず、夢を諦めかけた。

だが、そんなコハルにも味方はいた。

それが姉である。


彼女の励ましやサポートの中、コハルは少年ジャック新人賞を勝ち取り、その直後に「マガリ」の連載がスタート。

その名を日本中………所ではなく世界中に轟かせた。

今までジャック原作アニメがネットの民から嫌われていた所を、逆の印象に染め上げたと言えば、その凄まじさが解るだろう。

その結果が、印税で建てたこの御殿である。


あの時彼女がコハルの夢を後押ししてくれなければ、それも無かった。

コハル個人にしても、自分の夢の手助けをしてくれた姉は恩人であり、危機に陥れば迷わず助ける。

それだけ、この姉妹の絆は硬い。



「コハルちゃま、コハルちゃま」



そんなコハルの袖を、ぐいぐいと引っ張る幼子が一人。

ゴスロリ服に身を包んだ彼女は、姉の娘。

つまりコハルからしたら、姪に当たる少女………否、幼女である。

コハルの影響をかなり受けており、彼女の真似をしてお嬢様言葉を話したり、ゴスロリ服を着たりするおませさんだ。



「どうしましたの?」

「あれ、あれ」



姪が指差すのは、ニュースを報道しているテレビ画面。

いかんせん今は非常事態であるが故に、普段はテレビをつけないコハルも珍しく、そして久々にテレビをつけていた。



『逃亡したオロチについては今も捜索中であり、現在海上自衛隊による警戒が続いており………』



あの時鎌倉の海に消えたオロチを、海上自衛隊が探索しているらしい。

さらには上陸に備えて、駐屯地付近の海に防衛線が張られている。


普段は式典ぐらいでしか見られない何隻もの戦艦・巡洋艦が並ぶ様は圧巻だが、現実の出来事が故に興奮はできない。



「………モンスター、きますの?」



不安そうに訪ねる姪からしても、それはよく解る。

昔によくやっていたという怪獣映画と違い、オロチはスクリーンの中のスターではなく、現実に人類を脅かす驚異だ。

実際に家を壊された彼女達であれば、尚更だ。


ニュースを見て、またオロチが上陸するのでは?と怯えるのも、仕方がない。



「違いますわ、あれは「モンスターが来ないように頑張ろう」という話をしてますの」

「ふうん………」



そして安心させるように、コハルは言い聞かせる。

画面の中に映る海上自衛隊を初めとする人々は、オロチが来ないように………もっと言えば、来たとしても迎え撃てるように頑張っているのだ。

それもこれも、銃後にいるコハルや姪、姉夫婦を含めた人々を守る為に。



「………ニクスバーンは?」

「えっ?」

「ニクスバーンは、きてくれますの?」



その名を聞いた瞬間、コハルはあの時の八尺坂での出来事を思い出す。

そう、アズマとスカーレットのはみだしテイカーズ。

取材に協力してくれた二人のお陰で、「マガリ」の次に予定している新作の構想に十分役立つ「ネタ」を得る事ができた。


後から知ったが、はみだしテイカーズは今高校~小学校高学年の子供達の間で人気を集めていた。


大人やネットの陰険な連中は苦い顔をしたが、昭和のように禁止令を出して無理矢理縛り付けるような事も今はできない。

ネットの陰険連中に関しては「大人の言う事なんざ知らん!」とシャットアウトを決め込んだ為、はみだしテイカーズは子供達のヒーローであり続けた。


………いくら親が苦い顔をしネット住民がキレ散らかそうと、YouTuberが今の子供達の話題の中心になる現象。

アレに近いか。



「ともだちがいってましたの、ニクスバーンが、きっとあのわるいモンスターをやっつけてくれますの」



そして、ニクスバーンもまた子供達の話題の中心にいた。

はみだしテイカーズはアズマがあれを動かしているという事実は伏せていたし、アズマも自分があれのパイロットをしている事は、動画やSNS上では否定していた。


だが、アズマがニクスバーンのパイロットだという事は噂として広がっていた。

四六時中ネットに張り付いているような連中の間では、既にはみだしテイカーズが巨大ロボを保有しているという事は周知の事実であった。


コハルも、彼等が巨大ロボ・ニクスバーンという、一個人が持つには過ぎた戦力を持っている事はあらかじめ知っていた。



「ニクスバーンは………」



そして、あの時ニクスバーンがオロチに敗れてしまったという事も。


件の震災やパンデミックの時と違って、今回は運が良かったらしく、動画サイトや各種ニュースサイトには政府による箝口令が敷かれた。

今回の騒動に対するあれこれを、テレビで流れるニュース以上に子供達が知る事はない。


しかし、そこまでしても情報は漏れるもの。

コハルがネットで見た、事件に居合わせた市民がネットに流したという、破壊されて結晶に包まれたニクスバーンの画像。

結晶が意味する所はコハルには解らなかったが、ニクスバーンがボロボロに破壊されている様が何を意味しているかは解る。



「………ニクスバーンは………」



仮に復活できたとしても、オロチに勝てる保証は無に等しい。

そもそも、ニクスバーンが立ち上がる事は二度とないかも知れない。


でも。

それでも。



「………ええ、きっと来てくれますわ」

「ほんとう?」

「ええ、私が保証しますわ」



コハルもまた信じていた。

アズマとスカーレットは不死鳥のように甦り、あのオロチに見事リベンジを果たしてくれると。

コハルも、共に戦う中で生まれた、彼等はみだしテイカーズのファンの一人だったから。

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