第9話

「らしくないわね、スカーレット」

「っ!?」



部屋で一人泣くスカーレットに投げ掛けられたのは、懐かしい声。

本来ならアメリカにいるハズの、師の声だ。


見上げると、そこに居たのは派手な女性向けファッションに身を包んだ、ハワイアン特有の褐色肌の男。

胸元の大きく開いたシャツに、長い足を魅力的に見せる黒いズボン。

赤いアイシャドウに口紅。


エルロード・パルサ。

現サヘランドロス社代表取締役社長であり、スカーレットにテイカーとしてのイロハを叩き込んだ偉大な師。

そしてこの場にいないアズマは、彼の孫弟子に当たる。



「お姉ちゃん………どうして?」

「安心しなさい、面会許可は取ってあるわ」

「そうじゃなくて………!」

「ふふん」



相も変わらず自信家なパルサは、ニッコリと得意気に笑って見せる。

この部屋を覆うジメジメした雰囲気を、消し飛ばそうとするように。



「ヘコんでる弟子のケツを叩きにきた、って所かしら?」



それがパルサなりの激励である事は、スカーレットにも解る。

しかし、今のスカーレットには、とてもパルサに答える事はできなかった。



「………ごめんお姉ちゃん、私、上手く立ち上がれない」



パルサから見ても、今の彼女が見知ったスカーレット・ヘカテリーナだとは思えなかった。

肌に艶はなく、髪も手入れしていないのかボサボサであり、泣き明かしたが故に目の下は晴れて見えた。

これでは、まるでゴス趣味のメンヘラ女である。



「………アズマくんにね、私「行ってこい」って言っちゃったのよ………!?」



アズマの喪失は、スカーレットにそこまでの変化をもたらすには十分である。

ましてや、自分の判断のせいでその結末を手繰り寄せてしまったのであれば、尚更だ。



「その結果がこれよ!私が殺したような物じゃない!?守るって言っておきながら、それなのに………それなのにィッ………!!」



再び、スカーレットは踞って嗚咽を漏らし始めた。

………もし、これが凡庸なロボットアニメだとしたら、パルサが取るべき行動は平手打で目を覚まさせる所謂「修正」だろう。

甘ったれるな、お前も戦士なら戦えと説教する事だろう。



「………まるで、アズマくんが死んだような言い草ね」

「だってそうでしょう?!あんな………!」



この物語はたしかにロボット物としての側面も持つが、基本的には現代ファンタジーである。

故に、パルサの取るべき行動は、体育会系染みた修正ではない。



「生きてるわよ」

「………え?」



誤解から泣きわめくスカーレットに、本当の事を教えるだけだ。



「………お姉ちゃん、冗談なら笑えないよ」

「冗談?私がこんな時ふざけた事を言う人間だと思うのかしら?」



パルサに師事したスカーレットだから解る。

エルロード・パルサは、確かに冗談のような見た目や言動をしているが、こういう時に下らない冗談を言うような人間ではない。

つまり。



「アズマくんは………生きてる………!?」



スカーレットの瞳に、僅かに光が戻る。

やはり食いついた。

パルサは直感で感じた。



「知りたくない?あなたの愛弟子を救う方法を」

「………ッ!」



ついに、スカーレットは立ち上がった。

パルサの予想通り、スカーレットの刃はまだ折れていなかった。






………………






拘束されていたスカーレットではあるが、この後パルサと共にホテルから出る事ができた。

曰く、スカーレットもまたニクスバーンと同じく、あの巨大モンスターを倒す作戦に必要なのだという。


作戦の重要アイテム扱いというのは、あれだけテイカーを毛嫌いしているハズの日本に利用されているようで気が引けた。

が、アズマを救うためと考えれば、スカーレットからすれば些細な事だ。



「どこに向かってるのよ?」

「もう少しよ」



パルサの乗るオープンカーの後を、バルチャー号でついてゆくスカーレット。

巨大モンスターに蹂躙された鎌倉の街を後にして、かつてのバブル期に政治家が権威を主張するピラミッドがごとく建てた、人気のない高速道路を走る二台。


いつものように、しがみつくアズマがいない事にスカーレットが虚しさを感じていると。



「見えてきたわよ」

「あれは………!」



パルサの一声を聞いて顔を上げたスカーレットは、海に面した場所に立つ巨大な建造物を見つけた。

その白い柱のような建物は、スカーレットにも見覚えがある。

当然だ。

それはアメリカにもあるし、魔力発電の技術が確立するまでは、最も力のある発電手段として知られていたのだから。



「原発じゃない!!」

「そ、当然動いていないし、炉心も取っ払われてるけどね」



そう、原子力発電所だ。

日本では2011年に起きた震災以降世間から一切の権利が失われ、電力会社一つを潰し、幹部や創業者の家族が闇の仕事人により皆殺しにされるレベルの社会悪として貶められた、あの原発だ。


そして完全廃止を望む市民の声の為にその全てが停止・解体された

だがその結果、日本は慢性的な電力不足に陥ってしまい、他国に習って魔力発電へと以降。

かといって国民の反ダンジョン・反テイカー感情が故に、発電できるだけの魔力が集まるわけもなく、前も言った通り他国からわざわざ発電の為の魔力を買っているのだから笑えない。


………まあ、そもそものそもそもの問題である日本国民の本能レベルで根付いた原子力への反感・不信感は、パルサやスカーレットの祖国たるアメリカが落とした原爆が原因なのだが、今はそれについて語るのはやめよう。



その原発、とっくに発電に必要な重要な炉心が取っ払われ、後は関連機器や重要資料を処分して、施設そのものの解体を待つだけであった「駿川原発しゅんかわげんぱつ」。

炉心が取り払われたばかりだったのは、ある意味では幸運だった。


なんせ、これからパルサ………を含めた「彼女達」がやろうとしている事には、この施設の設備が必要になるのだから。



「ついてきて」

「え、ええ………」



それぞれの交通手段を駐車場に駐め、パルサに続いて駿川原発の施設に入ってゆくスカーレット。


その周りには、おそらく政府の物と思われる作業着を着た人々が行き来しており、さながら昔のSF映画で見る秘密基地のようであった。

おまけに、あの時鎌倉から運び出された結晶化したニクスバーンと、巨大モンスターに噛み砕かれた片腕が運び込まれているのを見えた。


パルサ、そして彼女を動かしているであろうその仲間達、もっと言うとその上にいる日本政府は、何をするつもりなのだろうか。

疑念が浮かぶ中、スカーレットはパルサの後をついて、発電所の施設内………制御ルームへ続く道を歩いてゆく。


そして、制御ルームの扉が開くと、そこには。



「おお!やはり来たか乳でかねーちゃん!」

「あ、あなた達………!」



驚き、声を上げるスカーレット。

なんせそこに居たのは、アズマと過ごした二ヶ月の旅で出合った、懐かしい人々だったから。



ニクスバーンの誕生に関わった、船根金之助フネ・キンノスケ幕井目次郎マクイメ・ジローといったゴールド重工の面々。

米雨コンツェルンの代表取締役にして、共にグリーンガードのゾンビ軍団との戦い、そして競走馬ブーケトスの願いを受け取った米雨流ヨネザメ・ナガレ



「元気そう………とは言えないが、久しぶりだね」

「社長!それにキャップまで!」



そしてスカーレットの元所属であるザ・ブレイブのリーダーである、スティーヴン・クラーク。

それを抱えるアイアンステーク社社長、トニー・ブルース。


まさにオールスター集結。

旅立ちから今に至るまで、スカーレットの旅に関わってきた人々が、そこに居た。

………の、だが。



「………あら?」



そこに一人だけ、見慣れない男がいた。

白衣姿の彼だけ、どれだけスカーレットが頭を捻っても記憶の中に出てこない。



「あの………貴方とはどこで合ったんでしたっけ?」

「………心配しなくても初対面ですよ、モンスター生態学者の徳部修一トクベ・シュウイチです」

「あっ、これは失礼」



新顔は、バツの悪そうに名刺を渡すトクベだけではない。

スカーレットの到着を見て、彼等の代表である彼女が前に出た。



「はじめましてスカーレット・ヘカテリーナ、私は内閣安全保障室の鳴無鈴鹿オトナシ・スズカです」



ここに彼等を集めたのは、他でもないスズカだ。

スカーレットの到着によってようやく揃ったこの烏合の衆こそ、あの巨大モンスターという危機に晒された日本の、最後の希望あがきたる私兵達勇者パーティー

その名も。



「そして………ようこそ、GILDギルドへ」

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