第8話
あれから、二日が過ぎた。
『よって羽田空港は全便が欠航中………』
『東京証券取引所は通常通り取引を行い、特別な事は計画していないと発表しました』
謎の巨大モンスターの襲撃と、ニクスバーンの敗北。
そして鎌倉の街が壊滅的被害を受けようと、会社員はいつものように仕事に向かい、学生は学校へゆく。
『各国首脳から哀悼の意と支援の表明が届いています』
『アメリカ、フランスを始めとする各国の学術的調査団が成田空港や関西空港に降り立ち、現地へ向かいました』
この程度で日本の経済が止まる事がないのは、先の震災時に起きた自粛による経済停滞による物が大きいだろう。
もっとも、止まろうが動こうが、経済がどちらかというとあまり回らないのは相変わらずだが。
『アナウンサー昨日の巨大不明生物上陸による死者行方不明者は100人を超え、今後も更に増えると見込まれています』
『現在、沖野防災担当大臣を団長とした政府視察団が派遣されており、直接被害状況の確認を行っており………』
何が起きようと、車輪のように国も時間も回る。
国内で珍しいダンジョンやモンスターの研究を行っている学者である徳部だが、今のところ政府やその他機関からの連絡は、来ていない。
どうやらお偉いさん達は、意地でも国内のダンジョン学を進歩させるつもりはないようだ。
その証拠に、わざわざ海外の学者を調査に呼んでいる。
「はぁ………」
最新型電子煙草の甘い副流煙の香りが、部屋に広がり、開いた窓から消えて行く。
今の時代、屋内で煙草を吸う事は糾弾されるべき悪徳であり、害のある煙が一切発生しないこれですら、「エチケット」「常識」の名の元に叩き潰される。
だが今のトクベからすれば、煙草でも吸わないとやってられなかった。
目に見える結果を出さなければ研究室を解体すると、書類に書いてあったからだ。
とはいえ、目先の利益や事象に囚われている今の偉い人達はチャンスすらくれない。
彼等が、自分に対して「たのむからそのまま我々の見えない所でくたばってくれ」と言っているのは、今回の件とこれまでのあれこれでよく解った。
ここまでされれば、もう何もしたくなくなる。
ならお望み通り、このまま研究室を潰してしまおうかとさえも思えた。
その後は、どうせ今のご時世全うには生きられないだろうし、世間への怨返しにでかい駅で飛び込み自殺でもしてやろうかとも。
ただ、あの日見つけた謎の卵の欠片と、あの巨大モンスターの謎を研究できなかったのが心残りか。
トクベがそう考えながら、電子煙草をもう一度吸おうとしたその時。
………~♪
突如
昔の大学時代の友人達用に設定した「お面ライダーリヴァイズ」のオープニングテーマが流れ、トクベは電話の主を見ずに電話に出た。
同窓会のお知らせだろうか?と思いながら電話に出る。
「もしもし?」
『卒業式以来ですね「スペ」先輩』
二度と聞くハズの無かった声に、トクベは驚き目を見開く。
同時に、政治の世界にいる「彼女」がこのタイミングで電話をかけてきたというのは、やはりそういう事なのだろう。
耳に当てられた携帯の画面にははっきりと「
トクベの、大学時代の後輩である彼女の名が。
………………
所は変わって、巨大モンスターの襲撃を受けた鎌倉市。
ここでは、自衛隊や市の雇った業者による復興作業が進んでいた。
「これで最後か?」
「ええ」
瓦礫とは別のトラックに乗せられて運ばれてゆくのは、あの時巨大モンスターに吐き捨てられたニクスバーンの片腕。
結晶に包まれて機能停止に追い込まれたニクスバーンの姿は、既にここにはない。
自衛隊によってある場所に運ばれたのだ。
復興作業の邪魔になるというのは勿論だが、聞いた話では「ある目的」の為に使われるとの事。
「まさか、ニクスバーンが負けるなんてな………」
「それにあのモンスター、まだ生きてるんでしょ?やばいんじゃ………」
「バカ言え、ダンジョンやモンスターに見て見ぬフリする日本が、対策なんざ考えるかよ」
運ばれてゆくニクスバーンの腕を前に、二人の自衛官はぼやいた。
日本を守る事が仕事である彼等が、言ってはいけない台詞ではある。
たしかに国民に関しては守らねばと思えたが、左巻きの団体に染められて、平和の名の元に長らく自分達を迫害し続けた政治家や政府に関しては、既に愛想は尽きていた。
今回もまた無駄な会議と、声のでかい愚民のストレスの捌け口を探す為の頓珍漢な政策ばかりで、まともな対策を取らない事は予想できたから。
………………
その頃スカーレット・ヘカテリーナが、鎌倉市のとあるホテルの一室でじっとしていたのは、宿泊の為ではない。
一つは、政府から拘束された為。
ニクスバーンが自衛隊に回収された際、スカーレットもまた身柄を拘束された。
詳しい理由は解らなかったが、スカーレットにも大体の察しはつく。
今までは、ニクスバーンが誰が操縦しているかは「一応の秘密」であり、その戦いに関わった人々も暗黙の了解で黙ってくれていた。
スカーレットも、対ドラゴン用の巨大ミサイルをテイカーが個人所有する前例を知っていた為、ニクスバーンもあくまで「テイカーの装備」として押し通せるのでは?と思っていたが、日本は甘くなかった。
「………アズマくん」
もう一つは、単純に動く気になれない程に精神が疲弊していたから。
あの傷ついて結晶化したニクスバーンの周囲に、アズマの姿はなかった。
まだ結論が出てはいないものの、それが何を意味するか、スカーレットには大体の察しはつく。
「………ねえ、答えてよ」
呼び掛けるも、答えは帰ってこない。
当然だ、そこにアズマは居ないのだから。
「………ほんと、何時まで経っても人間ってバカよねぇ………」
自嘲するスカーレット。
暗い独り言を呟く様には、いつもの活発なお色気お姉さんの面影はない。
まるで、精神を病んだかのようにも見える。
「………大事な物ほど、失ってから気づくのよ………もう、手に入らないって知ってから………」
考えないようにしようとも、アズマの事が頭から離れない。
こんな事は、ジュニアハイスクール時代の初恋が散った時以来だ。
一緒に冒険した事による吊り橋効果や、身体を重ねたが故の錯覚とも思っていたが、両方ともただの理論上の仮説に過ぎなかった事を、スカーレットは思い知った。
そして、あの時自分のした「行ってこい」という判断に対して、深い深い後悔と罪悪感が、津波となってスカーレットの精神を飲み込む。
「………私、アズマくんの事好きだったんだ………」
世間の常識からすれば悪徳かつ非常識な感情が故に、スカーレットはずっと目を背けていた。
そこにあったのは、教え子に対する情や、子供に対する母性愛もであるが、その一番の割合を占めていたのは紛れもない「愛」であった。
それまでも、そうでないかとも感じた事はあった。
しかし、相手が15にもならぬ未成年であり、スカーレットから見れば「お子ちゃま」であると結論付けて、本当の想いを見ないようにしていた。
「………アズマくん………」
その結果が、これだ。
これで自分の想いを伝えるチャンスは、永遠に失われてしまった。
これからスカーレットは、アズマのいない世界を生きていかなくてはならないのだ。
彼との思い出という、記憶を支えにしながら。
「会いたい………会いたいよ、アズマくん………」
まるで、昔の日本製ラブソングのような、湿気た台詞を吐くスカーレット。
いくら呼べど、答える彼はいない。
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