第7話

「フェニックス………ストライクッッッ!!!」



その様。

ニクスバーンが燃える炎のオーラに包まれたその姿は、まさしく数多くの物語において語られる不滅の象徴。

モンスターの跋扈する現代においてもなお、人々の空想の世界にのみ存在し、伝説の存在として君臨する火の鳥・フェニックスそのものである。


何がなんでも、こいつを倒す。

雲を切り裂き、高度から巨大モンスター向けて迫るニクスバーンには、アズマの全身全霊を込めた殺意すら感じられた。



………クゥールルルル!



対する巨大モンスターも、まるで警戒するように唸る。

仁王立ちでそれを出迎え………は、しなかった。


ぐらり、と頭をニクスバーンの方向に向ける。

ぐばあ、とその大きく割けた口を開く。


涎が糸を引いていたが、そこに舌はなく、ただ体内に続く穴がぽっかりと空いていた。

口の中もいくつもの隆起があり、体表と差はない。


その長い尻尾を、地面に勢いよく叩きつけた。

ずだぁん!!と瓦礫が吹き飛ぶ様は、まるでアンカーを地面に突き刺して身体を固定しているようにも見える。


背中のヒダ状の気管が、再び開く。

しかし、先程のように赤い液体を吐き出す事はない。

その代わり、ヒダの内部がまるで熱した鉄のように、じわじわと赤く染まり、光る。


やがて、巨大モンスターの口の中に紫の光が灯る。

まるでエネルギーを充電するかのように、光は増大する。

背中のヒダとセットで考えるなら、普段モンスターやテイカー達がそうしているように、空気中から魔力をチャージしていると見るのが普通。


ロックキングも行ったブレス攻撃をしようとしているのでは?と、アズマは考えた。

同時に、体内に繋がる口を開けているならチャンスだとも。



「いっけぇぇぇっ!!」



いくら強力な体表を持とうと、生物であるなら体内からの攻撃には弱い。

なら、開いた口にフェニックスストライクを叩き込めれば、十分勝機はある。

アズマは操縦棹を前に倒し、巨大モンスターの口に向かって突っ込む。



カロロロッ!!



と、同時に、巨大モンスターも動いた。

膨れ上がった紫色の魔力光は臨界に達し、ついに極太の魔力ビーム砲となって吐き出された。

火炎放射ブレスではなく、それが圧縮された巨大な光の柱が、ニクスバーンに向けて放たれた。



どぅおおおおおっ!!



飛来する、炎の翼。

迎え撃つ、破壊の閃光。

二つの膨大なエネルギーが、鎌倉を舞台にぶつかり合う。

瞬間、魔力同士の衝突が衝撃波と爆発に代わり、鎌倉の街に光となって広がる。


そして………






………………






スカーレット・ヘラドンナは、待っている事などできなかった。

彼女の中には不安があったからだ。

もしかしたら、これがアズマとの永遠の別れになるかもという不安が。


だから、ゼストの勘定に万札を叩きつけ、お釣りも受け取らずに飛び出してきた。

後部座席の空いたバルチャー号に股がり、ニクスバーンの後を追って鎌倉を目指す。



『カメラさん、カメラさん?』

「ちっ!映像がイカれた………ッ!」



バルチャー号に取り付けられた、オーディオ代わりの携帯電話スマートフォン

鎌倉の街で繰り広げられる激闘を、受信したニュース番組越しに見守っていたスカーレット。


が、フェニックスストライクと魔力ビームのぶつかり合いによる衝撃波が、激闘を見守っていたテレビ局のカメラをオジャンにしたらしい。

カメラマンを呼ぶニュースキャスターの姿を前に、スカーレットは悪態をつく。


とはいえ閃光は、鎌倉から離れた場所を走るスカーレットにも見えていた。

あれだけの魔力エネルギーがぶつかり合えば、流石のニクスバーンも無事ではないという事も解った。



「アズマくん………無事でいて!」



アクセルを回し、バルチャー号を加速させる。

アズマへの想いが、スカーレットの心を追い立てた。






………………






一方、政府の危機管理室もまた、慌ただしくなっていた。

こちらの記録カメラもまた、フェニックスストライクと魔力ビームの衝突により生じた衝撃波により、映像が途切れてしまったのだ。



「撮せるカメラはないのか?!」

「さっきの衝撃で、ほとんど吹っ飛んじゃいましたから………」

「監視ヘリはどうなっている!」

「二機が墜落!残りは高濃度魔力による電子機器の異常とあり!」



ブラックアウトした画面を、不安な見守るスズカ。

スズカも、ニクスバーンがドラゴンを倒した事は知っていた。

だから、そのニクスバーンが片腕を噛み千切られる様を見た時は、信じられなかった。

世界最強のモンスターであるドラゴンを倒したニクスバーンが、その攻撃が一切通じず、逆に腕を噛み千切られるという惨劇が。



「五番カメラ、復旧可能との事!」

「よし、映せ!」



だから、願った。

つい先程願いを裏切られたにも関わらず。

あの、ドラゴン以上の力を持つ巨大モンスターが、さっきの一撃で死んでいる事を。


もし、あの巨大モンスターが生きていれば、人類に打つ手はないのだから。



「復旧します!3、2、1………!」



ブゥンッ、と、再び眼前のモニターに鎌倉の様子が映った。

レンズにヒビが入っているらしく、画面にひび割れが映りノイズが走っていたが、鎌倉の様子は解った。


酷いものだ。

瓦礫が散乱し、建物は崩れ、道路はえぐられている。

ひしゃげた水道管からは水が吹き出し、まるでかの震災時を思わせるような惨状が広がっている。


ニクスバーンと巨大モンスターがぶつかった所は土煙が立ち込め、両者の姿を隠している。

勝ったのは、どっちだ?

ニクスバーンか?

巨大モンスターか?


状況を見守るスズカ達の前で、ズシンッ!と地面を揺らし、その巨大な異形が姿を現す。

それは。



「………ウソでしょ」



スズカは絶句した。

土煙の中から顔を出したのは、そのキノコ雲を思わせる頭。

勝ったのは、巨大モンスターだった。


プスプスと口の中から煙が上がり、全身の至るところが焼けただれている。

半分頭骨の露出した頭から、だらんと垂れた片方の眼球を見るに、ダメージが通らない訳ではないらしい。


が、それでも余裕はあるような所を見るに、たとえ国家レベルでの超兵器を用意したとしても、勝ち目はないだろう。



………カロロロッ!



少し唸った後、巨大モンスターは海に向けて歩き出した。

どうやら戦意を失ったか、あるいは飽きたか。



「逃げた………」

「いえ………逃げてくれたと言うべきよ」



スズカは、悠々と海に帰る巨大モンスターを前に、これまで感じた事のない敗北感を感じていた。

と、同時に、スズカの脳内では既に、次のカードを切る準備が出来ていた。

幸い、ニクスバーンが出てきた事で、いくつか協力してくれそうなツテはできていた。






………………






散乱した瓦礫の上をバイクでは進めないと知るや否や、スカーレットはバルチャー号を乗り捨てて、破壊された鎌倉の街を足で駆ける。



「アズマくん!応答なさい!アズマくん!!」



Dフォンに向かって必死に呼び掛けるも、帰ってくるのはザーザーというノイズのみ。

まさか、と、最悪の展開を想像しそうになるスカーレットだが、目を反らすように「そんな事はない」と自分に言い聞かせる。


そうだ、以前もこんな事があった。

あの日、ロックキングとの戦いで、アズマを乗せたニクスバーンV1がロックキングの炎に飲まれた。

しかし、V1は逆にロックキングの炎を飲み込み、今の姿………ニクスバーンV3となってロックキングを倒し、アズマも帰ってきた。


だから、今回も大丈夫。

大丈夫なハズだ。

そう、自分に言い聞かせながら、スカーレットは走った。



「アズマくん!アズマ………く………ん」



やがて、ニクスバーンと巨大モンスターが戦っていた場所まで来た。

そこに待ち受けていたのは、冷酷な真実であっな。


片腕を失った挙げ句、装甲が破壊され、機械と生体が混ざりあったような内部構造を晒すニクスバーン。

一目で解る、大ダメージを受けた姿。

それが、クリスタル状の鉱石のような物に包まれ、その場に倒れ込んでいる。



「アズマ………くん………」



それが、何を意味するかは解らない。

が、この状況を前にして、スカーレットにも理解できる事が一つあった。


アキヤマ・アズマは、助からなかった、という事である。

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