第5話
「形式的な会議は極力排除したいのに………会議を開かないと動けないことが多過ぎるわ」
「効率は悪いが、それが文書主義です、民主主義の根幹ですよ」
「しかし、手続きを経ないと会見も開けないとはね………」
危機管理室にて、後手後手に回る政府の状況に愚痴を溢すスズカ。
眼前の大型モニターには、鎌倉の街を破壊しながら進撃する、謎の巨大モンスターの姿。
ヘリから撮影しており、周囲の建物との比較から、その巨大さがよく解る。
破壊された街の復興。
「上陸しない」と言ってしまった総理や、政権への糾弾。
比較的近い将来、いずれ間違いなく起こるであろうそれをらを考えた時、スズカは頭が痛くなった。
だが、今はそれ所ではない。
まずは眼前で街を破壊するあの巨大モンスターをどうにかしなくてはならない。
「自衛隊は出せないの?」
「会議の結果が出るまではなんとも………」
「それに、なんせ場所が場所なもので………市街地での戦闘があれば、今後の自衛隊の存続にも関わります」
「映画やマンガのようにはいかない、か………」
先程、政府は国民の安全を優先した結果、謎の巨大モンスターを撃退・もしくは駆除する方向性で話が進んだ。
けれども、その為の対策委員会の設置や、予測される自衛隊の出動にも、いくつもの会議や許可を挟まなければならない。
政界、延いては日本はそういうように出来ている。
スズカは、様々な立場でその形式や制度に助けられてきた。
が、ここに来てそれが足枷となり、結果的に国民が殺される様を見ているしかないという最悪の状況になっている事が、スズカには歯痒かった。
………まあ、日本ではモンスター被害が少なく、国はおろか国民ですら、多くの事象を対岸の火事としか認識していなかった事を考えると、それもある意味仕方がないだろう。
それに政府の後手後手状態に対しても、行政が物事について先手に回るとどうなるかは、世界一悪名の知れたチョビヒゲの独裁者が示している。
国民は自分達を叩くだろうが、そうするしかないのだ。
納得がいかないのは、スズカも、この場にいる全員もそうだ。
総理もきっと、そうだろう。
だが、日本では叩かれる事も政治屋の仕事なのだと、割りきるしかない。
「………あら?」
ふと、正面の巨大モニターに映る、ヘリを介した映像の中で、変化があった。
鎌倉の街を蹂躙していた巨大モンスターが、一瞬震えたかと思うと突如動きを止めたのだ。
「止まった………?」
這い回る事で生まれた瓦礫とアスファルトの残骸の上で、まるで凍りついたかのように動かない。
その様を見て、スズカの頭にある願いが浮かぶ。
………あのお飾りの有識者達が言ったように、環境に適応できずに死んでしまったとしたら、それで万々歳である、と。
実際、ウナギも地上を這う事はあるが、魚類である以上はいずれ死に至る。
あの巨大モンスターも、海から来た上にあの見た目なら、スズカでも地上に適応できる生き物でない事はわかる。
頼む、このまま死んでくれ。
スズカも、部下も、状況を見守っていた政府の一同が、それを願った。
しかし、その願いは最悪の形で外れる事となる。
………めきっ、ぶちぶちぶちっ!
再び、痙攣する巨大モンスター。
やはり生きていたかと一同が思ったのもつかの間。
巨大モンスターの背中が盛り上がったかと思うと、内側から突き破られるように表皮が割ける。
そして中から、背骨と内臓………ではなく、体色の違う別のモンスターが、ゆっくりと鎌首をもたげて現れた。
その全体的なシルエットは、どこか昔の肉食恐竜を思わせる外見をしていた。
その様を見て、スズカを含む危機管理室にいた全員。
そしてテレビ等を通じて状況を見守っていた全ての人間が、この異様な光景に目を見張った。
脱皮や羽化を経て、まったく別の姿へと変態する生物は、モンスター所か地球の原生の生態系でも珍しくはない。
だが、それは昆虫や甲殻類のような節足動物が中心である。
モンスターに限って見ても、骨格レベルで別の生物に変貌する例など、聞いたことがない。
そもそも羽化や脱皮、脱皮というものは長い時間をかけてやるものであり、短時間で終わるものではない。
だが、眼前の巨大モンスターはどうか?
痙攣してから五分足らずで、巨大モンスターは古い皮を脱ぎ捨てた。
そして、その足で大地に立つ。
そう、足である。
前の形態には生えてなかった………生えたとしても、その形態の生物には生えるとは思えない、二足歩行で大地に立つための強靭な足である。
ずるりと皮から抜けた尻尾は、太く力強く、地面から少しだけ浮いている。
赤くいくつも隆起した体表は、まるで古い浮世絵で描かれる筋肉か、荒々しい神仏を象った木像を思わせる。
生物の表皮を引き剥がして、筋肉組織をむき出しにしたようにも………人体模型や、どこぞの壁を破壊する超巨大な巨人のそれと言えば、解るだろうか。
更に言うと、腕まで生えていた。
とは言っても、ティラノサウルス等の一部の肉食獣脚類にあるような、痕跡機関になる寸前の申し訳程度のそれとは違う。
それは脚に負けず劣らず長く力強く、例えるならゴリラやオランウータンのそれである。
熊と違うのは、より物を掴む事に適した、はっきりとした指が………人間のそれに近い指がある事。
さらに特筆すべきは、その大きさだろう。
巨大モンスターといっても、尻尾(と思われる機関)を覗いた大きさは30mちょっとである。
が、今の巨大モンスターは、60mという少し大きめのドラゴンぐらいの体高を持っていた。
明らかに、質量保存の法則を無視している。
生物学的な脱皮や変態、成長の常識を真っ向から無視したような変貌ぶり。
故に、スズカはこれをどう表現すればいいか考えた時、口から出た表現はただ一つである。
「………まるで進化だわ」
新たな姿に「進化」した、巨大モンスター。
それが、背中に重なりあったいくつものヒダのような機関を開き、バシャバシャと血液のような赤い液体を散らす。
前形態までは両サイドについていた「エラ」が、進化によってここに移動したのだ。
グチュグチュとグロテスクな音が響き、そのいくつもの隆起によってキノコ雲のような形となった頭部が蠢く。
そして、顔の両サイドにギョロリと目玉が現れ、ブチブチと表皮を割いて、縦に開いた口が現れる。
キュオォーーーーーロロロロロロロッッ!!
吠えた。
大きく開いた口から出る、無理やり当てはめるとしたら電子音と木琴を組み合わせて、ある種の生き物の声になるよう編集したかのようなその咆哮は、
巨大モンスターの体内に大気を取り込む肺のような機関と、声を鳴らす為の声帯がある事を物語る。
キュアァーーーカロロロロロロロッッ!!
二度吠える。
その様は、さながら産声のようにも見えた。
轟音と共に噴出する、蜃気楼のような空気の歪み。
それがが、その巨大モンスターの体内があれだけの変化をもたらす程の新陳代謝を生み出すエネルギー。
生命の「熱」、それもかなり強いエネルギーに満ちている事を物語る。
そして巨大モンスターは、右足を上げると、前に一歩踏み出した。
間違いない、あの巨大モンスターには、あの巨体の二足歩行を可能とする骨格と、
あの進化がごとき変身を生み出すメカニズム等、知的好奇心をそそられる物はいくつもあった。
だが、今注目すべき所は。
「巨大モンスター、毎時50キロの早さで進行を開始!」
「進行方向………東京!」
「なんですって!?」
あの巨大モンスターは、なんと東京を目指している。
それ所か、移動スピードが二倍近くに増えていた。
日本は狭い、奴が都心に到達するまで一日とかからないだろう。
60mの巨大モンスター。
それが都心に到達すれば、どうなるか………。
「自衛隊は出せないの?!」
「ですから会議が………」
「こんな時に………ッ!」
もはや、悲劇は避けられないのか。
下唇を噛むスズカの眼前で、巨大モンスターは悠々と街を破壊し、進む。
そこに………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます