第4話
ゼスト。
まるで悪の巨大ヒーローのような仰々しい名前であるが、実際は全国展開しているよくあるファミリーレストラン・チェーン店である。
かつてのファミレスサバイバル時代を勝ち抜き、長く続く不景気で日本経済が落ち込んだ今でも、お客様にお手頃な安さで美味しい料理をお届けしている、まさにファミレス界の猛者。
ドリンクバーでドリンクをまぜこぜにして世にも恐ろしいキメラを作ったという人も多いと聞く。
スカーレットとアズマも、金銭的に厳しい事が多々ある事から、よくこうした格安食堂を利用する事がある。
いつもなら、お祝いだったり戦略会議だったりと、楽しくわいわい過ごす二人なのだが………。
「………アズマくん」
「………うん」
「………ポテト冷めちゃうわよ」
「………うん」
いつも向かい合って席に座るというのに、この日二人は同じ席に隣り合って座っていた。
そしてアズマは、その小さな身体でスカーレットにぎゅっとしがみついていた。
まるで、離れたくないと言うかのように。
「………ぼく、スカーレットさんがいい」
「私は食べ物じゃないわよ」
14歳の少年がするには異様な光景である。
知らない人が見たとしたら、何らかの要因で精神が幼児退行を起こしたと見えるだろう。
………本来、スカーレットが大人として、そして女としてやるべき事は、アズマを「甘ったれるな」とつっぱねる事だろう。
古今東西それが正義とされていたし、インターネットを見ていても、精神を病んだ夫を「私はあなたのお母さんではありません、パートナーです」と突き放す妻を絶賛されるなんて事が日常的に起きている。
それは最早、世間の常識なのだ。
「(突き放すべきなのは解るけど………でも………)」
スカーレット自身も、そうするべきなのは頭では理解していた。
だが彼女には、この今にも泣きそうな顔をしているアズマを突き放すなんて事は、どうしてもできなかった。
日本という未開の地で初めてできた仲間にして教え子で、一ヶ月と約20日の間とはいえ共に背中を預けて戦った仲だ。
既によき相棒という認識であり、情も移っている。
並んで、彼の家庭環境を想像した時、きっとまともに親に甘えられて育ったとは思えなかった。
厳しく育てれば立派な人間になるなんて言うのは、親の加害と怠慢を正当化する為の方便・迷信ではあるが、あの父親を見るとそれを盲信していたなんてのは見るに明らかだ。
では他に頼りになる大人がいなかったのかという話になるが、いたとしたら、不良テイカーに逆恨みされて追いかけ回されるなんていじめは起きていない。
家から叩き出された時だって、飛び降り自殺をしようとする程思い詰める事もないだろう。
だが、アズマには両方起きている。
つまり、アズマにとってスカーレットは、生まれて初めてできた「面と向かって頼れて、甘えられる大人」なのだ。
師であり仲間であると同時に、保護者であり、姉であり、母であり、心の支えなのだ。
「(もし………アズマくんを拒絶したら………)」
それを無慈悲に突き放すなど、スカーレットには出来なかった 。
もし、今のアズマを拒絶したりしたら、今度こそ死んでしまうだろうとも思えた。
それはスカーレットの望む所ではないし、何よりそんな事は、彼女にとっては想像する事さえ拒否感を覚えるほどだ。
「(私は………アズマくんを死なせたくない………)」
胸の奥で、この子胸の奥に仕舞い込んで守りたいと、本能が母性を疼かせる。
対して、それはダメ男を好きになる感覚だぞと、理性が知識を突きつける。
理性と本能に揺さぶられる中、静寂が流れる。
その時、店に備え付けられたテレビの音声が、二人の耳に流れてくる。
『ご覧下さい!モンスターが!モンスターが街に………きゃああ!』
職業病とでも言うべきか。
普段、テイカーというモンスターに関わる仕事をしているが故に、テレビから流れるモンスターという単語に反応してしまう二人。
見れば、他のゼストの客達はおろか、店員でさえぽかんと口を開けて食い入るようにテレビを見つめている。
一体、テレビに何が写っているというのか?
アズマとスカーレットがテレビに目を向けると、そこには………。
………………
由比ガ浜付近の市街地。
運悪く、今日が休日であり人通りが多かった事。
そして………「それ」の動きが予想以上に早かった事から、悲劇は起きてしまった。
「きゃあああ!」
「撮ってないで早く!」
「早く逃げろ!」
「逃げて!早く!」
「もっと早く!」
逃げ惑う人々。
もし立ち止まれば、命はない。
殺意は無くとも、迫ってくるのは驚異そのものだ。
死にたくない。
その一心で人々は、人混みを押し退け、倒れた人を踏み潰し、踏み潰されても立ち上がって逃げようとする。
「なんで………さっき“上陸はあり得ない”って………!」
たまたま、地元のローカル番組の為に訪れていたリポーターも、それに巻き込まれた。
政府という公式の発表で「上陸はあり得ない」とは言っていたし、彼女もそれを信じた。
………だが、現実は目の前にある通りである。
第一印象を挙げるとすれば、それは両生類か。
体表は黒く、つやつやテカテカと光っている。
その表面にはヌルヌルとした粘液が含まれており、地面を這う際の潤滑剤代わりになっている。
身体の両サイドにあるエラからは、赤い中身が見え隠れしている。
その、全高28mの巨体の先端には、矢尻のような形状の頭部らしき機関。
少なくとも脊椎動物のような、目や口と思われる機関は見当たらない。
コッペパンのように太く丸い胴体に手足はなく、陸上に上がったハイギョかウナギのように、這って移動している。
その後部からは長い長い尻尾が伸び、蛇のようにのたうっていた。
形状としては、かつて日本を騒がせた未確認生物の「ツチノコ」がいるが、あれに近い。
あれと吸血動物のヒルを混ぜ合わせたら、丁度こんな感じの生物になるだろう。
だが問題は、その大きさである。
前述の通り、地面から頂高までは28mあり、頭から尻尾の先端までの全長が122mあるのだ。
それが、陸上に上がってきて這いずり回ればどうなるか………説明する間でもないだろう。
どがしゃあ!!
バキバキバキッ!!
地方都市故に年期が入った建物が多く、巨大モンスターが進む度にそれは無慈悲に潰されてゆく。
建物を、生活を、思い出を………そして何より、そこにある命を、その巨大な災厄は擂り潰し、破壊する。
後に残るのは、無数の瓦礫と、亡骸のみ。
………………
スカーレットは、目を疑った。
テレビやネットでしか見たことないような、1999年のアンゴルモア・ショックの惨劇。
それが、眼前で実際の惨劇として繰り広げられている。
「………スカーレットさん」
ふとアズマが、スカーレットから手を離す。
あれほど、離れたくないと抱きついていたのに。
確かに、彼の表情を見ればそれが本心でない事はわかる。
けれども、この
目の前で苦しむ人々がいて、それを助ける事ができるなら手をさしのべる。
そんな人間なのだ。
そして………スカーレットと出会うまで、誰からも大切にしてもらえなかった。
故に、自分を大切にするという事が解らず、時に身の丈を越えた人助けをしようとする。
「ニクスバーンなら、奴を押さえられます、だから………!」
自分を大切にしろと、スカーレットには言われていた。
だが、目の前の災厄を前にして、アズマは黙ってられる人間ではない。
「アズマくん………」
スカーレットもまた、アズマを離したくなかった。
ここでアズマを離せば、二度と帰ってこないような気がしたからだ。
だがアズマの言う通り、あの巨大モンスターを止めるにはニクスバーンを出すのが一番手っ取り早いのも事実。
スカーレットの知らないモンスターではあったが、彼女のテイカーとしての経験からして、ドラゴン程ではないようにも見えた。
そしてニクスバーンは、ドラゴンを倒している。
「………行ってくるのよ、でも、必ず帰って来て」
「………はい」
スカーレットの中での、理性と本能の対決は、理性が勝った。
名残惜しさを堪え、スカーレットから離れるアズマ。
そしてそのまま外に駆け出し、バーンブレスを掲げる。
「ゴー!ニクスバーン!!」
現れる、深紅の
人の少ない田舎で、ゼストの客がテレビに集中していた事から誰にも見られる事なく、フェニックスモードに変形して空に舞い上がるニクスバーン。
目指すは、由比ガ浜。
苦しむ人々を救うべく、深紅の不死鳥が空を舞った。
………この時の選択を、スカーレットは後悔する事になるのだが、それは、まだ未来の話である。
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