第2話
ここ最近、日本海にて航行中の船舶・潜水艦等が次々と行方不明になる事件が多発していた。
被害は国籍・勢力問わず様々であり、日本の船も被害を受け、先日残骸が韓国の海岸に漂着した。
ただでさえ緊張感の走るアジアにて、他国による攻撃を予見させる事件の連続。
各国が、対策と犯人探しに躍起になる中、日本でもこの事件に対する対策の為、国会にて会議が行われようとしていた。
さて、ここに一人の官僚がいる。
と、言っても、おおよそ想像されるようなロマンスグレーではない。
たしかに熟れたお姉さん系ではあるが、政界の人間としては若いと言える、美人女官僚だ。
まるで、その手のマニアが好むような漫画から出てきたかのような、スーツ姿の。
彼女「
もっとも、家族全員が官僚という官僚サラブレッドであるが、それでも実力がある事には変わりない。
内閣官房機密費で運用される部署にいたため、国家機密に詳しく、防衛省ともコネを持っている。
まるで、アニメのキャラクターのようなフィクション染みた設定であるが、残念ながら彼女は現実に存在している。
故に、彼女には地に足のついた聡明さがある。
故に。
「ですから、今の状況で戦力を失う事は………」
「そうやって軍事力を持とうとするなぁっ!!」
今、眼前で繰り広げられている状況が、正気の沙汰とは思えなかった。
ここは、国会であり、眼前にいるのは彼女と同じ政治家達。
日本という国を動かす中枢であり、少なくともそれなりに学のある存在………の、ハズなのだが。
「桜を楽しむ会の話は終わっていないぞ!」
「もっとはっきり喋ったらどうだ!」
「モリカケ学園の事はどうなったんですか!」
「あんたの話はつまんねーんだよ!」
「裏金貰ってるって話は割れてんだ!」
「元犯罪者と会ってたんだろう!」
「認めたらどうだ!」
議員達は、会議の中心にある総理に対して口々にヤジを飛ばす。
その全てが、議会の内容とは少しも関係ないものばかり。
単なる罵詈雑言も入っている。
総理は言い返す所か、次々と飛んで来るヤジに何もできない。
スズカは、総理側の勢力である故に、なんとかこの反対派の議員達に立ち向かうが。
「皆さん、議会に関係ある話をしてください!」
「しとるだろうが!こうやって反対してるんだから!」
ダメだった。
連中は話をするつもりすらなく、こうした罵詈雑言を並べて仕事をしたつもりになっている。
「貴女は世襲の官僚だから、戦いに巻き込まれる市民の気持ちが解らんのだよ!」
「そうだそうだッ!軍国貴族め!!」
それ所か、こうして何の関係もないスズカの生まれもヤジってくる始末。
あるヒーローは「ルール無視の奴等に愛の掟で戦う」らしいが、これを見ているとそれが如何に過酷な道かを、スズカは思い知る。
これでは、話し合いすらできないではないか、と。
………今や日本の政治家の多くが、現行の最高権力者に文句を言って仕事をやった気になっている者か、
日本によくない感情を持った国にゴマをするような者ばかりだった。
昭和時代に、学生運動等の反体制に明け暮れた当時の若者が、そのまま大人になって政界に入り、
そして、長い間総理大臣の「リセマラ」が続いた為に、こんな者ばかりになった。
「(日本の政界の姿なの?これが………)」
スズカには、目の前で吠えている連中が、とても政治家には見えなかった。
いや、人間にすら見えていなかった。
では、何か?
答えは簡単、猿だ。
幼少の頃、学校の遠足で行った動物園。
そこのチンパンジーの飼育されていた檻と、この議場が被って見えた。
あの時も、ギャアギャアと騒いで五月蝿かったのを記憶している。
実際、スズカからして彼等は動物園のチンパンジーと大差無かった。
権力と独善という名の餌に群がり、本能をむき出しにして、意味もない叫びを繰り返す。
スズカは、特に右翼という訳ではない。
だが、日本という国の中枢たる官僚の一人として、日本をこの先も存続させたいと思っていた。
だが、この動物園のような政界を見ると、それも難しいと思えた。
「(そんなだから………モリタみたいな奴の台頭を許すんでしょ………)」
スズカは、数日前に無期懲役の有罪判決を下されたとある大企業会長の事を思い出し、心の中で毒づいた。
そういえば、あいつも元政治家だったな、と。
………………
所は代わり、ここは鎌倉市。
東京より南の神奈川県にあり、海に面した美しい街だ。
また中世鎌倉時代には政治の中心地として栄えた街であり、8mの大仏のある高徳院に代表されるような、数多くの禅寺と神社が点在する有名な観光地でもある。
そんな鎌倉の夏の、ある日の朝。
それは、由比ガ浜に何かが漂着したという、市への通報から始まった。
「………うわー」
駆けつけた市職員が見たのは、巨大な頭である。
牛ほどの大きさのコウモリのような頭。
しかし、エビ・シャコのような甲殻類を思わせる複眼の目やウミユリの触手を思わせる各部機関が、それが水棲の生物である事を物語る。
既に腐敗が始まっているのか、生臭い臭いが漂い、ハエが集っている。
キープアウトテープに遮られた向こうで、朝早いというのに集まった野次馬が騒いでいるのが見えた。
まあ、地元にこんなバケモノの頭が流れ着いたとなれば、噂にもなるだろう。
「先輩、これ何ですかね?」
「クラーケンの頭だな」
「クラーケン?あのタコみたいなヤツですか?」
市職員の内、片方はモンスターに詳しかったらしく、この頭の正体を一発で当てて見せた。
海のモンスター「クラーケン」。
学名、ヘカトンケイレス・ピストリークス。
ギリシャ神話に登場する多腕の巨人の名を与えられたそのモンスターは、その名の通り六本の触手のような腕を持ち、大きい物ではクジラ並みに成長する。
通称や外見からタコやイカの近縁に思えるが、モンスター学において外見から種別を決めつける事は落とし穴。
ピストリークスの学名から解るよう、実はこの外見でサメの仲間なのだ。
「でもなんでこんな所に………本来はもっと暖かい海のモンスターだぞ?」
「ハワイとかですか?」
「ああ、赤道付近にいる」
この職員の言う通り、クラーケンは南国のモンスターだ。
その巨大な身体を維持するには、豊富な生態系と高い水温の赤道の海が適している。
いくら、日本の夏が温暖化しているとはいえ、餌も少なく水温も冷たい日本の海に来ても、何もいい事なんてないハズだ。
「というか………クラーケンは頂点捕食者だぞ?それを頭だけにするなんて………」
寿命で死んだとも、老齢の個体が殺されたという訳ではない。
眼前にいるのは、まだ成長途中の若い個体だ。
そんな、 肉食モンスターとして獰猛盛りのクラーケンを、頭だけにする存在。
地球の原生生物は論外として、同じモンスターでもドラゴンぐらいしか居ないだろう。
または、テイカーにやられた物がたまたま漂着したのか?
様々な考えが、その職員の脳裏をよぎる。
「先輩、どうでもいいからとっとと片付けちゃいましょうよ、臭くてかないません」
「あ、ああ………」
とはいえ、まずは職員としての仕事を全うしなくてはならない。
何より、このクラーケンの頭のあれこれを考えて答えを出すのは、一介の市職員の仕事ではない。
彼等の使命は、これを回収して大学に回すなり廃棄するなりする事だ。
それにしても、この巨大な頭をどうするな。
職員達が頭を抱えていた、その時である。
………ドーン………
沖の方で、クラーケンの頭とは比べ物にならない程の水柱が立ったかと思うと、そこを中心に海面が赤く染まっていた。
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