第1話
ピピピピ、ピピピピ。
ホテルの一室。
Dフォンの目覚まし機能が起動し、電子音が響く。
その、単調でありながらも目覚めを誘発するよう計算された目覚めの音色………否、起床ラッパとでも言うべきBGMは、スカーレットを眠りから覚ました。
「う………ん………」
目を開き最初に見たのは、自分の胸元に顔を埋めたブラウンの頭髪。
覚醒して最初に感じたのは、自分の双丘にすうすうとかかる、幼い寝息のくすぐったい感触。
更に言うと、布団の周囲には衣服が散乱している。
シーツの中でチョコレート色と色白の肌が密着し、下腹部にまだ残っている熱い感覚。
そして口に残った避妊魔法をかけた酒の味が、昨日何があったかをスカーレットに思い出させる。
「………あー………」
スカーレットは天を扇いだ。
ああ、またやってしまった、と。
「ん………ううっ………」
遅れて、布団の中のアズマも目を覚ます。
目が合った瞬間、アズマもスカーレットも気まずそうな顔になったが、それ以上騒ぐ事もなく。
「………おはよう、ございます」
「………うん、おはよう」
もう、アズマもスカーレットも慣れてしまっていた。
ダンジョン攻略の後、身体が昂った結果、互いの男と女の方を意識してしまう。
最初の間は、互いに隠れて発散して済ませようとするのだが、結局こうなってしまう。
もはや、身体を重ねることに最早抵抗すら感じなくなっていた。
「………狂ってますよね、僕達」
「まあねぇ」
散乱した服を着て、何事もなかったかのようにルームサービスのコーヒーとサンドイッチを頼み、腹を満たしながら会話をする二人。
これも、最早日課になってしまった。
「未成年に手出すとか、スカーレットさん、アメリカじゃ電気椅子行きですよ」
「逮捕されるしバッシングも相当でしょうけど、電子椅子は流石にないわよ………てか、昨日あんなに求めてきたアズマ君がそれ言う?」
「それは………うう」
二人とも、頭ではそれが異常な事と言うのは解っているのだ。
現実は、RTの為に幾多のジャンルを渡り歩く寄生虫が、タイムライン上のオタクにウケる為に書いたエロ漫画ではないのだ。
大人の女と未成年の少年が身体を重ねるなど、尊くともなんともない。
何が何でも妥当しなければならない邪悪であり、悪徳である。
「まあ………そういうさ、正義だとか常識だとか、そういうのは一旦置いといて聞きたいんだけど………」
「何をです?」
そんな事は解っている。
なのに。
「アズマ君さ」
「はい」
「ぶっちゃけ聞きたいんだけど」
「何をです?」
しばしの沈黙を置いて、スカーレットが訪ねた。
「私とえっちするの、好き?」
「ッ!?」
吹き出しこそしなかったが、あまりにもの衝撃的な問に、アズマはサンドイッチを口に含んだままフリーズしてしまった。
そしてサンドイッチを飲み込み、なんとか考えを抽出する。
「………上手く説明できないっていうか、わからないです」
「わからない………ねぇ」
やけに煮え切らないアズマの返答であるが、スカーレットからしてみれば予想のついた物であった。
「たしかに………僕も男ですから、そういう事は嫌いじゃない、ですけど………でもそれは、自分の持つ性欲がそうさせるからで………でも、スカーレットさんの事も大切に思ってる気持ちはあって………」
何が言いたいか上手く形にこそなってはいないが、愛と性癖を切り離して考えられるだけ、
彼女の生まれ育ったアメリカでも、性欲と愛をごっちゃにしたバカな十代が様々な問題を引き起こしているし、スカーレットもまたハイスクール時代に散々見てきた。
「というか………スカーレットさんはどうなんですか?」
「え、私?」
「そうですよ!僕にだけ聞くのはその………フェアじゃないじゃないですか」
顔を赤くしてムッとするアズマに対して、スカーレットは母性愛を感じると同時に、一丁前に師匠に意見するようになったアズマに成長を感じていた。
して、スカーレットの回答は。
「私?好きだけど」
「へ?????」
再び、アズマはフリーズした。
スカーレットは、とくに迷う様子もなく、とくに考えもせず、好きだと即答したのだ。
アズマと、未成年の少年と身体を重ね合うのが、好きだと。
「す、スカーレットさん………」
「いやあね、最初は子供とするなんて抵抗あったけどさ、10代って言ったらヤりたい盛りじゃない?それに身体だって出来上がってる訳だしさ、次第に慣れていったっていうか………」
「そうじゃなくて!」
「何?」
「あなた………今、自分が何を言っているか解ってるんですか?!」
アキヤマ・アズマは、聡明な少年である。
だから、スカーレットの大人の女の身体を好きにできる悦びよりも、社会的な常識から自分との性交に抵抗を持たなくなったスカーレットに意義を唱えた。
お前、常識ないんか?と。
「………じゃ、真面目な話をしましょうか」
あっけらかんとしていたスカーレットの表情が、急に憂いを帯びたものになる。
声を荒げてツッコミを入れていたアズマも、真面目に話を聞かなければと一旦落ち着いた。
「………私ね、アズマくんとえっちして、アズマくんを繋ぎ止めたいんだと思う」
「繋ぎ止めたい?」
コーヒーから上がる湯気が、スカーレットの悲しげな表情を遮る。
アズマに弱い部分は見せにくいと、彼女の心が言うように。
「えっちして、身体を重ねる事で………溶け合って、一つになって、それでアズマくんと、ずっと一緒にいたいって、そう思ってるんだと思う」
「一緒に………あっ」
アズマは、スカーレットの言葉を理解した。
いや、最初から理解していたのに目を反らしていた物に、目を向けたと言うべきか。
今の日付は、8月19日。
夏休みは、月末の31日まで。
つまりアズマとスカーレットが旅をしていられる時間は、残り11日しかないのだ。
裁判で、アズマと共にいる権利を勝ち取ったスカーレットではあったが、完全な部外者であるスカーレットの元にいる事が許された、一時保護という形でだ。
夏休みが終われば、アズマは父親の接触禁止期間が終わるまでは、親戚の元に預けられる事になっている。
「だって私達………あと10日とちょっとぐらいしか、一緒に………」
そこから先は、スカーレットも言葉を詰まらせた。
無論それは、アズマにとっても信じがたい出来事である。
故に。
「………スカーレットさんっ!」
「きゃっ!」
気がつけば、アズマは立ち上がり、スカーレットの胸に飛び込んでいた。
コーヒーの入ったカップが、揺れて溢れそうになるも持ちこたえる。
数滴のコーヒーが飛び散ってしまったが、今のアズマにもスカーレットにも、そんな事はどうでもいい。
「………僕も………僕も離れたくない………!」
「アズマくん………」
スカーレットと出会い、それまでの暗い自分から脱する事ができた。
スカーレットと一緒にいる時間はアズマにとっても、それまでの14年の人生が色褪せて見えるような、薔薇色のきらびやかな日々だった。
灰色だったアズマの人生に彩りと潤いをくれたのは、スカーレットと言っても過言ではない。
大袈裟に言っている訳でも、誇張した表現をしている訳でもない。
そんな日々が、あと11日で終わりを告げる。
それは、アズマにとっては耐え難い事実である。
夢見心地の気分から、一気に灰色の現実に引き戻された気分だ。
「離れたくない!ずっと、ずっと一緒にいたいです!行かないで!スカーレットさん!」
「アズマくん………」
アズマは珍しく、感情を剥き出しにして泣きじゃくった。
まるで、母親から引き離されそうになって泣き出した、幼子のように。
「嫌だ………嫌だよ………僕を一人にしないで………」
スカーレットもまた、そんなアズマを抱き締める。
離れたくないのはお互いに同じなのだ。
けれども、そんな二人の想いを嘲笑うかのように、ホテルの部屋の時計は、コツ、コツ、コツと音を立てて進んでゆく。
夢の時間の終わり。
それを、物語るように。
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