第2話 京本の場合

軽い・・・足が軽い。

イケる。ごぼう抜きだ!

なんだ、Jリーグディビジョン1ってのはこれくらいか。

俺はどこまでも行ける。

「ああっ、まさか久能ー!」

実況が叫んでいた。


「ぐはっ!」

 久能は鋭く荒いタックルを受けて、無様に倒れていた。

「大丈夫か、久能くん!?」

 見知った顔の選手が声をかけてくる。

 手を差し出すので、久能は握って返し、立ち上がろうとする。

 選手は顔を耳元に近づけ、

「舐めてんじゃねえ、戦力外野郎が。十五でクラブ、クビになるヤツなんぞ、初めてみたぜ・・・!」

 ニイ、と口角を上げる男。

「・・・京本・・・さん」

 久能はその男の名を呼ぶ。

「やあ、知っててくれたかい? 久能くん」

 京本の口調が変ったのは、主審が近づいてきたからだ。

「すまなかったなあ、君との対戦が楽しみだったよ。・・・お互いにフェアにやろうぜ」

 その眼は、笑っていない。

「ハイ・・・京本さん」

「うん?」

「次は股抜きでシュート決めますんで」

 久能はそう言った。

 好きなタイプの知的な選手だったはずだ。

 代表戦で15試合、年齢は33。

 しかし、こういうタイプだというなら容赦する必要はない。

「・・・怖いねえ、久能くん」

 試合が再開される。

 敵はガンバズ大阪、強豪だ。

 順位は向こうが二位、東京は今六位だ。

 京本にボールが入る。

 久能は素早くチェックにいく。

 くるりん。

 と意外なボールさばきで反転されてしまう。


(ついて来いよ)

(取れるモンなら取ってみろ)

 京本の背中がそう言っている。

(海外の戦力外野郎)

(メディアが来て いい身分だな小僧)

 京本の背中がそう言っている。

 久能は素早く京本を追う。


 しかし、ボールを取れない。

 まるで、京本の背中が芝生の上にそびえる大きな壁のようだ。

 久能がどこにボールを追っているのか、分かっているかのようにひらりひらりと背中でスクリーンアウトされてしまう。

 どん。

 ぶつかる。

 いや、京本はわざとぶつけさせた。

『見ろよ! バルサ帰りの久能は、俺の背中で通せんぼだ!』

 京本はそれをやっている。

 観客にそう言うために、わざと俺に背中をぶつけたままでボールキープしているのだ。

 久能は、身をかがめて左のサイドラインを割って出ようとする。

(! 動けない!)

 京本に、主審から決して見えない角度でユニフォームを掴まれている。

(・・・恐ろしい技術だ)


 ずる賢い《マリーシア》を使う選手はスペインには大勢いたが、ここまでの技は見たことがない。

 京本にパスをはたかれてしまい、ガンバズ大阪の攻撃が続く。

 ブラジル人FWが強引にシュートを打ち、あわやという形を作られる。


「おーい、久能。タケクノ。頭あ、作れ」

 城ケ崎ロウレンが声をかけてくれる。

「城ケ崎さん」

「そんなカッカしてて通用するかい。ここは、Jリーグディビジョン1やぞう?」

 落ち着いているが、説得力のある城ケ崎の言葉。

「頭あ、作れ。京本の”アレ”にまともにやりあってたら日が暮れるで?」

「はい・・・!」

「お前はお前のやり方しかできん。頭ア、作れ」

 城ケ崎は走っていく。

「はい・・・!」

 そうだ・・・俺は何を思い違いをしてたんだ。

 芝生と土の匂い。

 ここにいるのは、22人とも全員、サッカーで金を稼いでいるバケモノなんだ・・・!


・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・


『京本さん、ヒーローインタビューです! 後半の逆転ゴールだけでなく、なんと走行距離12キロ! 素晴らしいですね!」


(可愛い姉ちゃんだな)と京本はアナウンサーに感じながら、

「ありがとうございます」


「久能選手とは何か会話をしましたか?」


「いや、頑張れよと」


「久能選手は対戦してみて、いかがでしたか?」


「やっぱり、速いですよね。もう少しフィジカルがつかないと厳しいでしょうけど、まあ今日の交代の仕方は、期待の表れじゃないですか」


「久能選手から、二度ボールを奪いましたが、久能選手も一度は抜き去ってシュートまで持って行きましたね?」


「うーん、お見事(笑)。流石ですよね」


「日本史上最高の才能だと呼び声も高いですが?」


「うーん。やっぱり、椋原塔矢の方が凄かったかな・・・と感じますけどね。けど、久能くんもスゴイですよ」


「今日は、宿敵東京戦での引き分け・・・! これで暫定三位ですが、優勝戦線の行方は・・・?」


「ひたすら、優勝目指して頑張るだけです。あざっす!」



・・・・・・

・・・・・・・・・


「でさ、なかなか美人の姉ちゃんなんだけど、俺のこと一個も聞かねえワケよ。久能選手は? ってそれだけ」


 京本はフライパンを手にチャーハンを作っている。


「パパが点取ったのに~」

六歳の恵梨香はそう言ってくれる。

「だろ? エリちゃん、ヒデエだろ?」


 恵梨香はモデルの母親に似て、なかなか目鼻立ちがくっきりしている。

「子役にしない? 事務所が恵梨香には子役の才能があるって言ってくれてて」

と彼女は言うが、要するに今のままだと将来の収入が不安だということだろう。

「パパ、せかいいち! 久能くんにも負けないよね!」

「そうだろ? ありがとな、エリちゃん。さあ、もうじき世界一のチャーハンができるからな」

「パパの、ママよりおいしー!」


(ほんとに、世界一チャーハン作るの上手いサッカー選手じゃねえか、俺は)

自虐的に京本は思う。


(久能・・・お前はチャーハンを子供用に作ったことねえだろ)

 久能の凄さを思い出す。

 正直、獣と試合をしているようだった。

 圧がすでに、一流だった。


(久能・・・俺の卑怯な手をどう思う・・・?)

(汚いと思うか、それとも『凄い』と思ってくれているか・・・?)


(どっちにせよ、多分今日は俺のゴールよりもお前のドリブル突破一本の方がテレビとYOUTUBEに映る・・・)

(あれは、バケモノだったな)

(それでも、俺もやった。城ケ崎と久能がいる東京相手に、引き分けまで持ち込んだ・・・)

(俺も・・・まだ代表を諦めてない・・・!)


トータルフットボール。

マラドーナ。

ペレ。

ポゼッション、カウンター、ゲーゲンプレス。

ゾーンプレス、マンツーマン。

バルサ、レアル、マンシティ、リバプール、バイエルン。


「パパが勝つよね!? 今度は」


「とーぜんよ、さあエリちゃん。今日のチャーハンだ」


今現在、最強のサッカーは決まっていない・・・! 

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今現在、最強のサッカーは決まっていない スヒロン @yaheikun333

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