今現在、最強のサッカーは決まっていない
スヒロン
第1話 久能武彦の帰還
「最強のサッカーはなんだと思うね?」
老監督は言った。
久能は考えていた。
もう、日本に帰らねばならないのだ。
俺は今から永遠に、『バルサをクビになった男』の烙印を押されたままでサッカーを続けるのに、何故そんなことを聞く?
「私の現役時代から・・・変わったよ。最強のサッカーとは・・・?」
・・・・
はっと、気が付く。
「久能くん、日本よ」
信子さんが声をかけてくれる。
最近入ることになった、スポーツ選手用の事務所の代理人だ。
「七年ぶりでしょう? 東京のみんながずっと待っていてくれたのよ」
久能は背伸びをする。
ロンドンを経由して、飛行機に15時間だ。
「俺は・・・みんなとの約束を守れなかった」
久能はそう言う。
「そうやって、義務感に縛られるのが一番よくないのよ、って昨日DAIGOの切り抜き動画で見たわ」
くすり、と久能は笑う。
「久能くんなんか、名前からして『苦悩』なんだから、もっと伸び伸びやりましょうよ。あなたは十六歳で、プロのサッカー選手になれたのよ・・・! 誰でもできることじゃない・・・!」
飛行機は東京についた。
「久能、ようこそ。フリーレン東京へ」
「東京の至宝!」
プラカードに書かれている。
苦悩は手を振りながらフリーレン東京のサポーターに挨拶した。
「久能くーん!!」
「久能! 気にするな!! バルサの幹部のミスだ!!」
「お前こそ、フリーレンを優勝に導く男!!」
「日本の至宝!!」
懐かしい。
七年間もここを離れていたんだ。
「みなさん、フリーレンのみなさん! 久能武彦の事務所の者です。本日は、久能を迎えてくれてありがとうございます!」
信子はそう言った。
「久能は、少し疲れておりますので、また後日・・・」
久能は、
「みなさん! 僕は、七年前の約束を守れませんでした・・・!」
と叫んだ。
信子は驚いているようだ。
「『バロンドールを取るまで、帰らない』という約束を守れませんでした!」
そう絶叫していた。
「けれど、必ずフリーレンでのタイトルを取りたいと思います」
一瞬後、
「久能ー!!」
「最高だ!! 何も気にするな!」
「十年ぶりの優勝だぞ! 未来のキャプテン!!」
大爆発が起きた。
「久能くん・・・もうあなたって子は・・・」
信子は呆れながら微笑んでいる。
・・・・・・・・・・・・
「ぐ・・・ぐぎぎぎぎ!」
苦悩は滝のように汗を流していた。
バーベルの重りは95キロ。
今の久能の二倍近い。
「どうした、カマ野郎! こんなもん、ジョギング中のOLでも上げるぞ!?」
ばかでかい白人のトレーナーが怒鳴る。
「こんな貧弱みたことねえぜ!? 夕べの約束はどこに言った!? この、万年ハッタリヤロー!!」
ジョンソンというトレーナーからは、ポンポンと罵声が飛んでくる。
「ぐぎぎぎ!」
なんとかバーベルを上げようとするが、手が汗ですべる。
「ホームランを打つ約束したら打率上がるか!? じゃあ、野球選手はみんな重病の子供を探すんだよ! このヘタレが、さっさと挙げろ!」
そして、久能は思い切りバーベルを上げた。
「ようし、いいですよー」
いきなりジョンソンは穏やかな様子に変わっていた。
「素晴らしいウェイトトレーニングができました。久能さんは、さらなるレベルアップをしました! いやはや、本当にフリーレンの選手は最高のメンタルです。さあ、水分補給です」
ジョンソンはドリンクを渡す。
「ジョンソンさん・・・なんていうか、フツーにそういう感じでトレーニングしてくれません?」
久能はそう言うが、
「こういうスタイルですので。私への憎しみで、パワーアップでえす」
と返す。
おかしなトレーナーだが、フリーレン東京はジョンソンに二年契約で八千万円を払っていると聞く。フィジカル界では非常に有名だ。
苦悩が次のダンベルを持ち上げようとすると、
「ノーウ、今日はここまでデエス。ウェイトトレーニング、一日に60分以上はかえって逆効果です」
「・・・これじゃ足りません・・・!」
「おーう、久能サン。夕べ、ついたばかりなんですよ? そう焦る必要はありません・・・君の話は聞きましたが、バルセロナの契約不備でユース年代の君は一度、ジャパンに帰ることになったと・・・決して久能サンの力不足ではありまセーン」
「・・・そう、そうですよね」
久能は苦笑する。
「何を急いでいるのです? 筋トレもプレーも、慌てていてもなんにもいいことありまセン。久能さんは、十六歳で名門、フリーレン東京のプロ・・・素晴らしいことです。多少、メディアから言われることもあるでしょうが・・・」
「いえ・・・僕はメディアや評論家は気にしたことはないんです。僕らは、ファンのために戦っている・・・メディアを気にしていても仕方ありませんから」
「そうデスか。立派なことデス。明日から、恐らくボールを使った練習への参加・・・久保さんのバルサ仕込みの技を見せてあげまショウ!」
「・・・ハイ」
久能はそう言う。
「何か、メンタル面で悩みはありますか? 私は、心理的なトレーナーもやっております」
「・・・そうですね、ジャクソンさん・・・」
そうだ・・・僕はもうフリーレン東京の選手で、ここで練習することになるんだ。
ジャクソンのような身近なトレーナーにちゃんと相談するべきなんだ。
「・・・どうしても勝ちたいヤツ、超えたいヤツがいて、胸騒ぎが収まらない時はどうすればいいんですか?」
久能はそう聞いてみた。
”あの日”・・・
クビを告げられた瞬間からの想いだった。
「ライバルがいると?」
「・・・・」
「ちなみに、ライバルの元のラテン語の意味は”復讐したい敵”という意味だけで、”好敵手”という意味はありまセン。さて・・・どうしても超えたいライバルがいるなら・・・むしろ好都合デス。トレーニング中、むしろソイツを常にイメージしましょう!」
「イメージ・・・」
「イメージトレーニングは超重要です。脳でイメージしながらのトレーニングは20%効率が変りマス! 久保さんが思う程、そんな強くて上手いヤツなら、むしろずうっとイメージして、そいつをドリブルでパスで抜きまくりましょう!」
「・・・なるほど」
それはいい考えだ。
なんせ、なるべく忘れよう、という無駄なことばかりやってきたのだ。
奴をイメージしよう。
俺を、クビに追い込んだあの男を。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
「どうしてですか!? 幹部の不手際で、どうして!? 移籍の時、ちゃんと確認したじゃないですか!」
久能は吠えていた。
バレロン・ホスーザ、69歳。
U-15バルセロナまで、スペインへ単身渡ってから七年間、この人から教わってきたのだ。
「久能、よく聞きなさい」
そして、来年からはU-18バルセロナを率いる。
その実績から、いずれ一軍を率いることになると評される。
「どうして、移籍の不手際で、クビになるんですか!?」
「いや、違うんだ。久能・・・よく聞きたまえ」
バレロンは恐ろしい人だ。
温かさと冷酷さを両方持っている。
「書類の不手際ではない」
「え・・・?」
耳を疑った。
「キミは、来年の私の構想に入っていない」
「・・・・!」
どこかで、「これは実力じゃないんだ」と言い聞かせていた面があった。
「久能、キミは間違いなくプロになれる。不運もあった。しかし・・・来年の私のチームには・・・君より強い選手がいる。スペイン国籍も持っており、登録できる」
「それは・・・?」
「ペドラン・オクタヴィオ・・・14歳の至宝だ・・・! 君も知っているだろう?」
「・・・・」
「奴は、君より二段階先の世界にいる・・・さあ、荷物をまとめなさい。・・・それでもまだ、君は日本代表を狙える・・・君とのフットボールは、楽しかったよ・・・」
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
『さあ、バルサ帰りの悲運の天才、久能! 今、Jリーグで堂々のデビューです!』
実況はそう言った。
『悲運の天才・・・! 確実にバルサ一軍入りと言われた久能武彦! しかし、獲得時の書類の不手際がFIFAから責められ、こうしてフリーレン東京に帰ることに・・・! しかし、その実力はあの名将バレロンでさえ認めるという・・・!』
久能は震えていた。
二年ぶりの公式戦だ。
この瞬間のために、イメージしてきた。
ペドラン。
本当は知っていたよ。
お前が俺より先の世界でやっているって。
会った瞬間からな。
芝生と土の匂い。
期待と不安の混ざったサポーター。
おっ、安西先生の似顔で「まるで成長してない」だ。
成長してないのは、お前らの方だ。
今からそれを、見せつけてやる。
バレロン監督。
正直に言ってくれてありがとうございます。
今、俺の眼の前には敵のJリーガーじゃなく、ペドランがいる。
俺は今からヤツを超える。
そして、もう一度、必ずスペインの地でサッカーをやる。
トータルフットボール。
クライフ。マラドーナ。ペレ。
ショートカウンター。
ゾーンプレス。
ゲーゲンプレス。
レアル、バルサ、バイエルン、シティ、リバプール。
『ああっと、久能! いきなりの三人抜きー! やはり、次元が違う・・・ああっ!? まさか!?』
ー今現在、最強のサッカーは決まっていないー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます