僕と世界とシミュレーション仮説

爛夢瀧

僕と世界とシミュレーション仮説

「よっ、今度の研修はどんなキャラになった?」

 孝弘はそう言った。


「いや~、それだけど、やっぱり今度もモブキャラだったよ。それなりに裕福な両親がいて生活に不自由はないけれど、家族仲があまりよくなくて悩み、そしてブラック会社に就職して仕事にストレスをため込みながらも転職できず、結婚もせずに、独身貴族のまま人生を終えるという・・・」


「あ~、それこの中級カリキュラム1でよくある、意外とキツイパターンだよね。自分も残念ながら似たようなモブキャラだったよ。どうやら大学で人生に失望して、30代までひきこもるんだけど、その後勘当されて、ホームレスになり、でも、そこからなんやかんで社会に復帰して、家庭を築くってパターン」


「うわ、前半はかなりきつそうだな~、でも後半は孝弘の方がよさそうか」


 その人個人の適正によって与えられるシミュレーションは変わるからしょうがないが、それでも他人のそれと比べて一喜一憂してしまう。


「まぁ、どっちにしてもキツイのはしょうがないね、研修だから・・・。まぁ、初級カリキュラム3でずっと続いていた、戦争ばかりの時代に比べればましと思ってやるしかないね」


 孝弘は割と物分かりがいい性格だった。


「そう? 案外今の中級カリキュラム1も、別の意味できつくて病みそうだよ。ところで、こんな研修やらなくたって、もういい状況だと思うんだけど、まだ政府は続けるのかねぇ」


 教育内容は、時代によって大きく変わってきたが、この研修だけはほとんど変わらずに行われてきた。ただ、この研修には、一定の批判もあって、この研修がなくても社会が幸せであることが続くように人間が成熟したといえるラインまできたら、辞めるということが政府見解となっていて、そのラインをどこにするかで、政府が検討している状況がずっとつづいていた。


「それが、まだ今の世の中のためらしいからね・・・、歴史が証明しちゃっているからしょうがない。早く研修がなくなることを願うよりも、研修の全課程を修了できるよう頑張るしかないね」


「やっぱそうだよね。でも、行く必要ないのに、あえて研修に参加してくれる、ボランティアの人達って何が楽しいんだろうね」


「んー、どうだろ。そういう質問をする時点で、だから研修が必要だって言われそうだけどね」


「そりゃそうか。でも修了したら自分はもう絶対やらない自信がある」


「でも、修了した人に聞くと、最初はそう思っていてもまた行きたくなるらしいよ」


「そんなもんかねぇ。しかし、この研修のバーチャル世界、よくできているよね。3次元しかないのにまるで4次元世界のようなさ。今の記憶だけでも持っていけたら無駄に悩む時間が消えて随分楽なんだろうけどなぁ」


「それやっちゃったら、意味ないらしいからね。まぁ、日に数時間戻ってくることができるだけでもありがたいよ。その数時間が復習の時間だとしても、ずっとあっちにいたら気が狂っちゃいそうだしね。知ってる? 最初に記憶をバーチャル世界の中で消すことが実践されたのは大昔のゲームで、その理由はその世界をよりリアルに楽しみたいからっていうことだったらしいよ」


「余計な思い付きをしてくれおって・・・」


「でもそれが、教育プロセスに組み込まれたおかげで、人生1万年とも言われる寿命を安心して何不自由なく暮らせる社会が実現したんだから、しょうがないよね」


「その1万年の寿命って不思議だよね。なんでこんなに科学が進んだのに不老不死になれないのか、疑問に思うよ」


「まぁ、この教育プロセスが確立する前の人は、平均寿命3000年だったらしいから、それからしたら随分いいんだろうけど、言われてみれば不老不死になれない理由が、よくわからないよね」


「だよね」



 翌日、僕は、研修施設のベッドの中で横になり

「さーて、しょうがないからがんばりますか」

 とつぶやき、あきらめて装置を頭につけた。



 僕は、記憶を忘れ、おぎゃーと生まれる。目の前に映る両親は、とても幸せそうだ。僕は泣いてはいるが、まぁ、楽しいこともある・・・かもしれない。


 15年後、学校から帰ってきて一人でゲームをしている僕は、つぶやいた。


「このゲーム、よくできてるなぁ。平らな画面のはずなのに、まるで現実みたいな立体感!すごく綺麗な世界だし。いっそのことこんな現実は忘れてゲームの中で生きたいよ」


 僕は、ゲームに熱中し、わずかな時間、現実を忘れた。

 

 そのまた15年後、終電で会社から帰ってきて就寝前の僕は、つぶやいた。


「眠ることだけが人生の楽しみだな・・・」


 僕は、眠り、そして一時の現実を楽しんだ。


 その60年後、病院のベッドの上で、チューブをつながれた僕は、心の中でつぶやいた。


「まぁ、そんなに悪くはない、それなりの人生だったさ」


 僕は、現実に目覚めた。


 やっと、今回の研修を修了したのだ。もう、あのきつい人生を毎日休まずに歩む必要はない。安堵感と達成感が僕の中で喜びとなった。


 でも、そこに、少しだけ、ほんの少しだけ、寂しさがあったのは気のせいだっただろうか。


 僕は、つぶやいた。


「あっちで、生きてた僕だって、僕だったんだ・・・」


 そうしてその日の夜、僕は寝て、また一時の現実に戻った。

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僕と世界とシミュレーション仮説 爛夢瀧 @yumemidareru

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